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チョコレートリリー寮の少年たち 学院創立記念日⑥

僕たちは連れ立って、レグルスを出発した。周回バスが、バスストップへゆるゆるとやってきて、灰色の煙をひと吐きして、停車した。
「ロロ、リュリュ、体調は大丈夫?具合が悪くなったらすぐに言ってね」
「はい!いまのところぼくは、だいじょうぶ。リュリュはどうですか?」
「元気いっぱいだよ!しかし、こんなに素敵なお店が学院のそばにあるなんて……」
「まだまだいっぱいある、フォーマルハウトプラザとか、今度案内するね」
「僕、ついていっていいの?」
「もちろんさ、当たり前じゃないか」
「ほら!早く乗るの!」
真宵店長がステップに立って促してきた。
「はーい」
素直に応じて身体の小さいロロを担ぎあげた。まあ、これはいつもの事。電池切れを防ぐための対策だ。
ぱたぱたとリヒトが乗り口へやってくる。かろやかにリュリュの細い体躯を抱きしめるように持ち上げた。
「ありがとう、リヒト」
「こまったときは、おたがいさまです……誰かさんの言葉を借りちゃったね」
「照れるので、やめてください」
スピカは既にソファに座り込み、また難しそうな本を読んでいる。ロロとリュリュは頬をかすかに赤くそめ、 静かにふかふかのソファに腰かけた。道行く人達や、向こうからやってくるバスに小さく手を振っている。
ブルーライトルームと私立聖マグノリア魔法学院、チョコレートリリー寮を始めとした五棟の寮をくるくる回っているこのバスは、僕たちのように色々な店を訪ねて回る院生が沢山利用している。
ロロがそっと、身を寄せてきた。どうしたの?と問うと、今年、クリスマスへ向けてアドベンドカレンダーを買おうと思っているんです。提案に乗りませんか?と小さな声で伝えてくる。秘密にしたい様子だった。僕も小声で応じる
いいね……ハロウィンがおわったら、あっという間にクリスマスがやってくるもんね。レグルスに注文しておこうか……
リヒトがツインテールをたなびかせながら、真宵店長となにやら話をしている。唐突に、何かを思い出したように、ぱん!と大きく手を鳴らした。
「そうだ!」
「なあに?」
「ぼく、クリスマスベアがほしい」
「はやすぎるよ!!でも、11月に入ったらどこの店もクリスマスベア激戦で浮き足立つんだろうな。でも、たのしみだね。〈AZUR〉で、緑と赤のリボンタイが結んであるクリスマスベアを売るんだってクレセントが言ってたよ。ぼくも狙ってる」
真宵店長がそう言いながら、急旋回したバスによろめきつつベルを鳴らした。
「この、エシェルっていう停留所だよ!覚えておいて。降りるよ」
バスケットを抱え直して真宵店長がバスから降りた。僕たちもそれにならって、運転手にパスを見せて降車する。
「さて、よいしょ……あと少しだ、全く、歳には勝てないね……」
「大丈夫?僕、バスケット持とうか?」
「ううん、大丈夫」
「ほんとうかなあ」
「おとなだもん。このくらいのことはできるよ……あ、そこの角を左、」
僕は胸ポケットからフローライトの杖を取り出して、軽くとんとんとバスケットを叩いた。 たたん、たたん、と、二回リズミカルにかかとを鳴らすと、真宵店長が、わあっと悲鳴じみた声を上げた。
「なに?!魔法?バスケット、すごく軽くなった」
「あまり長続きしない魔法だからいつ使おうか迷ってた。急ごう」
後ろからやってきたリヒトたちも僕と真宵店長に足並みを揃えてくる。
「すごいね、土いじりをして余生をおくりたいとか、言わないで、エーリク」
「それは半分本気さ」
肩をすくめて、首を横に振ってみせる。
「ところで、このバスケットの中には何が……」
「ブルウライトスタア商會に卸すパンが入ってるんだ。色々と」
「急に寒くなったもんね。あたためたパンは喜ばれると思う」
「ぼくもそう思って、いっぱい焼いたの。何だかテンションが上がっちゃって、何種類もつくった!」
「後で見せてください!」
「もちろん。とっても可愛いよ……リヒト、だめだめ!開けないで。ちゃんとショウケースに並んだのを見てほしい……あ、そこの洋館。そこがブルウライトスタア商會」
「おれ、扉開けてみたいなあ」
「じゃあ記念すべき第一回目の来訪はスピカが扉を開けるということで」
「はい!では……」
扉を少し押すと、パッヘルベルのカノンの旋律とともに、鈴がなった。青い蝶のモビールが、程よく照明を落とした天井からぶら下がり、緩やかに回転しながらちらちらとまたたいていている。僕は思わず息を飲んだ。ソファやカウンター、りっぱな水槽やテラリウムがいくつもあって、本がたくさん並んでいる。
「ブルウライトスタア商會へようこそ。あ、真宵だ。お疲れ様。あれ、たくさん学院生が……はじめまして」
キッチンから、僕らとそう歳が離れていないように見受けられる青年がやってきた。カウンターにも、ひとり、同じ年頃の青年が座っていてこちらをふりかえり、ショットグラスを手に、立ち上がった。
「やあ、こんにちは、眞宮。儲かってる?陸も昼間から、呑んでるねえ、相変わらず」
「三日ぶり!真宵店長。おいしいよ、テキーラ。いっぱいどう?」
「お酒は今から始める商談が終わってから!」
伝票をぱらぱらとめくり、ここにサインと印鑑を、と静かな声で告げた。
「見てのとおり今日は陸しかいない。閑古鳥が鳴いているよ。未森は裏庭でミントを摘んでる。呼んでこようか?」
「すぐ戻ってくるよね、挨拶がしたい」
「うん。まあ、どこでもいいから座って。あと、自己紹介。僕は眞宮。一応ここの店長。年齢は秘密だけど、お酒が呑める歳、とだけ。じゃあ、蜂蜜色の髪の子から」
背筋を伸ばしてお辞儀をする。
「エーリクと申します。趣味は美味しい紅茶を飲みながら〈AZUR〉のチョコチップクッキーを食べることです」
「正直で大変よろしい。ここにもおいしいお茶やお菓子が沢山あるから、楽しんでいってね。名物はアールグレイの琥珀糖とクロテッドクリームをたっぷり添えたホワイトチョコレートのスコーンだよ」
「あっ、ぼくはリヒトです。趣味は、キャッチボールとカレイドスコオプを覗くことです。オイル式のものが特に好きです。後、ブランデー入りのチョコレイトボンボンが大好物です」
「わ、ちょっと悪い子だ。でも、カレイドスコオプ、浪漫があってすてき。キャッチボールも、元気でいい事だね、最近ぐっと冷えてきたけど、からだがあたたまりそうだ」
「おれは、スピカです。趣味というか好きなことは、親友たちの髪の毛を結い上げることです。あと、美味しいものを腹八分目に食べること。それから、トイカメラ……」
「もしかして、リヒトくんと白金色の髪の王子さまみたいな子の髪をアレンジしたのは君かい?見事だね」
「はい!そうです!やっていただきました。あ、あの、ぼくは王子さまみたいなんかじゃなくて、普通で、ロロ……」
「可愛いね。こういう、自分を普通っていう子にかぎってとんでもない特技を持ってたりする。徐々に聞かせてもらおう。そしていっとう、ローブとモノクルが似合っている君は……」
「あ、ありがとうございます。僕、リュリュといいます。永らく肺を患っていて、でも、ようやく完治して今日から、チョコレートリリー寮に入寮することになりました。簡単なものばかりですが、料理が好きです」
「病気が良くなって、本当に良かったね、おめでとう。これから楽しい寮生活の始まりか……元気にここまでやってきてくれて、ありがとう」
さて、と前置きをして眞宮店長はテキーラを飲んでいた、大人か子どもか分からない、年齢不詳の青年に声をかけた。
「陸もちゃんと挨拶すること」
「陸。好きな物はテキーラ。そしていますごくプッタネスカが食べたい。仲良くしよう」
「きみはいつも自己紹介が雑だなあ。まあこれから知っていくよね……それにしても、真宵の大きなバスケット!!例のもの、持ってきてくれたんだね!ありがとう」
バスケットを真宵店長から受けとり、中身を確認すると早速ショウケースに並べ始める。
「これは美味しそうだ。真宵のパン、本当に最高だよね。甘くて、ふわふわで……」
「陸、今日はダッチブレッドがおすすめ。クリームチーズが入ってる。小ぶりに作ったから、お酒のあてに合うんじゃないかなぁ」
「じゃあ早速二つばかり頂こうかな。よろしくね、眞宮」
「わ!!クロフィンも可愛いね。ちょうどロロくんの髪みたいだ。薔薇みたいでとっても目を惹く……はい、どうぞ」
四隅が丸く縁を描いている小皿にダッチブレッドを乗せて陸さんに手渡している。
「ここにはマグノリアの生徒がいっぱい集まるんだ。いつものメンバー、勉強を怠ったとかで全員テストで赤点をとって追試なんだって。早いうちに引き合わせてあげたいね」
その時、裏庭に続くとびらが軋みながら開いた。
「店長!このくらいで足りますか?パイナップルミントがたくさん収穫できました……わ!お客さんがいっぱい!はじめまして、未森です。真宵店長も、お疲れ様です」
よく通る、溌剌とした声だ。礼儀正しく腰を折り一礼したあと、目を細めて微笑んでいる。
「お疲れ様。座って休憩していいよ。なにか飲み物出すけど、何がいい?」
「はい!そうだなあ、一気に冷えましたので、カフェラテがいいです。店長の素晴らしいラテアートが、見たいです。先日お客様にお出しした時、いいなあって思って……」
「そんな簡単なものでよかったら。ガトーナンテも食べる?」
「いただけるのですか?!」
「うん!みんなもどう?」
「まって、この子達全員未成年」
真宵店長はしっかりしている。とても、とても。
「あっ、そうか……一応アルコールは飛ばしてあるんだけどやめておいた方がいいね。じゃあ、ファーブルトンなんでどう?かなり美味しく焼きあがったんだよね」
「ファーブルトンって何?美味しいの?」
陸が身を乗り出した。眞宮店長がふわりとわらう。
綺麗に笑う方だなと、少し胸がとくんと鳴った。
「遠い異国の焼き菓子さ。陸は食いしんぼうだなあ。きみにも提供するよ」
「やった!やっぱりブルウライトスタア商會は最高だなあ。美味しいものがどんどんあらわれる」
「ぼくのお店にも来てよ。レグルスもいいところだと思うよ、自分で言うけど」
「うん、近いうちに伺う。きみの作る焼きプリン、ブルーライトルームで大評判なんだってね」
「あれは元々弟の黒蜜のレシピでさ。星屑駄菓子本舗に行けばもっと美味しいものが食べられるんだけど……黒蜜には悪いことしちゃったかもしれない」
「いや、黒蜜、喜んでたよ。レグルスが繁盛してて嬉しいって」
眞宮店長がラテアートを作っている見事な手さばきを眺めていたけれど、おとなたちのむずかしい話題に入り込む訳にはいかず、羊皮紙に書かれている「今日のメニュー」をおでこを寄せあって眺めた。
「フルウツのクラッシュゼリー、美味しそうです」
「ね!ロロ。僕も気になってる」
ロロがリュリュの薄い肩にあたまをそっと預けながらメニュー表を指でなぞった。指先が、きらきらと光る。いつだったか、ノエル先輩がそうして指先に星を纏わせていたなあと思い出した。僕たちも、ほんの少しだけノエル先輩に近づいたのかもしれない。
「僕は安定のミルクティー!ファーブルトンにも合いそう」
「ぼくどうしようかな、何にしよう、目移りしちゃう」
「それならシェアしないか。リヒト、なにか気になってるものある?」
「うーん、アフォガート……トマトとシュリンプのクリイムパスタ、あとは……」
「そんなに食べられないぞ!レグルスでさんざん食べてきたじゃないか。その二品を頼んで、足りなかったらまたオーダーしよう」
「はあい」
「ご注文ありがとう!今から作るから、ちょっとだけ待っててね」
「陸、どう?それ、テキーラ・サウザ・ブルーだろう」
「美味しいよ、乾杯しようか」
真宵店長が陸さんの隣に腰かけると、眞宮店長が、かたん、と音を立てて、テキーラとカットレモンをならべている。僕が大人になってお酒が飲めるようになったとしても、あんなものをあおったら倒れてしまうだろう。それはごめんこうむりたい。
二人で音高く乾杯して、一息で飲みほした。すぐに添えられたレモンを齧っている。あれ、美味しいのかなあ……真宵店長が酔いつぶれたらどうしよう……
「カフェラテ、美味しいです!この連なったハートの模様を作るの、とても難しそうなのに、やっぱり眞宮店長はすごいです」
「それほどでも!だんだん仕事を覚えてきたら、未森にも作り方を教えるよ」
「えっ!!本当ですか?わあ、頑張って体得したいです!」
金魚鉢を模したグラスにクラッシュゼリーをたっぷりいれて、曹達水で割った。未森くんがキッチンに入り、ハンドソープで手を洗っている。甘い、ラベンダーのような香りが漂ってきた。緑色のエプロンを着て、大きなケトルにお湯を沸かしている。
「えっと、エーリクくん。今日は初来店だから、ロイヤルミルクティーを淹れるよ。スタンプカード、リレーしてくれるかい。みんなにもカード、後で渡すね」
「わあ!嬉しい!!僕、ミルクティーには目がなくて」
「じゃあクリイムたっぷりで作っちゃう」
砂時計をひっくり返し、紅茶の抽出時間を綿密に計算している。かと思えば冷凍庫からアイスクリイムを取りだし透明なグラスに盛り付け、珈琲をかけ、ナッツをまぶしている。小皿と共にリヒトの目の前に置いた。
「とりわけて、たべて」
「わあ、美味しそう!」
リヒトは器用だ。スプーンを上手く駆使して、スピカの分を丁寧によそっている。
「エーリクくんのロイヤルミルクティーももうできるよ」
「パスタももう少しで完成します」
おいでおいでと呼ばれたので、店内の観察を一旦やめて、ちゃんと椅子に乗ることにした。
「美味しいと思うよ、この茶葉、希少でなかなか手に入らないんだ」
とても華やかな香りがする。三温糖のキューブシュガーをお皿に3つ乗せてくださった。
「アフォガート、すごく美味しい!!後でまた頼んでしまうかもしれません」
黒目がちなひとみをきらきらさせてリヒトが言う。
「食べすぎてお腹を壊さないように気をつけてね」
「わかってるって!ナッツがまたいい感じ」
ロイヤルミルクティーをひと口、のんでみる。棘のない、優しい味がする。しあわせだなと思いながら夢中で飲んだ。
そして、御遣い!と命令されて、陸さんが銀色のトレイにクラッシュゼリーをのせて、ソファ席で談笑しているロロとリュリュに配膳してくださっている。二人はなにやらひそひそと会話をしたかと思えば、澄んだボーイソプラノで高らかに笑っている。あの二人はいつの間にかとても仲良くなっていた。
「お疲れ様、ありがとう」
「すごく酒回った……チェイサーをくれないか」
「はーい!まだ呑む気だもんね」
「眞宮だって呑むだろ」
「お付き合いさせていただきます……さて、パスタも完成。食べてみて」
くるりとトングでパスタを山のような形に盛り付けている。仕上げにふりかけたパセリの香りが爽やかに舞う。
「ぼくにまかせて」
「うん!おねがい。リヒトはトングの扱い方が上手い。給食当番の時のあの呪わしいトングだって、おれよりずっと上手く扱うよな」
「拗ねない!ほら、きみのぶん」
「ありがとう、さすが」
いただきます、と二人の声が綺麗なハーモニーを奏でた。なぜだかは分からないけど、リヒトとスピカの声は普通に話していても合唱の時のように、美しく響く。
「これは……ちょっと、エーリク、すごいよ、このパスタ。本当に美味しい」
小皿によそってさしだしてくる。僕はシルバーを手に取り、ひとくち、食んでみた。驚きの情報量が口内を満たす。
「わあ、すごい。海老のだしとトマトが不思議と合っていて、さらにクリイムでまろやかに中和されてる」
「エーリクの食レポはいつも完璧だね、お見事」
真宵店長が口笛をひとふきした。眞宮店長も、うなずいて拍手をしてくださった。
「こんなにもぼくの出したかった味を完璧に表現するなんて、きみ、只者ではないね」
「い、いや……そういう訳じゃなくて、素直に感想を述べただけで……」
「それが凄いんだよ!!」
スピカも豪快な声をあげた。大人たちもどんどんテキーラを煽り、大騒ぎだ。
「たのしいな、こうして騒ぐの、悪くない」
昼酒は本当はいけないんだけどね、と付け加えて、陸さんがバリトンボイスで呟く。
「今日は本当に誰も来ないのかなあ、お店、閉めてしまおうか」
「貸し切りですか?」
「うん、その方が楽しくない?用事があったら、僕の携帯端末に連絡が来るはずだし」
「わーい!!!!」
「やったやった!!!!」
「いいのかい、商売の方は」
「昼酒飲める程度には儲かってるよ」
「じゃあ僕、看板しまってくるよ。キッチンから出てくるの面倒だろ」
陸さんが、ゆらりと席を立って、いりぐちの看板を軽々と下げた。そして、ドアの鍵を閉めている。あれだけ飲んでるのに、全く危なっかしくない。感心して見守っていると、眞宮店長がくすくすと笑った。
「陸は強いよ。所謂ザルっていうやつだ……ありがとう、陸!」
「いえいえ。お、またテキーラが置いてあるぞ。乾杯!」
「乾杯!」
真宵店長が二人を眺めやり、ため息をついた。
「体に悪いから程々にね」
「はーい」
僕はスコーンを追加で頼み、さくさくほろほろの食感と、なめらかなクロテッドクリームに酔いしれた。お酒をのまなくても、楽しく会話をしたり、美味しいものを食べたりすることで、充分酩酊感にひたれる。僕はこの少年期を大切にしようと思った。

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