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デイルーム ティーパーティ!

アマリリスが優しく流れる109号室。僕はその優しく軽やかな旋律にに揺り起こされた。ロロの、松ぼっくりのかたちの時計から、毎朝ながれでるメロディーだ。目を擦りながら起き上がり、ロロのベッドサイドに歩み寄る。ロロはまだすやすやと眠っている。僕は時計のスイッチをオフにしてそっと髪を梳いた。起きる気配がない。こうして見ているとロロは精巧に作られたお人形のようだ。
「ん……もう、あさ」
「おはよう。お茶でも飲む?」
「エーリク、ロロ、おはよう」
リュリュが少々ゆったりめに作られたナイティを引き摺りながら歩み寄ってきた。リアムさんが縫ってくれたと言っていた、青いレースの襟とサテン生地の美しいナイティだ。成長を見越して拵えていただいたのだろう。
「ふぁ、おはようございます……」
「おはよう、もう、髪の毛がくしゃくしゃ……いよいよ今日はリュリュの入寮記念ティーパーティー、そして食堂を崇め奉るお茶会が催されるね。まだロロふらふらしてるから、洗面台、行っておいで、リュリュ」
「ありがとう、先に使わせてもらうね」
「ロロ、大丈夫?」
「うん、大丈夫、です。髪の毛くるくるに巻かないと……ありがとう、エーリク、起こしてくれて」
「よく眠っていたみたいだね。さあ、鏡台を使うといいよ」
「上手にできるかな」
チョコレートリリー寮の入口のアーチ、そこに絡まっているつるばらはもう時期をすぎてしまったけれど、ロロの華やかな髪型のおかげで、なんだか一年中咲き誇るばらを眺めている気分になる。
最初はスピカが巻いてあげていたけれど、最近ロロは自力で毎朝、セットできるようになった。たまに巻きが緩い時はスピカが直してあげている。そのさまを見守るのもまた、よいものだなあとおもう。
「洗面台あいたよ、エーリク」
「ありがとう、じゃあ次は僕。ロロの様子、見ていてあげて」
「はーい」
顔を洗い、歯磨きをしながら二人の様子を伺う。楽しそうにはしゃいでいるので安心して身なりを整えた。整髪料を使わなくてもふわふわな髪は欠点なようで長所でもあるなあと最近思い始めている。ちょっと毛先に水をつけて遊ばせてから、ロロを呼んだ。
「はい!今行きます!今日も綺麗に巻けました」
「本当だ、とってもかわいい」
「スピカがまた記念写真とかこつけて、撮るんだろうなあ、何枚か……例のトイカメラで」
「まぁ、それでも、いいです。ぼくでお役に立てるのならば、写真くらいいくらでも」
「快諾しているようだし、心配することは何もないね。さあ、ホットショコラをつくるから、ロロも手早くすませておいで」
僕はチョコレートとココアとミルクをふんだんに使って、少量シナモンを振りかけたショコラを作り、そっとテーブルに置いた。
「すごくいい香り」
「これも父から習ったんだ」
「エーリクのお父様、すごい。ロロ!早くおいで」
「わぁあ、お待たせしました!」
ふわふわのほっぺたに雫がついている。僕は前のめりになって、机上のナフキンで拭いとった。
「ロロは天使だよね」
「わかる!!」
「きみだって!!チョコレートリリー寮の天使と言えばロロとリュリュでしょう」
「えっ、そんなことは」
「ないんだけどなあ」
微笑みあいながら、ほっぺたを寄せあっている。僕はショコラを飲みながら、そういう所だよなあと思ったけれど黙っていた。
「おはよう!!エーリク!!ロロ!!リュリュ!!」
だんだんだんと、扉を叩く音がした。リヒトだ。今朝もはつらつと声を上げている。
「入っていいよ」
「ふぁ、ねむい。おはよう。おれ、早朝から鶏とまた戦いを繰り広げてさ。たまごがいくつかたりないってよびだされたんだ、そのまま流れでノエル先輩の手伝いしてた」
「おはよう!それは大変だったね、でも、ありがとう。きっときみのおかげで、ひとしなふたしな、増えたんじゃないかな、お菓子」
「フィナンシェとシフォンケーキを一緒に作ったよ。美味しく焼けたと思う。ノエル先輩曰く、ちびっこたちの中で一番料理のセンスがあるのはスピカだ!!だってさ」
「スピカ、確かに器用だし、お菓子作りもお料理も、てきぱきこなしそう」
「それより、きみたち、まだパジャマを着てる。早く着替えて!のんびりしてられないよ!ティーパーティ、九時からだからね!!」
「はぁい」
「はーい」
「叱られた」
「のんびり屋たちめ」
「ぼくらは早朝から、ノエル先輩によびだされたり、サンドイッチ作ったり大変だったよ。三人は寝てるだろうっていってさ。起こさないようにしてやれって、ノエル先輩のはからいだよ」
「ありがとう、スピカ、リヒト」
ロロがきらきらと微笑みを零した。リュリュもにこにこ笑い出す。
「うっ、ずるいぞ」
「何も言えなくなっちゃう」
「じゃあ僕から、本当にありがとう」
「うん、まあいいよ、たのしかったし!さあ、着替えない悪い子は誰だ」
ロロとリュリュは悲鳴をあげてベッドへと逃げ込む。スピカとリヒトが左右に散って、素早くふたりのナイティをぬがせた。
「わー!!!!」
「さむい!!さむい!!」
「早くローブとガウンを着て!こうでもしないと、いつまでたっても着替えないだろ」
「えーん」
「うわーん」
「僕はゆっくり着替えよう、ローブ、式典用の着ていこうかなあと思っていたんだけど、二人は普段のローブだね。それなら僕らも合わせよう」
「それにしても、本当に寒くなったね」
「うん、でもデイルームはきっと暖かいよ。早く向かおう」
「行こう行こう!!」
急いで着替え、四人でデイルームへと向かう。ノエル先輩とサミュエル先輩、蘭がテーブルクロスを広げている。
「おはよう!みんな!」
「時間を守るいい子ばかりだね」
「今机上を整えているところ、見ての通り」
「すごい!総レースだ」
「僕の部屋のなんだけど、綺麗かなって思って持ってきたんだ」
照れたように蘭が微笑んだ。すごいすごいと喝采をあげる。こんなにみごとなテーブルクロスは、僕の家にもないかもしれない。
「オールドミスのダサいテーブルクロスはこっちに畳んでおいた。雨蛙みたいな色だよな……まあとにかく文句は言われないと思うよ」
「ノエル先輩、ティースタンドをこちらへ。ぼく、盛り付けます」
「リヒト、助かるよ。今日サンドイッチ、全部君が拵えたんだって?」
「できそうだったので、やっちゃいました」
「さすが!」
僕が一声あげると、ロロもリュリュも僕の真似をして、さすが!!という。ノエル先輩がにやりと笑った。
「全く手伝わなかった子は誰だ」
「ごめんなさい!!ぼくです!!」
「ごめんなさい、うわーん」
「ぼ、僕もです。お許しを!!!!」
ノエル先輩が背をぴんと伸ばして、サミュエル先輩と蘭、三人で目配せしあった。雷を落とされるかもしれない、そう思った時だった。豪快な笑い声が響きわたった。
「正直でよろしい!でも次からはちゃんと、作業分担しような。その方がきっと楽しいよ!みんなで支度したら、お菓子たちも喜んでおなかに収まってくれると思うしなあ」
「ティースタンド、もうひとつこちらへ」
リヒトがバスケットからサンドイッチをとりだし、最下段に盛り付けている。
「ハートの形がくり抜かれてるのがエーリク用のハムサンド」
「わあ、かわいい!!わざわざ僕のために……リヒト……ありがとう!だいすき!!」
「えへへ、良いでしょこれ、ぼくの母さんがね、いつもこうして作ってくれたんだ。お披露目出来て良かった」
「今度なにか奢る」
「ロリポップキャンディーひとつ頂戴」
「わかった」
「よしよし!あとは花を生けるだけか。今日もガーベラが綺麗だったから、持ってきたよ」
「ノエル先輩、お花も扱えるのですか」
蘭が目を丸くしてみつめている。
「少しだけな、」
「魔法といい、料理といい、お花といい……ノエル先輩、何者なんですか」
「びっくりするよねー、僕もなんだこいつってよく思う」
「サミュエル、言い方」
「まあいろいろできすぎてすごいって事だよ。自慢の相方さ」
サミュエル先輩が椅子に腰かけて、僕らにも座るよう促してくださった。
「ママ・スノウに飲み物をお願いしてきます。皆さんどうなさいますか」
「ノエルと僕はメロン曹達で、いいよね?」
「うん、よろしく頼むよ」
「蘭、どうする?望めばなんでも出てくるよ。ここはそういう場所」
「じゃあ、暖かいロイヤルミルクティーを」
「僕もそうしよう、ロロ、リュリュは?」
「わらび餅パルフェにします」
「僕はカフェオレで」
「わかった、じゃあ行ってきます」
懐中から取り出したハーバリウムのペンでメモをとり、ママ・スノウに渡す。今日も賑やかね、そしてエーリク、またリボンタイが逆結びです。服装の乱れは心の乱れですよ、などと言われたのでさっさと退散した。すぐにお持ちしますよ、二分ほど待っていてねと背後から声をかけられたので、振り返って、それまでにリボンタイ、直しますと微笑んだ。
「エーリク、リボンタイ、ぼくがやってあげます。いつも朝起こしてくれるから、ささやかなお礼です」
ロロが小さな、陶器のようになめらかな手できっちりリボンタイを結び直してくれた。お礼を言うと、おでこをくっつけてきた。
「ママ・スノウからのお咎めなしで、済むはずです」
「みなさん、どんどん飲み物持っていきますから、奥の方へ手渡していってくださいね」
あっという間に飲み物を配膳してくださった。ママ・スノウはやはり、只者ではない。この学院には、不思議なことが沢山ある。でも今は、齎される素晴らしい日々を享受しようと思った。きっといつか、なにもかもがわかる日が訪れる。
「さあ、乾杯しようか!」
「リュリュの入寮、そして素晴らしい学食に乾杯!」
「そして蘭の入寮について、良いお返事がいただけますよう、願いを込めて乾杯、ですね!」
「かんぱーい!!!!」
僕たちはおなかいっぱいになるまで、色んなものを食べ、のんだ。特にノエル先輩とスピカが協力して作りあげたシフォンケーキとフィナンシェ、あじつけたまごはとんでもない美味しさで、あちらこちらから悲鳴があがった。
本当に、この幸せがずっとずっと、続けばいいなと、心の底から、都合のいい時にだけ信じるかみさまにいのったのだった。

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