トトと、クッキー【ゼロとシャウラのものがたり】
自殺者達がやってくる、レティクル座にある城に住み、寝食を共にしているトト。
ぼくはトトが苦手だ。
まだちっちゃいけど流星集めの儀式はきちんとこなす。
ぼくよりずっと有能で「将来レティクル座の王さまになるのは僕だよ」などといっている。
確かにぼくはシャウラと遊んでばかりいるし、トトが王になればレティクル座も安泰だろう。
トトの青いフローライトの指は死んだ人間を生き返らせる能力がある。
「ぼくなんか自殺者を杖でぽんぽん叩くだけだよ」
卑屈になっているぼくにシャウラが言った。
「人により、得手不得手っていうものがありますよ、王子。王子にはきらめきの杖、トト様には蘇りの力。あぁっ可愛くない!!もう!ぶすっとしてる!本当に本当に可愛くないまったくもう!」
シャウラが満面の笑顔でいいながら、ほっぺたをむにりとつかんでくる。その笑顔につられておもわずげらげらわらってしまった。やさしく髪を撫で、腕を差し出してくるので絡める。
「さあ、もっとご機嫌になってもらえるようにと思ってアイスボックスクッキーを焼きましたのでお茶にしませんか?格子柄の、可愛いクッキーですよ。我ながら美味しく作れたと思います。あとは、紅茶のクッキーです。今日は午前中に八百人を裁いたのですから、いいペースですよ、大丈夫、大丈夫」
シャウラがとんとん背中を叩いてくれたので、ちょっと心が安らいだ。前髪を、白手袋を着けた手ですっとかきわけて、キスをおとしてくる。
「後で一緒に遊んでくれる?」
「はい!いいですよ!ちょっと楽しい遊びを考えています。このペースならば、あと零三十の刻程で執務、終わっちゃうんじゃないですか?」
シャウラがおやつに持ってきた格子柄のクッキーと、ベニホマレという日本の紅茶葉をまぜ込んだクッキー、そしてKICHIJOUJIという銘柄のアイスティー。どれも最高級品だ。地球に降りないと手に入らない。
二人きりでお茶会をしていたらトトがぱたぱたかけてきた。シャウラは、ぼくとはしゃいでいる時には砕けた口調なのに、トトや同僚である他の側近、とにかくありとあらゆる人達には、堅苦しい、難しい言葉を使う。シャウラとの距離が誰よりも近いのが、ぼくの自慢だ。
「ゼロー!シャウラ!」
「トト。お疲れさま」
「ご機嫌うるわしゅう。トト様。クッキーとお茶はいかがですか。たくさん焼いたのですよ」
シャウラが訊く。トトはぴょんぴょんとびはねて、ぎゅっとシャウラの腰の辺りにしがみついた。
「シャウラのクッキーだいすき!お店開いて売ればいいのに。僕も頂いていいの?」
「勿論ですとも。でもお店を開けるほどではないのですよ」
僕は椅子によじ登ろうとしているトトをひょいっと持ち上げて座らせた
「ありがとう、ゼロ。でも、後継者問題、僕負ける気がしないから」
「いいよべつに。ぼくはシャウラと二人で隠居するから」
「素敵!王子、本当ですか?!」
「嘘なんかついても仕方ないじゃないか」
当たり前じゃないか、という顔をする。
「もう!王子、なんて可愛い方なのだろう」
「いちゃいちゃしないで。みてるこちらがてれちゃうよ」
「失礼いたしました。もう、あまりにも王子が可愛すぎて……」
「愛し愛されてるって、こういうこと?このまえ、ルーミィス先生に授業で教わったよ。ゼロ様とシャウラをみていれば、わかりますよって」
ぼくは思わずトトをかるくこずいた。
シャウラが時計草の絵が描かれている銀食器に、どっさりクッキーを積み上げてくれた。ぼくはシャウラのこういう気取らない、雑なところが大好きだ。
「どうぞ。めしあがれ!お茶もお持ちしますね。仲良くお話していてください」
「いただきます!」
「いただきます!」
ぼくはトトが苦手にもかかわらず、こういう挨拶の時だけはぴったり声が揃ってしまうのだ。かおをみあわせ、くすくすわらってしまった。
「ねえねえ、今度地球へ連れてってほしいな」
「いいよ!一緒に行こうか」
方舟のことはシャウラとの秘密としておきたかったので、のらりくらりと伏せる。
「地球は面白いところだよね。カルピスってジュース、知ってる?」
「知らない。おいしいの?」
「とってもおいしいよ。飲もう!」
「へええ、たのしそうだね。側近にスケジュールきいておくから、きっときっと遊ぼうね」
「うん!」
なんとなく苦手意識が消え去り、愛おしい気持ちになってきた。ちょっとわがままなだけだ、トトは。あと後継ぎマウントはちょっと厄介だけど、それさえなければ可愛い。
「仲睦まじくて大変よろしい。さて、バタフライピーをお持ちしましたよ。シャンパングラスで飲みましょう」
バタフライピーは水色の綺麗なお茶だ。
目を伏せて、シャンパングラスに注いでいく。艶と華と色気のある人だなあと思って見蕩れる。
つやつやな黒髪を揺らし、目の前にすっと差し出してくる。
「王子、どうかされましたか?ほっぺたが真っ赤ですよ」
「なんでもない!」
「こういうのを愛というんだね……」
「やめてトト!!」
手帖を取りだしなにやら書いている。
「勉強になったよ」
「はい、王子、クッキーを」
市松模様のクッキーを口元に持ってきたのでそのままかじる。
「餌付け……」
トトが呟いたのでそんなことないもんと力なく反抗した。クッキーが、はちゃめちゃにおいしい。
「いいこですね、王子」
「これ、ほんとうにおいしい」
「ちょっといいバターが手に入ったので使ってみました。王子は知っていますよね」
秘密の共有はたのしい。紅茶のクッキーもたべてみる。ふわっと茶葉の香りがたちのぼって、ぼくは思わず唸った。
「これさ、ぼくプロデュースするから、ちょっと売りに出してみない?亡者がこぞって買うよ」
シャウラがとんでもないと首を横に振る。
「これはわたくしの趣味にすぎませんので、」
「趣味でこんなにおいしいクッキーがやけるなんてすごいよね、ねえゼロ」
「あっ!ドレンチェリーが乗ってるのがある!」
「王子、当たりを引きましたね。見た目が華やかなだけで美味しくないので食べなくてもいいですよ、ひたすらに甘いので」
「さくらんぼ、大好物だもん」
「それならば食べちゃってください」
美味しい美味しいとよろこびながらたべていると、トトが椅子から飛び降りた。
「僕、そろそろお仕事に戻るね。ふたりともありがとう。シャウラのクッキー、本当に美味しかった。また作って欲しいな」
「執務室にお届けしますよ。このあと、カヌレとマドレーヌを焼きますので」
「ありがとう!それなら頑張れる!!行ってきます!」
ぱたぱたとはしっていくうしろすがたをながめた。
「ねえねえシャウラ、カヌレとマドレーヌ一人で作れるの?」
そう問うとにこっとほほえんだ。
「王子を巻き込むに決まってるじゃないですか。かんたんです。おっちょこちょいな王子でもつくれますよ」
「ひどいなあ、おっちょこちょいだなんて」
「溶かして混ぜて形に流して焼くだけですので。あ、でもボウルを落としたりする可能性が……」
「酷いや!!ぼくだってちゃんと作れるもん。早速キッチンに行こう」
「その前に裁きを二百人ほど」
───レティクル座の王子も楽じゃない。