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師走の九州横断バスはドラマにあふれていました #手紙小説

お元気ですか。

わざわざメッセージするほどでもないのですが、なんと申しましょうか。あなたにどうしても伝えたいココロに残る出来事だったのでお手紙しました。

クリスマスを超えた師走の日。どんよりした雪空で登山バックにつけたミニ温度計はマイナス2度でした。厳冬期の登山用ハードシェルの下はダウン。口までネックウォーマーでガッツリ着込んでいたんだけど、吹きすさぶ風で体感温度はマイナス5度超えでした。バス停はただ寒い。ひたすら寒い。

バス停のQRコードは頼りないほど小さくて、スマホで読み取るとバスの近接情報は「5分の遅れ」でした。長距離バスにしてはそれは誤差の範囲でしょう。しかし山から吹き下ろす風の前には全てが無力に感じます。

まぁ一泊の登山であればレンタカーを借りればいいのですが、2泊3日の登山キャンプではもったいなくて高速バスを乗り継いでゆきます。九重連山はアクセスが決して良い場所ではありません。標高1200m「坊がつる」という平原に「法華院温泉」があって、そこに入るのがやめられなくてマイナス気温の冬山に行くのです。抗っても抗ってもどうしようもない自分より大きな存在に「何か」を感じるためでもあります。

「荷物入れていいですか」
65Lの大きな登山リュックをいれようとしたら荷物室も満員です。スーツケースを奥の方に詰めてやっと入れることができました。

きっと多くのスーツケースは黒川温泉で降りるのでしょう。最近ではインバウンドの海外観光客が復活して、由布院を通りこの先の黒川温泉から阿蘇を通り抜けて熊本まで走るこの長距離バスは人気路線です。

座席には、中国、韓国、県外観光客だけじゃなくて、生活路線として乗ってくる地元のお年寄りもいて、都会では味わえない不思議な時間が流れています。

バスは山を超えて雪が凍った峠道をヨレヨレと走っていきます。さっきまでマイナス10度の山でキャンプをしていたことを考えると、文明社会に戻ってきた感が膨らんでいくのを理解してもらえるでしょうか。

途中トイレ休憩をしているときに、無線のやりとりが聞こえてきました。どうやら故障したバスのお客さんをココで引き継ぐようです。

マジ?けっこう一杯だけど乗れる?

若い運転手さんは「Yes」と「OK!」と「Reservation?」の3語くらいしか話せません。外国人にどう説明するんだろう。余計なお世話かもですけどこっちが心配になります。

司令所とのやりとりを聞いてると補助席を使えば行けると言ってます。その感じが安定感があるというか、大丈夫感があるイイ感じなんです。

「すいません。故障したバスのお客さんを乗せるのであと10分ほどお待ち下さい」

不安になって聞きにくる外国人にゆっくりと日本語で説明するのですが、これが通じてるんです。外国人は「諦め」でもなく不安でもなく、納得の顔色が見ていてわかります。

それだけではありません。「予約してるひと」以外に「飛び込みで乗ってくるひと」もいます。それから「中国人観光客」「韓国人観光客」「県外観光客」の質問があって、「トランクに荷物を載せたひと」が降りたいって言ったり、「料金の計算が必要なひと」を相手にしてあげて、「熊本空港の飛行機便に間に合うか?」など、実に忙しくて大変なのです。しかし都会にありがちな「焦ったりイライラした感じ」がまったくしません。雰囲気をつたえるなら「田舎の気のいいお兄さん」がニコニコして丁寧に一人づつ話してる感じなのです。

狭いバスの空間に「嫌な空気」が流れないのは、この若い運転手さんの人柄なのかもしれません。しかしずーっと観察してると気がついたのです。

若い運転手さんの根っこにあるのは「このバスに乗ってくれてありがとう」というシンプルな「乗客愛」なのではないかと。それが言葉を超えて伝わっているのではないかと。

ふつうの日なんてない。あたりまえに思えることは特別なこと。なにげない日もドラマにあふれている。

バスは1時間以上遅れてターミナルに着きました。誰も文句を言う事はありません。無事に届けてくれてありがとう。誰もがそう感じているのが伝わってきた。下車ひとたちは忙しそうに、それぞれの方向に散っていきます。

僕は最後におりて、奥の方の登山リュックを引っ張り出すと、若い運転手さんがトランクのドアを閉めてくれました。

「大変でしたね」
「いやぁ。大変でした」
「いい仕事っぷりに感謝です。おつかれさま」
「ありがとうございます」

若い運転手さんはニコリとすると走り去っていきました。師走で忙しないバスターミナルに、優しい風が僕の頬を通り抜けていく。嬉しいようなすこし寂しいような時間が流れていきました。

バス会社のサイトに「WEBご意見箱」があるのを発見しました。たぶん苦情や改善をしてほしいのを書き込む場所なんだろうけど、今日の出来事を書き込みました。素晴らしかったと。

この世は「おつかれさま」で繋がっている。

あのバスには、不寛容に満ちあふれている都会にはない「乗客への愛」がありました。言葉では言い尽くせない「何か」が貴方にうまく伝わるといいのですけど。

また逢う日を楽しみにしています。Instagramもありますけど、きっと積もるハナシで一杯でしょうから。

近いようで遠く離れているあなたへ

#手紙小説


九州横断バス
九州横断バス(きゅうしゅうおうだんバス)は九州産交グループが運行する定期観光バス。定期観光バスではあるが、実質的には別府市と熊本市を結ぶ路線バスとしても機能している。沿線には阿蘇山をはじめ、黒川温泉や由布院、城島高原、別府温泉、水前寺公園や熊本城など観光資源に非常に恵まれていることや、雄大な阿蘇の景観が車窓に展開することから、この路線に乗ると観光ができる。大分県別府から熊本駅までの総走行距離は167Kmで4時間20分の旅になる。
https://www.sankobus.jp/bus/oudan/rosen/

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