【入居者募集中】『旧池尻中学校跡地活用プロジェクト』が目指す、一歩先の働き方と暮らし方が叶う未来とは
旧池尻中学校校舎を活用したコミュニティの場として親しまれてきた「世田谷ものづくり学校」(2022年5月末閉館)。その跡地で今、新たなプロジェクトが動き出しています。
そのプロジェクトとは、世田谷区内に“産業活性化拠点”を作ろうとする取り組みです。大小さまざまな規模の企業や起業家に新たなチャレンジの場を提供し、加えて飲食エリアや書店、イベント広場などもそなえることで、よくある“閉じた”ワーキングプレイスではなく、地域住民の交流と地域の課題解決の場となることも目指しています。
今回は本格的な施工開始を前に、施設の運営に関わるキーマンが集合。小田急電鉄株式会社の向井隆昭さん、オールドファッション株式会社の間中伸也さん、散歩社プロデューサーの小野裕之さんによる座談会の模様をお届けします。
縁に導かれて始まったリニューアルプロジェクト
――早速ですが、この「旧池尻中学校跡地活用プロジェクト」は、皆さんが世田谷区から施設を借り受ける形で行われます。まずは今回の企画に至った経緯から教えてください。
小野:このプロジェクトを知ったのは、まだ世田谷ものづくり学校が運営されていた2021年3月のことでした。世田谷区が新しくはじめる「SETAGAYA PORT」という産業創造プラットフォームのお披露目イベントで僕らが運営している下北沢「BONUS TRACK」の話をしました。世田谷区内に新しい仕事を生み出している面白い場所の事例として紹介していただいたんですね。
そのイベント後、「世田谷区さんから世田谷ものづくり学校をリニューアルする計画があることや、そのコンセプトについてもお聞きして。
このとき個人的には、自然と「それはやってみたいな」と思いました。僕は2007年に世田谷ものづくり学校で開催された「スクーリング・パッド」という社会人学校に通っていて、とても影響を受けました。ちなみにその時、ものづくり学校の事務局にいらっしゃったのが間中さんです。
僕としては思い入れのある場所だし、ぜひやってみたい。とはいえ、「BONUS TRACK」からは距離があるし、地元のことをよく知っている方の協力は欠かせない。それで間中さんに手伝っていただけないか打診したところ、「やりましょう」というお返事をいただけたので、コンペに参加することにしたのです。
ただ、今回のリニューアルは区内の産業活性化だけを目的にしたものではありませんでした。ここから新しい仕事を生み出していくことに加え、地域としての賑わいを作る、子育て支援も行う、さまざまな社会実験の場にもしていく……。とても僕らだけでは実現できないテーマの広さでした。
それで「みどり荘」というコワーキングスペースを運営するMIRAI-INSTITUTE株式会社さん、「まちの保育園」などを運営されているまちの研究所株式会社さんにも協力いただき、1年半くらいかけて企画書を練り上げていきました。そして、去年2月に無事コンペを通ることができ、実際の施設設計に入り、間もなく着工を迎えることになったというわけです。
小田急電鉄の駅がない池尻エリアの開発に、小田急が参加したわけ
――間中さんは世田谷ものづくり学校の「副校長」をされていたんですよね?
間中:そうですね。2006年から2009年までやっていました。テナント管理やイベント企画、地域や行政との窓口など、いろんなことをやらせていただきました。
――そもそも、なぜ副校長になられたんでしょうか?
間中:最初はボランティアでした。私は当時中目黒に住んでいたのですが、当時は家と会社の往復ばかりで近隣の人のことを何も知らなかった。それで会社を辞めて独立した際に、「もっと地域に関わりたいな」と世田谷ものづくり学校のお手伝いを始めたのです。
ただ、本格的に運営に関わることになったら大変でした(笑)。ありがたいことに全国からたくさんの視察もあったのですが、実は近隣の人たちからは「どんな施設かわかりにくい」という声が多くて。
――地域と距離があったんですね。
間中:だから、地域との距離を縮めるために「キャンドルナイト」などのさまざまなイベントもやって。それからうちの会社(オールドファッション株式会社)は、この近所でハンカチの専門店をやっていますが、地域が一丸となったほうが世田谷区を盛り上げることができるからと、自分が中心となって三宿四二〇商店会という商店会も作りました。今は会長を務めています。
今回のリニューアルでも、小野さんから声をかけていただいた際、良い施設にするために地域の一員として自分にできることがあるならばと参加しました。
――そういう背景があったんですね。さて、もう一人のキーマンである小田急電鉄さんですが、そもそも池尻に小田急の駅は……。
向井:ないですね(笑)。
――だからこそ、なぜ参加されることになったのか一番気になりました。
向井:やっぱり散歩社さんと一緒に取り組んだ「BONUS TRACK」が大きかったんです。「BONUS TRACK」は僕が2015年から携わっている下北沢周辺における線路跡地の開発エリア「下北線路街」の一部なんですが、2022年に一部の暫定利用を除いて完成を迎えました。今回のお話をいただいたときは、「BONUS TRACK」などで培ってきたノウハウを活かして、次の事業をどう展開していこうか、と、ちょうど社内でも議論していたところだったんです。
たしかに池尻に小田急線の駅はありませんが、下北沢からは歩いて30分くらいの距離感ですし、住民の視点に立てば、下北沢と池尻の間に代沢エリアがあって、「BONUS TRACK」を利用されている方もたくさん住んでいる。そこって、この旧池尻中学校にも同じくらいの距離なんですよね。だから、決して縁のない場所ではない。
小田急としても、今後は点から線、さらには面へというように、個々の施設を充実させるだけでなく、それぞれの関係性が相互作用を生み、沿線住民の方々の生活の幅を総合的に上げていくような取り組みをしてきたいと考えていました。だから、今回のプロジェクトに参加することで、駅を中心とした従来の事業展開から、地域の経済圏全体への事業展開に発展していくことができるのではないかと想像できたのです。
あと池尻に小田急線の駅はないですが、バスとしては小田急バスの運行エリアなので、グループ全体としては関係の深い場所でもあります。そういう意味でも参加へのハードルは、実は社内的にもそんなにありませんでしたね。
働き方と暮らし方の進化を実践できる施設へ
――ありがとうございます。それぞれプロジェクト参加にいたるストーリーがあったことがわかりました。では、新たに作られる施設は具体的にどのようなものになるのでしょう? もっと言えば、世田谷ものづくり学校とは何が変わるのでしょうか?
小野:まず、「世田谷区に新しい仕事を作る」というコンセプトは共通していますが、施設の運営内容はかなり違います。例えば、以前は施設の利用のされ方の9割くらいはオフィスとしての貸し出しでした。そのうえで週末にイベントなどで地域に開放していました。
しかし、リニューアル後は校舎の1階部分を飲食店や物販店、書店なども入ったミニ商店街のようにしていくので、平日も朝から晩までお店がやっている状態になります。以前はオフィス入居者の関係者やイベント参加者でなければ、ふらっと来ても居場所がなかったのですが、これからは地域の人も目的がなくても楽しめる場所になります。
もちろん、オフィスの貸出もしますが、そこでも場所を貸すだけでなく、創業支援やスクールなどのプログラムを充実させ、事業の伴走を手厚く行っていく予定です。
間中:小野さんがおっしゃるとおり、以前は働きに来ることがメインの施設でした。今後は誰もが日常的に使いやすい場になります。施設の見た目としても、施設の正面側を公園のような広場に改修して使えるようになることから、かなり入りやすい設計になると思います。
向井:小田急は主にハード面を担当しますが、「地域に開かれた場所を作る」というのはリニューアルの上で大事な要素です。どうしても学校はセキュリティを重視した設計になっているので、もっと入り口の導線をわかりやすくしたり、心理的なハードルを下げるために、外に向けたテラスを作ったり屋外階段を新設したりと、関係者の皆さんと協議しながら、入りやすさの実現と賑わい創出を目指しています。
――施設の設計施工はリノベーションのプロであるブルースタジオさんと、世田谷区の地元企業である神興建設さんが担当されるそうですね。
小野:こちらからぜひに、とお願いしました。
――エリアの事情をよく知っている施工会社さんが入ることで、より地域に開かれた施設になりそうです。
間中:加えて、ここで働く人にとっても、日々の暮らしとの距離が近くなる場所になると思っています。仕事をしているときに家族が子どもを連れて来て広場で遊んだり、昼休みにカフェで一緒に御飯を食べたりといったこともできる。そういう働き方と暮らし方の進化を実践できる施設になります。
――だから、「まちの保育園」の協力もあるんですね。
小野:子育てに関する機能を入れるのは世田谷区さんからの要件でもありました。つまり、リニューアル後は仕事づくりだけでなく、食、住、遊もそろう場所になります。働きながら暮らす。とても「村」のような場所だから、これを企画構想の資料のなかでは「世田谷ヴィレッジ」というコンセプトで表現しています。
「施設の目玉がない」ことが大事な理由
――以前はベンチャー支援などの産業創出がメインでしたが、今後はもっと職住近接を全面的に展開する場所になるわけですね。
小野:産業創出に関しても、ベンチャーというよりは、「小商い」「手仕事」「クラフトマンシップ」のようなスモールビジネスや実業のほうが近いかもしれません。ベンチャーというと、東京だとテック系にイメージが偏りがちなんですよね。
もちろん、ITツールは活用していきますし、世田谷区内産業のDXも重要ですので、運営コンソーシアムのなかにはクラウド会計最大手のfreee株式会社さんにも参画していただいていますが、ITそのものを本丸のビジネスとしてバリバリに展開するようなコミュニティはいわば渋谷や六本木のようなまちにお任せして、こちらではもっと生活関連産業の組織を支援していきたいと思っています。
――リニューアルの目玉は?
小野:そこはすごく大事なポイントです。僕らがコンペで提案した中で重要だったのは、「消極的な理由で来てもらえる場所にしたい」ということでした。要は、屋根付き公園のようなイメージです。「あれがあるから行きたい」、という積極的な理由で行く場所ではなく、「今日は暇だから、とりあえずあそこに行ってみるか」という場所にしたかった。
――つまり、目玉がないのがポイントだ、と?
小野:東京だと、お金を払わないと楽しめない場所がほとんどで、公共施設ですら利用のルールが厳しく定められたりしています。「なんとなくブラブラできる」という余白のある場所が少ないんですよね。
そういう場所を世田谷区という都心に作ることで、子育て中の人が自宅以外の居場所になるようにしたり、ビジネスで利用している人たちも仕事が終わって友だちと合流して、次第にお酒をまじえた交流が始まるみたいな雰囲気を作りたい。
もともと僕が社会人学校に通っていた頃の世田谷ものづくり学校にはそういった溜まり場的な感じがあり、いまでも一緒に仕事をする仲間との出会いもありました。そのなかから、日本橋で「K5」というホテルをプロデュースするメディアサーフ、離島に特化した情報を発信する「離島経済新聞」、2019年に上場したeギフトサービスの「giftee」、間中さんが実行委員長として世田谷の新しい顔となった「世田谷パン祭り」といったチームも生まれていきました。だから、その時代に回帰しつつ、アップデートしていく。それがリニューアルの目玉といえば目玉です。
自ら始めようという方々と作る「サードプレイス」
――本来的な意味での「サードプレイス」を作るわけですか。
小野:まさにそうですね。地域の人にもビジネス利用の人にとってもサードプレイスになる場所にしていきたいと思っています。
――オフィス利用では、どのような企業に入ってほしいと思っていますか?
小野:先ほどスモールビジネスと言いましたが、世田谷区はビジネス街と違って生活者が多いエリアです。だから、そこで生まれてくる新しいビジネスも、自然と暮らしに関連したものになると思うんですね。ただ、それはいわゆる「ものづくり」だけではなくて。
向井:小田急としても沿線住民の方々の暮らしの満足度を高めるような事業を支援していきたいと思っていますので、そう考えると、クラフトマンシップのビジネスだけでなく、ゴミ問題やエネルギー問題といった地域に密接した社会課題の解決を目指す企業やNPOなども合っているのではないかと思います。
――地域の人が交流する場になることから、生活者との距離の近さを上手くビジネスに活かせるような事業が向いてそうですね。
向井:企業のマーケティングの場としてもすごくいいと思うんですよ。「BONUS TRACK」をはじめ下北沢エリアでも実感しましたが、世田谷区内には「いいものならちゃんとお金を出す」という方がたくさんいらっしゃるので。私も世田谷区民ですが同世代にはそのような方が多いです。
――世田谷ものづくり学校で副校長をやっていた間中さんから、入居者に期待することは?
間中:普通の商業施設って、自分から他のテナントやオフィスとコミュニケーションすることは珍しくて、施設側がいろいろお膳立てしてくれるのが当たり前という感覚ですよね。しかし、ここでは私がやっている「商店会」のようなスタンスが大切になっていくと思います。
商店会という組織は、お店ごとの上下関係も強制力もないんです。その代わり、自分から「こういうことをやってみたい」と言い出さなければ何も起こらない。でも、自分が積極的に動けば、業種も世代も違う人たちが協力してくれる。だから、やる気さえあれば、できることがたくさんあるのです。
本来的な意味でのサードプレイスと表現されていましたが、この施設は私たち運営側がルールを厳しく設定するのではなく、さまざまな人たちが一堂に会するからこそ、利用者の皆さんが話し合って、より良い使い方を模索してほしいと思っています。我々も積極的にサポートしますので、自然に何か起こるのを待つのではなく、自分たちから何かを始めようという気持ちのある方々に来てほしいですね。
小野裕之
株式会社散歩社 プロデューサー
●おの・ひろゆき 1984年岡山県生まれ。中央大学総合政策学部卒。ベンチャー企業を経て2012年、ソーシャルデザインをテーマにしたウェブマガジン「greenz.jp」を運営するNPO法人グリーンズを共同創業。2017年に秋田の魅力を伝える「おむすびスタンド ANDON」(2020年に2号店「お粥とお酒ANDONシモキタ」)、2020年に発酵食品の専門店「発酵デパートメント」を共同創業。2020年4月には下北沢で現代版商店街「BONUS TRACK」を創業。同施設でグッドデザイン賞ベスト100を受賞。
向井隆昭
小田急電鉄株式会社エリア事業創造部 課長代理
●むかい・たかあき 1990年埼玉県生まれ。立教大学経済学部を卒業後、小田急電鉄に入社。不動産部門にて海老名駅前の複合施設、座間駅前のリノベーション賃貸住宅等の企画開発を経て、2015年より下北沢エリアの線路跡地開発「下北線路街」のプロジェクトを担当。2022年5月の全面開業後も同エリアのまちづくりに携わり、管理運営、プロモーション、イベント、新規案件の企画を担当。2022年に立ち上げたイベント「下北線路祭」、アートフェスティバル「ムーンアートナイト下北沢」を主催。
間中伸也
オールドファッション株式会社 代表取締役
●まなか・しんや 1976年生まれ。慶應義塾大学卒業後、GMSで衣料品の海外生産管理やバイヤーを経て、世田谷ものづくり学校で3年間副校長をつとめる。2007年にハンカチ専門店のH TOKYOなど運営するオールドファッション株式会社を創業。2009年世田谷で数十年ぶりとなる新規の商店会設立し現在会長。2011年より全国でも最大級のパンイベントである世田谷パン祭りを企画、運営し、実行委員長をつとめる。
取材・文/小山田裕哉 写真/鈴木大喜 編集/木村俊介(散歩社)
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