『イーロン・ショック 元Twitterジャパン社長が見た「破壊と創造」の215日』を読んで
はじめに
今日はこちらの本を紹介します。
イーロン・マスクの「政府効率化省(DOGE)」
イーロン・マスクのツイッター(当時。以下同様)買収は、2022年の10月下旬。それから2年経ってツイッターの名前がXになったことには少しは慣れたかもしれないが、イーロン・マスクは相変わらず様々な話題を振りまいている。
そのひとつが、次期トランプ政権で、「政府効率化省(DOGE:Department of Government Efficiency)」を率いることになるらしいと発表されていること。DOGEというのはマスク氏が後押しするミームコインとしても有名だが、果たして彼は一体政権にどんな影響を及ぼすのだろうか。
先の米大統領選では「もしドラ」が現実となり、一部の人にとっては「トランプ・ショック」だったかもしれないが、現実から目を背ける訳にもいかない。マスク氏がツイッターで実行した改革を知ることで、何かのヒントになるかもしれない。
多くの日本企業に必要な「外科手術」
私がこの本を読んだのは少し前なので、トランプ政権対策で、というわけでは無かった。仕事では媒体社としてのツイッター・ジャパンさんともお付き合いがあるし、個人的にもSNSというメディアが商品の売れ行きや世論形成にどんな役割を担うのか、プラットフォーマーはどこまで主体的にそれに関わるべきか、などに関心があったからだ。
それから、マスク氏が断行したであろう「外科的な」改革にも関心があった。DXはチェンジマネジメント(組織風土改革)だとよく言われるが、調和を大切にする多くの日本の会社にとって、変わることは簡単なことではない。大学院でDXに関する科目を担当する身として、当時、有無を言わさぬ過激な改革が話題となったマスク氏の手法が実際どのようなものだったのか、そうした観点からも興味があった。
総評
ここに書き残そうと思うくらいなので、組織とリーダーシップ、(それもアメリカ型の)に興味がある人には是非読んでもらいたい。
マスク氏の改革手法はいささか極端だが刺激的で我々が日頃の常識の枠を超えて発想する手助けになる。
また、そういう人物がある日突然自分の上司になり、真逆の文化を育んできた部下たちとの間で板挟みになる中間管理職の辛さというのは想像に余りある。
どういう角度で読むにしても、実際に渦中にいた方による手記のような本ということで、下手な二次情報よりもずっと価値があるように思う。
イーロン・マスク破壊の哲学
本書の中で特に印象的だった部分をいくつか紹介する。
ツイッターの買収で当時物議を醸したのはやはり大幅な人員削減だろう。
また、当時ツイッター社による賃料等の「未払い」は国際的なニュースになっていた。
「あとから戻す」
このマスク氏の人員削減や経費の見直しにはある共通する考え方があったようだ。
それは一度全てを無くしてみて、どうしても必要ならもう一度元に戻す、というもの。非常に極端な考え方にも思えるが、一方で、一般的なやり方に比べたら一般的なやり方では到底たどり着けない水準の効率化を実現できそうでもある。ツイッターのこの「未払い」のように、相手に迷惑がかかることや契約違反は問題だが、段階的に引き算をしていく場合には、どうしてもベストエフォートになってしまう。
レベルの全く異なる話だが、中々モノが捨てられない私が2年に一度賃貸物件を引っ越して、一度全てを捨ててから新居に移るというのと似ている気がした。いや、レベルが全く違う話だが。。
「イーロンが自分でずっとこれやってるの?」
また、さすがに数はそれほど多くないものの、本書では著者とマスク氏の直接のやり取りもいくつか紹介されていて興味深い。
マスク氏と言えば当時からテスラとスペースXという、21世紀を代表する企業を経営していてその上さらにツイッターの経営も、というのでは時間がいくらあっても足りないはずだ。
しかし、本書の記述からは、マスク氏が我々の想像を遙かに上回るレベルでハンズオンでツイッターの改革にコミットしていたことが窺える。
「イーロンから直接ボンと質問が来る」
ここでの特徴は、中間管理職を介さない直接のコミュニケーションだ。
日本の大企業では一般に誰かを「飛び越えて」会話をすることはマナー違反とされていることが多い。例えばある会社の役員がいて「今日、課長に言ってしまうわけにはいかないから、明日部長が休暇から戻るのを待とう」などというのはあるあるだろう。「下から上」も勿論同様だし、「横」の関係にも厳しい。
コロナ禍のリモートワークをきっかけにZOOMやTeamsなどが導入されると、上役と現場が直接やり取りできてしまい、これまでゲートキーパーだった人は立場を失ってしまった、という話も聞いたことがあるが、基本的には今もそう変わらないだろう。
「グリーンになっている人間に片っ端から連絡をしていく」
マスク氏と現場の直接のコミュニケーションは、その方法も強引で面白い。
さすがにこれでは非効率ではと思ったが、指揮命令系統にこだわって遅くなるよりはいいのかもしれない。
なお、全くレベルは異なるが、私自身のSlackでの経験でも、誰もメンションせずに投稿すると反応が無く、誰でもいいからメンションした方が反応がある。また、複数に宛てて連絡事項がある時にも、誰かひとりを決めてDMした方がかえって効果的だったりする、ということがある。まあ、全くレベルは異なるが。。
また、次の会話の際のプロトコルについても、大いに共感するところがあった。
私もチームとの日頃のやり取りで、Slackで長文の報告を受け取ることがある。特にまだお付き合いの浅い相手だったりすると、私の限られた集中力では長文を読めないことをまだご存じないか、短文だと失礼にあたると思われたか、色々事情があるのだろうけど、そういうことがある。
もちろん、コミュニケーションというのは一方的に自分のプロトコルを押しつけるものではないので、お相手が長文希望の場合にはそれに合わせることもやぶさかでは無い。しかし、もし相手が万が一「良かれと思って」頑張って長文にしてくれているとしたら、大変無駄な努力になってしまう。そのため最近は極力早めに希望は伝えるようにしている。
ちなみに私が短文を希望する理由も本書で書かれているものとそう相違ない気がする。もちろん私とマスク氏では全くレベルは違うのだろうが。。
イーロンから何を学べるのか
本書で紹介されているようなマスク氏の「今」「自分で」やるスタイルや、一度全部「断捨離」してからどうしても必要なものだけ元に戻すやり方などは、今すぐ採り入れようと思えば可能かもしれない。
もちろんこうしたやり方・考え方は、日本ではまったく馴染まない。仮に世界のどこかに沈みゆく泥舟があったとして、マスク氏とは全く別のやり方で全員が助かる場合もあるだろう。
それでもせっかく本を読んで新しい何かに触れるのだとしたら、極端な方がいい。誰かの追体験をさせてもらい、自分の身の回りでは触れることが無い新しいものに触れられることは読書の魅力だ。それも、その時に何を感じたかの内面も含めて。
両極端を知っておけば、それが軸になる。後は好きに内分点を探ればいい。軸が2つあれば平面になる。後はバランスの取り方の問題だ。
本書を読むと「ムズムズ」する
本書を読むと、自分がいつのまにか前提にしてしまっていることが無いかとそわそわした。いや、自分の思考回路や仕事の進め方に「垢が着いている」ような気がして「ムズムズ」したという方が近いかもしれない。
私もかつて日本で10年のサラリーマン生活を過ごした。その経験は顧客企業の理解やお客さまとのやり取りに大いに活かされるべきだと思うが、自分の会社の経営となると、本来それらに囚われる必要は全くない。
社内コミュニケーションは「伝言ゲーム」になってないか?
部署や役職が「会社ごっこ」になっていないか?
今、目の前にいるメンバーだけでできないか?
例えばこうした問いも、たまにはいいのかなと。
本書を読んで自分ができたこと
蛇足になるが、最後に本書を読んでから自分がやってみたことを書き留めておく。これらは必ずしも全てが本書の影響というわけではないが、無関係でもないと思う。
事業部制の廃止
週次定例会の廃止
いくつかの主要な社内書類の廃止
役割分担の柔軟化
やってみての感想としては、「無くても何とかなるものは多い」し、「無くしてみて重要性に気づく」ものもあった。