「優れた看護実践:新しい知の創出とわざの鍛錬」(川島みどり)考察
この記事では「優れた看護実践:新しい知の創出とわざの鍛錬」(川島みどり)から看護学教育と看護実践の課題を取り上げ、GOLDメソッドがどのように役に立つかを考えてみましょう。とくに看護実践能力と基礎教育内容の乖離を埋めるテクノロジーとしてのGOLDメソッドについて述べたいと思います。
この論文の出典は、日本看護研究学会雑誌 15-18,2010で、このリンクからアクセスすることができます。この論文では「看護学は実践の学である」ことを共通理解とし、「すぐれた実践」「ワザの鍛錬」「新しい知の創出」について述べられています。
以下、論文から引用したフレーズを大見出しとし、GOLDメソッドがどのように役に立つのか述べたていきます。
ところで、今なぜ、優れた看護実践なのか。それは、市場原理に支配された医療の在り方のもと、高度医療技術の普及に伴う超過密、高速回転の現場環境で求められる看護実践能力と基礎教育内容との乖離に起因する。
・従来の看護学基礎教育では超過密・高速回転の現場環境で求められる看護実践能力が獲得できない、という問題提起です。この問題は就職後僅か1年に約9%の新人が離退職し、それ以外の看護師の疲労やバーンアウトに陥るという2次的な問題を引き起こすこと、そしてその対策として優れた看護実践を新人時代に体験し、「やったー! できたー!」という達成感を成就することにより、人々の信頼にこたえ得る専門職としての道を主体的に開くという主張が続いています。
・これらの問題は認知脳科学的に次のような課題に置き換えることができます。看護学基礎教育では優れた看護実践の知識ラインと、看護を実践する「速い思考」を獲得するために、新しいテクノロジーを導入する必要があること。また基礎教育では優れた看護実践を経験し、自己達成感・自己効力感を心に刻み込む必要があること。
・新しいテクノロジーとは認知脳科学を基盤に「できる」医療者の心を獲得し、「できる」医療者として生涯発達し続けることを担保する医療インストラクショナル・システムズ・デザイン(医療ISD)で、具体的な方法論としてGOLDメソッドになります。GOLDメソッドを用いた講義シリーズにより初学者でも優れた看護実践を経験し、「やったー! できたー!」という達成感を味わえることが報告され始めています。
しかし、教室で原理を教えて事足りるわけではない。実践できるレベルにするには、学んだ原理を反復トレーニングして個人の身についた主観的なわざ、すなわち技能レベルにして行く必要がある。だが、実現するには種々の困難が多くある。現在の臨床実習体制上の問題もあるが、技術教育自体の問題もあるだろう。制約の多い臨床現場と実習指導体制並びに教員の技術能力から見て、状況に応じて原理を活かし変化させる機会が極めて少ないと言ってもよいだろう。そのまま卒業した新人たちは、応用力がきかない、自信がもてず,患者にとって安心を左右する状況が生まれることは必至である。
・優れた看護実践能力を獲得するうえでの制約が記述されています。医療ISDではこれらの課題の解決策を探るとき、認知脳科学や認知科学の知見とアプローチ法を採用します。
・生まれたばかりの赤ちゃんは4年もすれば小さな大人に成長します。私たちの脳はわずかな期間のうちに私たちの心を指数関数的に発達させる生来的なメカニズムを備えています。その原則的なメカニズムに着目することで、「できる」医療者の心を獲得する学びの教材のデザインと学び・発達の系列をデザインすることが可能になります。それがGOLDメソッドになります。
・従来の看護学基礎教育が看護学の知識と伝統的な看護学の研究法を採用し続ける限り、看護学自体が初学者の発達の壁になっているかもしれない事実を認識できず、また壁を乗り越える新しいアプローチを創出する研究成果が得られることも考えにくいと思われます。
・哲学や認知心理学の知識を活用するだけでは不十分で、今後は認知脳科学と医療ISDというサイエンスとテクノロジーを看護学基礎教育に取り入れていくと良いでしょう。
・看護学校に入学したての学生が生まれながらに備えている脳の原理、心の発達の原理を活用し、3,4年間優れた看護実践を仮想的に経験することで卒業時には「できる」看護師のミニチュアバージョンに成長することができます。それを可能にするのが認知脳科学と医療ISDのモデルであるGOLDメソッドになります。
教室で単に教師のデモンストレーションの見学やVTRをみるだけでは「わざ」は身につかない。演習に際しては,患者像のイメージができ、場面を想像できるようなリアルな事例をできるだけ多くつくり、その患者の必要とする技術の組み合わせを学生たちに考えさせ、優先順位を決め方法を選択し、実際に行って相互評価をし課題を達成する。これからの基礎教育での実践課題である。
・「見る」ことで獲得できるのは運動技能・動作であり「わざ」ではありません。優れた看護実践としての「わざ」は知識ラインとして獲得する必要があります。
・上記の課題はGOLDメソッドを用いることでその多くが解決されます。その鍵はシーン1で行う1回目の看護実践にあります。
・GOLDメソッドはこれからの基礎教育での実践課題を解決するモデルです。
新しい知の創出:最終的に本質に辿りつくためには、理論学習はもとより、学内演習や実習を通して自己の看護観を身につける必要がある。看護技術学の基礎となる看護技術論は、対象と看護実践者との関係の論理構造を把握することで、客観的な論理を主観的な感覚の上でつかむわけだが、創造的な感覚を基礎に的確な構想を満たすためには、常にそこに勘が働くと思う。つまり、ひらめきやアイディア、仮説である。
・「できる」看護師の心は6階層のモデルとして可視化することができ、その第6層の心が自己の看護観の形成になります。自己の看護観、「できる」看護師が共有している看護観をかたち作るためには、看護実践の経験を通した看護実践プロセスの検証や、振り返りによる自己効力感の強化と発達の伸びしろを埋めていくこと(「できない」を「できる」にする)契闊したり実行する経験が必要になります。
・これらはGOLDメソッドで採用しているメンタル・シミュレーションと物語学習により達成することができます。
私は、現行の看護技術教育を見直し、先にも述べた看護教員の実践力の精錬を提起したい。学生たちの模倣に耐えるロールモデルとなるためにも、看護系教員の看護実践力の精錬を抜きにはできないと思うからである。また、看護教育方法の重要な1つである臨床実習の環境の整備と臨床看護レベルの向上に関しても重要な関心を向けないわけにはいかない。
・GOLDメソッドでは学びと発達のゴールとして「できる」医療者を設定します。看護学生、新人看護師にとっては「できる」看護師、現場のロールモデルになります。GOLDメソッドでは教員や指導者が必ずしもロールモデルでなくても、学び手と教え手が「できる」看護師をロールモデルとして認知的に共有します。
・物語学習では、「患者像のイメージができ、場面を想像できるようなリアルな」物語を提供し、学び手が仮想的に「できる」看護師の心を使って、その患者のゴールを達成する看護を「できる」看護師になりきって実践します。
・GOLDメソッドでは学び手と教え手は教材を共有し、共通のロールモデル(「できる」看護師)をイメージしながら、学び手はロールモデルになりきって看護実践を経験します。教え手は教材や知識ラインの思考素や思考路をティーチングせず、学び手の試み(learning by doing)をガイドします。
・自分は仕事ができると思っている看護師も、この教材と使って「できる」看護師の看護実践の仕方と心の使い方を学び直す(独習)ことで、自分の心をリセットしたり、バグを修正したり、新しい心を創り出すことが可能になります(まず研修でティーチングするという手間を省ける・まず独習、成果が不十分なら研修)。