2020 AHA CPRおよびECCのガイドラインと医療ISD(Instructional Systems Design) :救命の連鎖とアルゴリズムを「おぼえる」と「わかる」を区別する
はじめに
救命の連鎖は院内心停止(IHCA)と院外心停止(OHCA)の2つの種類があります。それぞれの救命の連鎖は回復で終わる6つの鎖で構成されています。また救命の連鎖のそれぞれの鎖の中はアルゴリズム(知的技能)と具体的な動作(筋肉を使って行う処置、運動技能)で構成されています。
ガイドラインには救命の連鎖とアルゴリズムについて詳しく説明されていますが、ガイドラインの中にあるのは言語情報という文字で書かれた情報になります。
この記事の話題は、ガイドラインという文字情報を読む、「読む」ということの深さ、です。「ガイドラインを読んで勉強しました」という場合、もっとも多いのはガイドラインの文字だけを追って救命の連鎖やアルゴリズムを覚える読み方ですが、この読み方は学びにはつながりません。文字情報を読んで知的技能に変換するには深い読み方の技能が必要になります。
ガイドラインの変更点を説明できる=浅い読み方=覚えるために読む、ガイドラインの変更点をパフォーマンスできる=深い読み方=分かるために読むについて考えてみましょう。
「おぼえる」こと
ハイライト蘇生教育科学の27ページに、「集中学習(従来のコースに基づく)に追加トレーニング(短期の再訓練セッション)を追加し、CPRスキルの維持を支援すべきである。・・・集中学習のトレーニングを複数のセッションに分けること(反復学習)が望ましい、とあります。
また28ページには、「蘇生トレーニングに集中学習アプローチを用いる場合は追加セッションの実施が推奨される」、さらに「蘇生トレーニングには、集中学習アプローチの代わりに反復学習アプローチを用いることが妥当である、とあります。
これらの文章が意味している深い意味は、従来の時間制限の中で覚える知識・アルゴリズム・運動技能のすべてを完全習得学習することは不可能(人間の認知限界を超えているので)、コースだけですべてをカバーするのではなく、キャロルの時間モデル(人はその人のペースで学習する・その人が必要な時間学習することで完全習得学習が達成できる)を用いて追加セッションや反復学習を行えば良い、ということです。さらに、深く読み取れば、コースの内容は覚えることが多いので、忘れないようために復習が必要だいうことで、要は蘇生シミュレーションコースでは多くの暗記モノを学んでいるということを述べていることになります。さらにさらに深く解釈すれば、忘れてしまうものを何度も復習して無理やり覚えること=明日の仕事には不要な知識や技能であり、蘇生を業としない受講者が蘇生シミュレーションコースで学ぶべきことは反復学習して忘れないようにする知識や技能ではなく、もっと根源的な信念や態度だということになります。
「わかる」こと
覚えたことは忘れるので、覚えることを前提とした本の読み方では言語情報から知的技能を組み立てる深い読み方はできません。
以下、学びの構造(佐伯胖)からの引用ですが、人がある命題Xを「理解する」(to understand X)ためには次の3つの条件が満たされていなければなりません。これをガイドラインを読んで理解することに当てはめると、
1.書いてあることに妥当性がある(ガイドラインなのでこれは当てはまります)。
2.その命題の妥当性が高いこと(エビデンスレベル)を正当づける背景となる知識がある。
3.自分の経験や知識に照らし合わせて命題が妥当であることに納得できる。
になります。
ガイドラインの文字列を読めば1は満足できますが、読みながら2をチェックしたり、さらに3を満たすにはreading voiceだけでなくthinking voiceを使う読み方が必要になります。さらに、ガイドラインのパラグラフやチャプターを読み終えたら、結局・・・ということだ、という自分なりのまとめ・結論をアウトプットする技能も必要になります。
講義を聴いて「わかる」ためにも同じ3つの条件が必要になります。書かれた文字列も、講義として話された文字列も、脳の短期記憶のフィルターに引っかかれば言語情報として処理されます。
ガイドラインを読んで蘇生に応用しているスクリプトとスキーマを書き換えるには深い読み方の技能が不可欠になりますが、自分の認知技能について意識的にモニタしたり認知能力を向上するための勉強の仕方をDB(よく考えられた練習、集中的なトレーニング)できる人はおそらくごく少数だと思われます。
ちょっと中途半端になりましたが、これでこの記事を終わります。