医療教授システムの第一原理はゴールド・メソッドに組み込まれている
1.はじめに
この記事ではまずインストラクショナル・デザインの3つの原理と学習者の捉え方(キャロルの時間モデル)の考え方からゴールド・メソッドの特長を点検してみたいと思います。
1) インストラクショナル・デザインの3つの原理は、以下の論文を参照してください。https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsise/28/2/28_168/_pdf/-char/ja
2) キャロルの時間モデルについては、以下のサイトを参照してください。http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/ksuzuki/resume/books/1995rtv/rtv01.html
3) ゴールド・メソッドについては、以下の引用を参照してください。https://note.com/ikegamik/n/n77b1abc61560で引用した医療シミュレーションと教育工学。
ゴールド・メソッドは医療職育成に最適化したインストラクショナル・デザインのモデルで、本法を使った教材には、「スクリプトで学ぶ救急活動プロトコール」、「救急活動シミュレーション学習」、「急変させない患者観察テクニック」、患者安全TeamSimセミナーと救急活動と臨床推論セミナーがあります。
2.ゴールド・メソッドとは
ゴールド・メソッドは、「できる」医療職の医療実践能力(認知能力)を教材化し、教材を使うことで初学者・新人が「できる」医療職の能力を獲得することを支援するインストラクショナル・デザインのモデルです。
ゴールド・メソッドは医療インストラクショナル・デザインの使い勝手の良いモデルですが、医療職の能力開発以外にも広い職種に対して使うことができます。仕事の仕方、働き方そして成果を出すプロセスを改善する際にも応用できる考え方と方法論を提供しています。
3.3つのIDモデル
3つのIDモデルとは、メリルのID第一原理、ケラーのARCSモデルとパリッシュのID美学の第一原理になります。詳細は文献1)を参照してください。効果的・効率的・魅力的な学習をデザインするためにはこれらの原理に基づいていることが必須になることから「第一原理」と呼ぼれています。私たちの記憶に残っている学びはこれらの原理によって支えられています。
4.3つのIDモデルとゴールド・メソッド
まずメリルのID第一原理の観点でゴールド・メソッドの特長を分析してみましょう。以下の表にはID第一原理の要素と原理に基づく教授方略例、そしてゴールド・メソッド(患者安全TeamSimセミナーを例に)を用いた教授の場合における特長を整理しました。
この表から分かることはゴールド・メソッドで設計された教材と学び方はメリルのID第一原理の要素を満たしているということです。この視点で言えばゴールド・メソッドを用いた教授は、学習者の学びの効果・魅力を高めるということになります。
ゴールド・メソッドが「できる」医療職の能力を形式知化する方法であること、そして「できる」医療職は仕事を賢く行い(ワークスマート)仕事を楽しんでいる(仕事を通して成長している)ことを考えると、ゴールド・メソッドで仕事の仕方を学ぶことで仕事を賢く遂行し仕事を楽しむことも学んでしまうことが期待されます。
次にケラーのARCSモデルとゴールド・メソッドについて見てみましょう。以下の表にはARCSモデルのカテゴリとその要素、および要素ごとに学習意欲を高めるヒント、そしてゴールド・メソッド(患者安全TeamSimセミナーを例に)を用いた教授の場合における特長を整理しました。
この表からゴールド・メソッドを用いた教授はARCSモデルの要素を満たしていることがわかります。学習意欲とは学習態度を左右する要因であり、学習意欲をメタ学習することで学習者が自分の学習をメタ制御する能力を開発することができます。この技能は医療職として発達する上できわめて重要な能力になります。仕事においても自分自身にARCSモデルを適用することで、できる仕事の範囲と深さを拡張し続けることが期待できます(実際、「できる」医療職はそうやっています)。
次にパリッシュのID第一原理とゴールド・メソッドについて見てみましょう。
ID美学の第一原理の視点でもゴールド・メソッドは5つの要素を満たしていることが分かります。
パリッシュは学習経験の要因モデルにより学習経験のレベルを①から⑥の6段階に分類しています。①無経験、②機械的な繰り返し、③バラバラな活動、④心地よい習慣、⑤挑戦的企て、⑥美学的な経験の6段階になります。詳細は文献1)を参照してください。
ゴールド・メソッドはID美学の第一原理を満たすことで、学習経験のレベルの⑤または⑥を標準として達成することができます。
以下、文献1)から引用します。
挑戦的企てとは、結果が成功であっても失敗であっても多くを学べるチャレンジで本腰を入れて取り掛かり、それに見合う手応えたある場合。経験中の没入感も大切であるが、それに加えて計画や事後の振り返りも重要な要素となる。
美学的経験とは、日常的な経験とは一線を画す、楽しめて忘れられない、時として人生を変えるような影響力を持つ洗練されたもの。直接的で展開があり、予期し得ないが終焉の高まりに向けて積極的な関与がある。
ID第一原理、ARCSモデルとID美学の第一原理は独立した原理・排他的な原理ではなく、3つの原理はお互いに関連することで相乗作用をもたらします。挑戦企てはID第一原理とARCSモデルに関連しています。美学的経験は挑戦的な経験の中で遭遇する目から鱗が落ちるような経験、腑に落ちるような経験、aha体験と考えて良いでしょう。
3つの医療ID第一原理を内包するゴールド・メソッドは学習と仕事に対するポジティブな態度と学び方を涵養し、医療職の人生とコミュニティ・職場・組織を豊かにする、かつ医療職の働き方を能力として・個人の内側から改善する方法ということができます。
5.キャロルの時間モデルとゴールド・メソッド
キャロルの時間モデルは学習者=個人の能力を最大化し、その人の人生を(その人なりに)成功に導くための考え方になります。
キャロルの時間モデルは、20世紀の偏差値教育(私たちが受けてきた教育とその経験から身に付いている学習観の基盤)から21世紀の活きる力の学び(情報化社会の能力)へ考え方・態度・方法を転換する際の鍵となるモデルになります。
キャロルの時間モデルについては文献2)を参照してください。
表にキャロルの時間モデル、個人差への対応例とゴールド・メソッドを用いた教授の関係をまとめました。
キャロルの時間モデルでは学習率(マスタリーラーニング)を100%担保するために、その人が学習に必要とする時間を100%確保するためのモデルになります。例えばある学習者がBLSコースをカリキュラムの時間内でマスタリーラニングすることができなければ、その人がBLSコースをマスタリーラニングするために必要なエキストラの時間を確保すると考えるのが時間モデルの考え方になります。
表には個人差への対応例をまとめましたが(文献2)からの引用)、これらはゴールド・メソッドを用いた教授では標準的な方法になります。
6.まとめ
以上をまとめます。
1)「できる」医療職の能力を教材化するゴールド・メソッドはIDの3つの原理とキャロルの時間モデルの視点でこれからの医療職・医療の人財を確保し育てるための効果的・効率的・魅力的なモデルである(医療IDモデルと呼ぶ)。
2)ゴールド・メソッドを用いることで「できる」医療職が獲得している医療実践能力だけでなく、仕事・学習へのポジティブな態度と自己成長技能を獲得することができる。
3)ゴールド・メソッドを用いることで卒前教育と卒後教育のギャップがなくなり、かつ教員・実地指導者の労力が格段に少なくなる(教材の共有化が可能)
4)ゴールド・メソッドは学習者・指導者が21世紀に活きる力を効果的・効率的・魅力的に獲得する最適な医療IDモデルである。
7.ゴールド・メソッドを活用するために何が必要か?
ゴールド・メソッドでデザインされた教材・セミナーを効果的・魅力的に行うためには、文献1)の表3教授文法に含まれる方法例にある教育アプトーチ、教授要素および内容の系列手法を駆使する必要があります。
従来のシミュレーション学習・コース(BLSコース、ACLSコース、ICLSなど既存のコースなど)のインストラクションでは直接教授法が使われますが、その技能だけでは十分ではありません。
教育アプローチ、教授要素と内容の系列手法を学ぶには、教育アプローチ、教授要素と内容の系列手法をライブで学ぶことが最も効果的・効率的です。これらをライブで学ぶにはゴールド・メソッドで設計されたセミナー(患者安全TeamSimなど)に学習者・インストラクター(プロクター)として参加するとよいでしょう。あるいは日本医療教授システム学会が開催する各種セミナーへの参加、今後予定しているオンラインのコミュニティに参加し能動的に意見交換を行うことが考えられます。noteのサロン機能を活用することも考えています。