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サガリバナの夜明け

3:00a.m.

熱帯。

零れるような星の夢から目が覚めた。
目覚めても尚、高揚が止まらない。
夜明け前のマングローブに向かって出発だ。

狙い通りサガリバナは満開だという。
映像で見た、夜に花開き朝には落ちる熱帯の植物の虜になって、都会の日常からワープしてきた。

暗闇の西表島の道をツアーのマイクロバスに乗り込んで進む。夜行性のイリオモテヤマネコが活動する時間帯だ。遭遇を夢見ながら森と隣接する道を走る。

視界が開けて海と空がふわりと壮大に蒼く現れた。今朝見た夢の続きだ。あと2日で消える細い月が水平線に白く佇む、無数の星の空。

入江に到着した頃はまだマングローブが群青色の塊で、海がどちらか分からないほどの闇だった。空はまだ星を残し地平線から磨かれた磨りガラスのようなほの蒼い光を称えていた。

暗がりの階段を降りゆっくり水の中を歩き、用意されたカヌーに近づく。
2人乗りの舟に私から乗り込んだ。水の浮力に支配されバランスのスイッチを変える。夫が船体を揺らしながら後ろに乗り、直ぐに出発。マングローブの奥に向かって満潮の入り江を進む。

まだ野生の動物達も寝静まっている。
水を掻く音だけがする。夏の大三角形を見上げているとその中を人工衛星が弧を描いた。

初めて鳥の声が響いた。アカショウビンというオレンジ色で人気者の声だと、先導してくださるガイドの方に教えてもらった。鳴き声も陽気で素敵なリズムだった。

いつの間にか星は去り白い空になっていた。
花がひとつ流れてきた。バニラのような香りが漂ってきた。

川幅も随分狭くなっている。マングローブの枝に触れることもしばしば。視線をあげるとサガリバナの花が葡萄の房のようにたわわに咲いている。一気に心が湧き上がる。蜂のホバリングする音が低く唸る。今まさに落ちようとしている花に群がり、限られた時間の大仕事に没頭していて、人間には全く興味を示さなかった。



どんどん水面に落ちて流れる花が増えていく。想像を超える異次元の景色だった。パタッピタッと音を立てて落ちる瞬間にも間近で出会えた。ピンクや白の糸を束ねたような花が、水面を埋めていく。大自然のロマンを目の当たりにし、思考の先まで喜びが浸透していった。

潮が引き始めた。朝日が昇り、川面に山が映る。気温が上昇してきた。眩しい。私の調光レンズのメガネがブラウンに濃くなっているだろう。潮の流れに沿って漕ぐ帰り道は行きより楽だったが、腕に疲労が溜まっている。次第にサガリバナの気配が消えていった。海までは浮いていられないのかと、その繊細な姿を思い出しながら帰路を進んだ。

緑に輝く森の頂上から大鷲が飛び立った。
その勇姿を目に焼き付けて、入江に戻った。沖縄の海がおおらかに迎えてくれた。

背後から朝日に照らされて水に映る木漏れ日。そのマングローブの光景を水彩画に残し「water forest」というタイトルをつけた。
「夜明け前の入江」も水彩で描き、青を愛する優しい方の元へ迎えられた。



立秋を過ぎてもまだ、不意にサガリバナの香りが蘇る。そのつど、この冒険に付き合ってくれた夫に感謝を伝えている。

Special thanks for 西表島カヌーツアー風車

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