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人生最期のとき
105歳になる夫の祖母が
突然、嘔吐した
それ以降
食べ物を受け付けなくなった
と連絡があった
まもなく
天に帰るかもしれない
「肉体があるうちに温もりを感じたい」
「出会えた喜びと感謝を伝えたい」
そう思って、
夫と娘と3人で
久しぶりに長野に向かった
・
・
義祖母のことを
思っただけで、
感謝の気持ちがあふれて
いつの間にか涙ぐんでいた
優しくて
穏やかな人だった
小さなことに
くよくよせず
いつも朗らかな人で
一緒にいて心地良かった
・
・
向かっている最中に
義母から電話があり、
「到着時間が分かったら電話してね。
おばあちゃんのいる施設で
待ち合わせをしましょう」
と言われる
夫の両親がいない状態で
義祖母との時間を
ゆっくり過ごしたい
と思っていた私は、
思い切って
それを義母に伝えた
少し驚かれたけど、
「分かったわ」との返事
本音に従えてよかった
・
・
義祖母は静かに
ベッドに横たわっていた
声をかけると、
目は閉じたままで
かすかに反応がある
もう会話は
できなくなっていた
透き通った白い手に触れると
ぬくもりを感じた
「出会えて嬉しい」
「大好き」
「ありがとう」
ありったけの思いを
言葉で伝え始めたら
思いがあふれて
涙がこぼれた
大学生の娘が、
「小さい声だったら歌ってもいいかな?」
と聞いた
「きっと喜ぶから歌ってあげて」
と私は促した
娘が、義祖母の手に
自分の手を重ねた
・
・
中島みゆきの「糸」
娘のメロディに合わせて
夫がハモると、
義祖母が目を開いて
感極まった表情で
深いため息を
一つついた
「翼をください」
義祖母が
老いた肉体を脱ぎ捨てて
大空を自由にのびのびと
飛んでいる姿が目に浮かんだ
映画【千と千尋の神隠し】の
「いのちの名前」
歌に合わせて
義祖母の心が大きく動いて、
感情が体から発露した
その姿に心が震えて
私は涙が止まらなくなる
そして、
私のリクエストで
唱歌「ふるさと」
義祖母の目には
懐かしいふるさと
新潟県柏崎の情景が
浮かんでいるようだった
・
・
歌い終わって
夫が義祖母の手を握った
共働きだった
息子夫婦の代わりに
孫の世話を
引き受けた義祖母
保育園の送り迎えは
義祖母の役割だった
毎日、
遠く離れた保育園の行き帰り
孫の手を引いて歩いた
なかなか前に進まない
孫のために
義祖母は笹舟を2つ作って、
「あの先の川で
船を浮かべて競争しよう」
と誘った
子どもの頃、
夫はよく義祖母に
おやつを作ってもらった
たびたびリクエストしたのは
好物のお好み焼き
「粉物は戦時中を思い出すから」
と言って
自分は手をつけないのに、
可愛い孫のために
せっせとお好み焼きを作った
義祖母の実家や姉妹宅に
二人で旅行に行った
思い出もある
・
・
夫を見つめる
義祖母の眼差しが
慈愛に満ちていた
その小さな体からは
孫である夫への愛情が
ほとばしっていた
「愛してる」の気持ちが
はっきりと分かって
私は胸がいっぱいになる
二人の間に
言葉は要らなかった
あとで夫に
そのことを伝えたら
驚いたことに
夫も全く同じことを
感じていた
祖母の思いが胸に迫り、
言葉に詰まったという
今まさに消えようとしている
命のともしびが
最期の光を放っていた
そして、
訪問看護師の
みちこさんの言葉が
よみがえってきた
「旅立つ方を看ていると
色んなことを教えてくれる
そして、
その時が近づくと
静かな空気が流れる
静=生
最期まで生きるを見せる」
最期まで生き切る様を
見せてくれている義祖母
その姿に
静かな感動が湧き上がった
・
・
施設を出ると、
秋の空に
トンビが一羽
悠々と飛んでいた
夫は
「音楽の力ってすごいなぁ」
と呟いた
ああ、
本当にそう
大好きな祖母のために
娘と一緒に歌を歌えて
よかったね
豊かで静かな時間が
私の心を満たしていた
・
・
会いに行った一週間後に
義祖母は息を引き取った
弔問に訪れた
施設の職員さんは、
「先日は遠いところを
会いに来てくださり、
ありがとうございました。
その直前の2日間は、
危ない状態だったんです。
だから、会えて本当によかった。
お孫さんたちに会ったあと、
しばらくお元気になられたんですよ」
と言って涙ぐんだ
義祖母のことを
家族のように思い、
義祖母と一緒に
私たちの到着を
待ってくれていたのが
伝わってきて、
思わず私ももらい泣き
温かい人たちに囲まれて
幸せに過ごしていたんだね
おばあちゃん、
あなたと出会えてよかった
おばあちゃん、
大好きです
おばあちゃん、
たくさんの愛を
どうもありがとう