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人生最期のとき

105歳になる夫の祖母が
突然、嘔吐した

それ以降
食べ物を受け付けなくなった
と連絡があった

まもなく
天に帰るかもしれない

「肉体があるうちに温もりを感じたい」

「出会えた喜びと感謝を伝えたい」

そう思って、
夫と娘と3人で
久しぶりに長野に向かった


義祖母のことを
思っただけで、
感謝の気持ちがあふれて
いつの間にか涙ぐんでいた

優しくて
穏やかな人だった

小さなことに
くよくよせず
いつも朗らかな人で
一緒にいて心地良かった


向かっている最中に
義母から電話があり、
「到着時間が分かったら電話してね。
おばあちゃんのいる施設で
待ち合わせをしましょう」
と言われる

夫の両親がいない状態で
義祖母との時間を
ゆっくり過ごしたい
と思っていた私は、
思い切って
それを義母に伝えた

少し驚かれたけど、
「分かったわ」との返事

本音に従えてよかった


義祖母は静かに
ベッドに横たわっていた

声をかけると、
目は閉じたままで
かすかに反応がある

もう会話は
できなくなっていた

透き通った白い手に触れると
ぬくもりを感じた

「出会えて嬉しい」

「大好き」

「ありがとう」

ありったけの思いを
言葉で伝え始めたら
思いがあふれて
涙がこぼれた

大学生の娘が、
「小さい声だったら歌ってもいいかな?」
と聞いた

「きっと喜ぶから歌ってあげて」
と私は促した

娘が、義祖母の手に
自分の手を重ねた


中島みゆきの「糸」

娘のメロディに合わせて
夫がハモると、
義祖母が目を開いて
感極まった表情で
深いため息を
一つついた


「翼をください」

義祖母が
老いた肉体を脱ぎ捨てて
大空を自由にのびのびと
飛んでいる姿が目に浮かんだ


映画【千と千尋の神隠し】の
「いのちの名前」

歌に合わせて
義祖母の心が大きく動いて、
感情が体から発露した

その姿に心が震えて
私は涙が止まらなくなる


そして、
私のリクエストで
唱歌「ふるさと」

義祖母の目には
懐かしいふるさと
新潟県柏崎の情景が
浮かんでいるようだった


歌い終わって
夫が義祖母の手を握った

共働きだった
息子夫婦の代わりに
孫の世話を
引き受けた義祖母

保育園の送り迎えは
義祖母の役割だった

毎日、
遠く離れた保育園の行き帰り
孫の手を引いて歩いた

なかなか前に進まない
孫のために
義祖母は笹舟を2つ作って、
「あの先の川で
船を浮かべて競争しよう」
と誘った

子どもの頃、
夫はよく義祖母に
おやつを作ってもらった

たびたびリクエストしたのは
好物のお好み焼き

「粉物は戦時中を思い出すから」
と言って
自分は手をつけないのに、
可愛い孫のために
せっせとお好み焼きを作った

義祖母の実家や姉妹宅に
二人で旅行に行った
思い出もある


夫を見つめる
義祖母の眼差しが
慈愛に満ちていた

その小さな体からは
孫である夫への愛情が
ほとばしっていた

「愛してる」の気持ちが
はっきりと分かって
私は胸がいっぱいになる

二人の間に
言葉は要らなかった

あとで夫に
そのことを伝えたら
驚いたことに
夫も全く同じことを
感じていた

祖母の思いが胸に迫り、
言葉に詰まったという

今まさに消えようとしている
命のともしびが
最期の光を放っていた

そして、
訪問看護師の
みちこさんの言葉が
よみがえってきた

「旅立つ方を看ていると
色んなことを教えてくれる

そして、
その時が近づくと
静かな空気が流れる

静=生

最期まで生きるを見せる」

最期まで生き切る様を
見せてくれている義祖母

その姿に
静かな感動が湧き上がった


施設を出ると、
秋の空に
トンビが一羽
悠々と飛んでいた

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夫は
「音楽の力ってすごいなぁ」
と呟いた

ああ、
本当にそう

大好きな祖母のために
娘と一緒に歌を歌えて
よかったね

豊かで静かな時間が
私の心を満たしていた


会いに行った一週間後に
義祖母は息を引き取った

弔問に訪れた
施設の職員さんは、

「先日は遠いところを
会いに来てくださり、
ありがとうございました。
その直前の2日間は、
危ない状態だったんです。
だから、会えて本当によかった。
お孫さんたちに会ったあと、
しばらくお元気になられたんですよ」

と言って涙ぐんだ

義祖母のことを
家族のように思い、
義祖母と一緒に
私たちの到着を
待ってくれていたのが
伝わってきて、
思わず私ももらい泣き


温かい人たちに囲まれて
幸せに過ごしていたんだね


おばあちゃん、
あなたと出会えてよかった

おばあちゃん、
大好きです

おばあちゃん、
たくさんの愛を
どうもありがとう


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