『はて知らずの記』の旅 #21(番外編)秋田県・田沢湖、角館
(正岡子規の『はて知らずの記』をよすがに、東北地方を巡っています。)
旅のはて
この日は今回の旅のエクストラ・ラウンドである。
田沢湖を見て、角館に行く。
正岡子規は行っていない。
自分が行きたかったのだ。
田沢湖・角館は鉄道ユーザーの自分にとって難攻不落の場所だった。
盛岡から田沢湖へ行くとしよう。
田沢湖線を使う。
早朝五時一八分に大曲行きが出ている。
これに乗るには、盛岡に宿泊しないと無理である。
そこで次の列車を調べると、途中の雫石や赤渕行きはあるが、田沢湖・角館を通る大曲行きは、何と一四時二〇分発まで無いのである。
これでは田沢湖・角館の両方を観光する時間は十分にとれないだろう。
難攻不落と云った意味がおわかりだろうか。
秋田新幹線を使えばよいではないか、と言われればそれまでだが、ここまで記事を読んでくださっている方には、私の旅が新幹線を使うような優雅なものでないことに薄々お気づきであろう。
今回、正岡子規のあとを追う旅で、横手に宿泊している。
横手を早朝に発てば、大曲発六時二二分の田沢湖行き、あるいは七時〇二分発の盛岡行きで田沢湖に入ることができるのだ。
城を落とすチャンスがようやく巡って来た。
横手から大曲に戻り、六時二二分発の田沢湖行きに乗った。
同じ車両に客は、自分を含めて二名だった。
遠目に鳥海山が霞んで見えた。
この角度から見る鳥海山は左右対称ではなく、「入」の字を鏡に映したような形に歪んでいた。
角館を過ぎて少し山に入った感じがした後、ほどなく田沢湖駅に到着した。
新幹線の停車駅のためか、立地の割に(一見)豪勢に見える駅舎を持っていた。
田沢湖駅前発七時四五分の路線バスに乗った。
「どちらまで行かれます?」
乗車の際、運転手に訊かれた。
「湖畔まで」と答えた。
乗客は自分一人だった。
湖畔へ向かう途中、右手上方に秋田駒ケ岳のスキー場と山頂が見えた。
駒ケ岳の名にふさわしく、シュッとした端正な形をしていた。
念願の田沢湖に来た。
同じ東北の湖だから十和田湖に似ているかと想像していたが、少し違った。
明るかった。
大きさはまるで違うが、琵琶湖にでも来ているようだった。
なぜか山深い処にいる気がしない。湖を囲む山が低く見えるためかもしれない。
あるいは白い砂浜のせいか。十和田湖に砂浜は無かった気がする。
手に取ると、粗塩のようにザクザクした粒だった。
遊覧船乗り場の浅瀬には、鱒の一種だろうか、大小の細長い魚がうじゃうじゃと群れていた。
この夏の旅のはては田沢湖になったな、と思った。
松尾芭蕉の旅のはては象潟だった。
正岡子規も象潟を目指したが、干からびていた。
満足できなかったのだろう、八郎湖まで進んで旅のはてとした。
自分は正岡子規の跡をたどって八郎潟へ行った。(知ってはいたが)湖は消えていた。
そしてここ、田沢湖を今回の旅のはてと認定しようとしている。
人は旅のはてに水辺を求めるものなのだろうか。
象潟が土に埋まれば八郎湖がはてになり、八郎湖が埋まれば田沢湖がはてになる。
田沢湖もいつか埋まる時が来るだろうか。
地質学的スケールで考えれば、いつかは埋まるのだろう。
その場合、次はどこが旅のはてに選ばれるのだろうか。
先見の明
角館へ移動した。
駅から丘を越えて一〇分くらい歩くと、各種メディアを通して見覚えのある武家屋敷通りに出た。
なるほど、ちょっと他の町には無い造りをしている。
黒い塀に囲われた大きな屋敷が、太い道の両側に整然と並んでいた。
「どうしてここだけ残ったのか……」
人力車の客が車夫に訊ねていた。
車夫は答えた。
「この道幅です。自動車が通れる道幅だから残った。他所はみんな潰されてます。先見の明があったと云うか……」
先見の明。町をつくった当時の人は、将来の自動車の出現を予見してこの道幅にしたのだろうか? 違う気がする。
駅向こうのワンダーモール角館店で、カップ入りの冷しうどんミニを購入して昼食とした。
田沢湖駅近くのスーパーマーケットにも立ち寄ったが、都市部でも僻地でも、見たことのある商品が同じような値段で売られている。
どこへ運ぼうと物流コストに大きな差は生じない、ということか。
毛細血管の模様が思い浮かび、国内物流網の成熟を感じた。
大曲駅に戻った。
秋田新幹線の白とピンクの車体が滑って来て、しばらく休んだ後、後ろ向きに出て行った。
秋田新幹線は大曲駅でスイッチバックのようなことするのだと初めて知った。
それにしてもなぜ新幹線は田沢湖線ルートを採用したのだろう。
新庄まで山形新幹線が来ているのだから、その延長線上に、つまり新庄・大曲間の奥羽本線ルートを走らせようと考えるのが普通ではないのか。
何らかの政治が働いたか? との疑問が湧いた。
横手に戻り、北上線で一気に岩手県へ入った。
正岡子規が泊まった湯田辺りの温泉地もうろついて見たかったが、日程の都合がつかなかった。
北上線はディーゼル車一両で運行していた。小海線などで見る白と抹茶色の車両と云えばよいか。
座席はほぼ埋まった。
自分は、帽子は東京ヤクルトスワローズ、シャツは東京ヴェルディのユニフォームと云うちぐはぐな服装の日焼けした男とボックス席を共有した。
「ほっとゆだ」と云う駅に停まった。
自分は「やってみろ」のイントネーションで読んでいたが、車内アナウンスは「ちょっとそこ」だった。
この駅で大量の学生が乗り込んで来て、通路に並んだ。
外から強烈な日差しが車両を照りつけている。
冷房が少し弱くないか?
気を許すと汗ばみそうだ。
運転手の設定温度の問題か、それとも車両の冷房のパワーの問題か。
エンジンの唸り声の割に速度の上がらないところを見ると、後者の気がする。
正岡子規は和賀川の景観を褒めていたが、現在は錦秋湖と云うダム湖になっている。
緑色の水が滞留している。
水位の低い時の奥多摩湖で見るような地層じみた土のシマシマ模様が見えた。
骸骨を連想した。
まったく美観ではない。
八郎湖と同じように、子規の見た「風光絶佳」は消えてしまったのだと思った。
入道雲がもくもくと勢いをもって高く上に伸びていた。
その日は快活CLUB北上店に投宿した。
(次回に続く)
本日の旅行代
快活CLUB横手店 一八〇〇円
羽後交通路線バス 田沢湖駅前から田沢湖畔 三七〇円
羽後交通路線バス 田沢湖畔から田沢湖駅前 三七〇円
グランマート田沢湖店 くりーむけーきチョコ、かりんとう饅頭 一〇六円
ワンダーモール角館店 冷しうどんミニ 一四九円
いわて生協ベルフ北上 TOFUNOODLE冷やし豆乳担々、白身魚フライ、厚切りハムカツ、たまごサラダ、ハニーミルク鈴カステラ 六〇三円
合計 三三九八円
※北海道&東日本パスを使用
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