みんな知らない?! 日本とトルコの ''友情'' 🤝
お疲れ様です!タローです!
今回は、とある歴史について簡単にですがご紹介できればと思います!
突然ですが皆さんは【エルトゥールル号】のことをご存知でしょうか?🍀
実は1890年、トルコの軍艦エルトゥールル号が、帰り道に和歌山県沖で ''嵐'' に巻き込まれて座礁してしまい、沈没するのも時間の問題という危機におちいりました。
残念ながら、約500人ほどの方が亡くなりました。
しかし69人の方は何とか岩にしがみつき生き延びていました。
そんな悲惨な状況をたまたま発見した日本の村人が総出でトルコ人、一人一人を助けました。
当時村人たちは自分たちの食糧もままならない状況でしたが、あまりに弱ってるトルコ人たちを見て哀れに思い、自分たちの貴重なお米や鶏肉、芋などを提供しました。
後日その事態を知った明治天皇が、
「トルコに帰還させましょう」
そういって、当時格式が高いとされていた「比叡」「金剛」🚢 の二隻を出し、トルコ人を国に送り届けたという話です。
現在もトルコの小学校の教科書には、この「エルトゥールル号」のことが載っており、大概のトルコ人はこの歴史を知ってます。
トルコが親日である要因の一つなことには間違いなさそうです!👍
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時は経ち…
1985年3月17日に、
当時「イラン・イラク戦争」の真っ只中にイラク側のサダム・フセイン指導者が、
「3月19日20時をもって、イラン上空を飛ぶ全ての航空機は無差別に撃墜をする」
という声明を出し、イラン在住の約200名の日本人は帰ろうにも日本政府の判断が遅れて航空機も出せず、このままだと巻きこまれてしまうとパニック状態に陥ります。
そんな中… トルコの航空機2機が突然イランへ来るやいなや、
「日本人は乗って下さい!」
そう言って1機丸ごとを日本人のために提供しました。
この航空機は約200人用で、当時イランにはトルコ人在住者が600人あまりいたにも関わらず、日本人を優先的に助けました。
実はその背景に、
【エルトゥールル号を助けてくれた】という歴史が絡んでいました。
トルコ人CAの方たちも「日本人を助けることに携われて光栄だ」と言っていたそうです。
僕も将来、トルコへ行きたいです!🇹🇷👍
助け合う文化ってステキですよね✨
今日も、ありがとうございました!😎
ぴーちゃん🍑
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