恋人を造る魔法使い 10.人生最良の日
女性向けR18BL小説です。章によってR18シーンがない時がありますが、読んでいくと出てきてしまうので、初めからR18にしています。
ジャスティンと同じベッドで眠れるはずがない。と思っていたが、思いの外よく眠れてしまった。
事故死の魔法は中断したとはいえ、かなりの魔力を消費したし、ジャスティンの質問が多すぎて、日頃使っていない脳みそをフル回転させたし、多分そのあたりの脳みそは疲労すると眠くなる機能がついているのだろう。
それに、ジャスティンと一緒のベッドの中も、とても気持ちが良かった。
ジャスティンのほうが体温が高く、体からかすかな湿度と香りも感じられた。
ジャスティンは長距離移動で疲れていたのか、ハロルドを抱き込んだまま、すぐに眠ってしまい、それもハロルドを安心させた。
起きているジャスティンをじっくり見るのは、恥ずかしくてできなかったので、寝ている間にたくさん眺める。
髪は濃い目の茶色で、まつげも眉毛も同じ色をしている。
眉毛の形がよく、きりりとしていて男らしい。そのわりにまつ毛が長く、目元はどことなく中性的だ。
鼻筋は通っていて、口元は、今はうっすら開いている。肌が白いからか、唇の色も薄い桃色でとても柔らかそうだ。
肌が全く荒れてなく、とてもつやつやしている。もしかしたら想像している以上に若いのかもしれない。
顔を眺め終わると、少しだけ体に顔を近づけて、匂いを嗅いでみた。ジャスティンの体は、ハロルドの造った恋人にはない熱と香りがあった。
目を閉じて、その香りを堪能しているうちに、ハロルドも眠りに落ちていったらしい。
ハロルドが目を覚ますと、ジャスティンは先に起きていて、ハロルドを見つめていた。
一瞬何が起こったのか分からず混乱したが、すぐに昨日の記憶が戻って来る。
「おはようございます」
ジャスティンに言われ、ハロルドは胸が高まった。
わあ、起きたら、おはようございます。だなんて、恋人同士ってほんと、物語みたい。
ハロルドとジャスティンは一緒に眠っただけだが、小説の「そういう」場面では、あまり詳細なことは書かずに、朝になって、鳥がチュンチュン鳴いている声が聞こえるなか、お互いにおはようを言い合っていた。
鳥の声は、聞こえないな。
中心ではないが王都の中だし、近くに公園もないから、鳥はいないのかもしれない。
「あの、おはようございます」
そんなことを考えながら、おずおずと挨拶を返す。
一晩一緒に寝たおかげで、ハロルドはだいぶジャスティンに慣れて来たように思えた。
この分なら、ジャスティンと目が合うたび、言葉をかけられるたびにドキドキしなくても済むかもしれない。
そんな安心感は、ジャスティンの唇が自分のおでこにつけられた時点で吹き飛んだ。
ああっ!
おでこにキスされた。
ハロルドは両手で自分のおでこを押さえると、目を見開いてジャスティンを見つめた。
ジャスティンは甘く柔らかい微笑みを浮かべていたが、くしゃりと表情を崩して笑った。
「ハロルド様は可愛いですね」
はあーっ。かわいいって言われた。昨夜も言われたけど、聞き間違いかと思っていたけれども、また言われた。ということは昨日のも多分聞き間違いじゃない。
はぁ~。かわいいって言われた。
ジャスティンは妹が助かったことがとても嬉しいのだろう。大事な妹だ。助かってよかった。だから、魂の化石を譲ったハロルドの恋人役をこんなに徹底して行ってくれるのだろう。
はあ。生きててよかった。
こんな無彩色の地味な男に可愛いと言ってくれるなんて、ジャスティンは素晴らしい恋人だ。
ハロルドの造った恋人も、ハロルドが中身を作ったから、もちろんかわいいと言ってくれるし、愛も囁くはずだったが、ジャスティンはハロルドが設計した機械ではない。
ジャスティン自身が言おうと決めて言ってくれた言葉だ。
ハロルドは感激した。
今日は人生最良の日だ。
ふわふわした夢見心地で、ハロルドはジャスティンに促されるまま、服を着替えて、家を出た。
飲食店が軒を連ねる街へ向かう。
「ハロルド様のおすすめのお店はどこですか?」
おすすめ!?
急に聞かれて夢見心地から覚めた。
ハロルドは12年間この街に住んでいるが、この街のレストランに入ったことは一度もない。そして評判を聞いたこともない。
街が出している評判の店20選といった冊子も読んだことがなかった。
「あの。特に」
「よく行くお店は?」
「あの、ありません」
ジャスティンは眉をかすかにしかめてハロルドを見た。
「ハロルド様はここに引っ越してきて間がないのですか?」
「あ、はい。あの12年前に」
「12年・・・。そうですか。私が店を決めてもいいですか?」
「ぜひ。お願いします」
ジャスティンが選んでくれた店は、おしゃれでややカジュアルだが、家族と暮らしていた頃に行っていたレストランと同じようなマナーで良さそうだったので、ハロルドはホッとした。
カジュアルすぎるレストランは、注文の仕方や食べ方などが独特で、ハロルドには難しすぎる。
ハロルドは促されるままに食べたいものを注文し、食事を摂った。その様子を何故か安心したような顔でジャスティンが見ていた。
「あの、私は、そんなに好き嫌いはないですよ」
「いえ、そういうことではないです」
どういうことなのか分からなかったが、ジャスティンが微笑んだので、そんなことはどうでも良くなってしまった。
一緒に出かけて、一緒に朝食をとるなんて、そんなデートみたいなことしたことがなかった。
そして、ハロルドの造った恋人だったら、ものを食べないから、こんな素晴らしい経験はできなかった。そう思うと、ジャスティンが恋人になってくれたことが、胸が痛くなるほど嬉しかった。
ああ、すごく幸せだ。
たとえ、それが1年間だけのことだとしても。
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