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なぜ「こども・子育て支援金」なのか? こども未来戦略会議の議事録に理由を探る

「こども・子育て支援金」なるものが2026年度から徴収される――そうなるように政府・与党が手続を進めている。
 このまま行けば法案は、与党の賛成多数で国会を通過し、制度が実現するだろう。

 支援金は医療保険者を介して徴収される。
 当たり前だが、子育ては医療ではない。
 それなのに、なぜ医療保険の保険料を模して徴収するのか?
 仮に広い拠出が必要として、なぜ消費税の仕組みを活用しないのか?
(閣議決定した「こども未来戦略」には「少子化対策の財源確保のための消費税を含めた新たな税負担は考えない」と明記されている。)
 シンプルに謎だったので、調べてみた。

 法案のベースとなる「こども未来戦略」は、こども未来戦略会議で作成された。

「こども未来戦略」を読んでも、先ほどの疑問は解消しない。
 しかし、こども未来戦略会議の「議事録」を読むと、だいたいその〝理屈〟がわかったのだ(賛否はともかく)。

 こども未来戦略会議は全9回開催された。
 第1回から第6回で、「こども未来戦略方針」を作成した(2023年6月)。
 第7回から第9回で、「こども未来戦略」を作成した(2023年12月)。
 各回は約1時間である。
 有識者構成員は19名いるが、原則、発言は1人・1回である。
 だから会議は、議論の場というようりは、儀式のようなものだったと想像する。
 なお、第9回は持ち回り開催のため議事録は無い。

 支援金制度は、慶應義塾大学商学部教授の権丈善一(けんじょう・よしかず)の腹案をベースにつくられたと思われる。

(後日追加:法案成立後に以下の動画を見つけた)


 なぜなら議事録の中の権丈発言を拾えば、先ほどの謎は解けるからだ(納得できるかどうかはともかく)。
 以下に、回次順に発言を紹介しよう。

権丈 医療、介護、年金保険のような高齢期の生活費を社会化していくと、普通に考えれば少子化が進みます。少子化を問題視するのであれば解決策は2つしかなく、1つは、高齢期向けの社会保障をなくしていくこと。いま一つは、出産と育児に関する消費を、例えば介護のように社会化していくことになります。
 1934年に、スウェーデンのミュルダール夫妻という有名な夫妻がいたわけですけれども、同様に考えて、家族が合理的に行動した場合の親の個人的利益と国民の集団的利益の間にコンフリクトが生じるとみなして、少子化の予防策として全てのこどもを対象とする普遍的福祉政策を唱えました。今、この場の会議も同じ課題を議論しているのだと理解しております。

第1回

 少子化の原因は、高齢者向けの社会保険が存在するためだ。
 そこで、考えられる対策は2つ。

①医療・介護・年金の社会化レベルを落とす
②出産・育児の社会化レベルを上げる

 ①をやるには限度があるので②をやる、というのが今回の政府案の根本的な発想である。
 アクセルとブレーキに例えよう。
 アクセルをふかし過ぎた。
 ならば、普通の人は、ブレーキをかけることを考える。
 しかし①の選択は政治的に困難だ。
 ならば今のアクセルはそのままに、逆向きに働く②のアクセルをふかしてバランスをとるしかないではないか、ということだろう。

権丈 私は日頃、医療、介護、年金保険の専門家で、いつも少子化現象と格闘しているわけでして、さらに第1回に話したように、医療、介護、年金保険は、少子化の原因でもあります。だから、長く「医療・介護・年金保険という主に人の生涯の高齢期の支出を社会保険の手段で賄っている制度が、自らの制度における持続可能性、将来の給付水準を高めるために、子育て支援制度を支えよう」と言ってきました。そうした方法は、本日の主な論点にある「企業を含め社会経済の参加者全体が連帯し、公平な立場で、広く支え合っていく新たな枠組み」に沿ったものになるかと思います。

第4回

 毒をもって毒を制す。
 少子化の原因は、高齢者向けの社会保険である。
 ならば、社会保険をもって社会保険を制す、というわけだ。
「こども大綱」の中に「こどもまんなか社会」という言葉があるが、「社会保険まんなか社会」をイメージすればよい。

権丈 また、私は慶應の組合健保の理事として21年目になりますが、健保組合は医療と介護保険を運営しています。健保組合の理事会、組合会で、医療・介護保険制度の持続可能性のために別立てで設計された子育て支援制度を新たな会計の下に運営することは、何の不自然さもない状況だと思います。医療・介護保険とこども・子育て制度との関係は同じですので、ぜひこの新たな枠組みに、健保組合で運営している医療保険と介護保険の両方が協力する方法を考えてもらいたいと思っております。

第4回

 少子化対策は、医療・介護保険を支えるために行うのだから、医療・介護保険の制度を通して支援金を徴収することには「何の不自然さもない」という。

権丈 といいましても、社会保険か消費税かと世間で言われていますが、社会保険と財源調達力が物すごく高い消費税と並べることはできません。もし社会保険からの財源調達を選び、かつ所得制限をなくす場合は、給付の範囲は相応に絞る必要があります。話題の中心になっている児童手当のような現金給付は、今後のありようによっては、社会保険の調達力を軽く超えていき、無理が生じる可能性があります。ですから、児童手当のような、将来に向けて給付の制御が難しい現金給付に関しては、社会保険からの支援に今回限りというような制限を設けて、将来それを超える部分については税を用いることを費用負担者たちと事前に契約しておくことも今は重要なことではないかと思っています。

第4回

 税より支援金の方が優れているから支援金を推すわけではないようだ。
 将来的には税財源に移行することを否定していない。
 つまり、支援金だけでは足りないので消費税も、ということが将来的には十分あり得るということだ。

権丈 今週の月曜日に国家公務員の新人研修で話をしたらば、質疑応答の時間に、政府が今、子育て支援の話をしている中で、どうして既にこどもは育て終えたという人とか、こどもがいない人や結婚をしないつもりの人たちから批判が出ていないのですかとの質問がありました。
 私は、この国は皆保険、皆年金で、医療・介護・年金保険が大元のところで少子化の大きな原因になっていることは確かで、同時に、もし少子化が緩和されれば、持続可能性が高まる制度は、これら社会保険であること。加えて、人口が減っていったら、将来の労働力の確保が難しくなるだけでなく、消費需要や投資需要も減っていくから、企業もたまったものではないと。だから、今を生きる、働く人たちと企業が協力して運営している社会保険が、情けは人のためならずというのもあって、子育てを支援するために一肌脱ぐという話で進んでいるから、君の言うような批判が出てこないのかもしれないですねと話しました。
 質問をした人は、なるほど分かりましたと言っていましたけれども、制度というのは多面的な顔を持っていて、その説明の仕方は、どの角度から制度を理解したかの、物は言いようという側面があります。だから、私はこれからも、この会議で議論してきた「広く支え合う新たな枠組み」について、少子化の原因であり、かつ少子化緩和の便益を受ける既存の社会保険制度の活用が図られようとしている、時代を画する動きが今、展開されていると説明していきます。
 こうした新たな再分配制度ができると、この制度のために連帯した今を生きる労働者、経営者の全員が、20年後、30年後という将来の企業、国民全員から感謝されます。希望を言えば、支援金制度という名前は既に後期高齢者医療制度をはじめとして山ほどありますので、連帯支援金を名称独占としたほうが、社会全体で子育てを支えるという理念が反映できて、今後の説明がしやすくなるかなとも思っています。この構想を、年末に向けてぜひやり遂げていただきたいと思っております。

第5回

 今回の支援金は、〝医療保険料的〟に徴収するわけだが、名称は「保険料」ではなく「支援金」である。
 なぜ「保険料」と呼ばないのか。
 それは、負担と給付の間に直接の関係が無いからだろう。
 しかし、間接的な関係はある。
 つまり、支援金を負担したら、子どもが増えて既存の社会保険の安定性が増す。安定性が増すこと自体を給付と考えてください、というわけだ。

権丈 私は、20年以上前に『再分配政策の政治経済学』という本を出して以来、この政策がどれほど国民みんなの日々の生活を楽にして、しかも成長を促すことになるのかと説き続けてきたのですが、なかなか理解をしてくれません。ひどいものになると、今の福祉国家、再分配国家を封建社会の五公五民に例える人たちも出てきて、メディアやSNSも「そうだ、そうだ」とはやし立てるわけですね。
 現代の福祉国家、再分配国家がやっていることは、みんなの所得をプライベートに使っていいお金と連帯してみんなの助け合いのために使うお金に分けて、後者を今必要な人に分配し直しているだけなのですね。だから、私は負担と呼ぶのにもどうも抵抗があるわけです。
 社会保険のツールを使うということに対して取りやすいところから取るという、支援金の理念も分かっていない人たちからの批判もあります。
 この会議で繰り返し言ってきたように、大本のところで少子化の大きな原因は、医療、介護、そして年金保険が存在することです。これら制度が、子育てを支えるということは、被保険者と事業主全員の未来にメリットがあるからこれらのツールを使っていくわけです。医療と介護は年金給付からの特別徴収、天引きを持っているから年金はいいとしても、医療と介護と子育ての関係は等距離にあります。
 ですから、全世代型社会保障の理念をみんなで共有し、財源をどうするかということを考えていくときには、今回のところでも医療と介護が子育てを支援するという考え方を少し視野に入れておくということがあっていいのではないか。そうでなければ、理屈もなく取りやすいところから取ろうとしているという批判が起こる隙が生まれてくると私は感じております。

第7回

 現に批判が起きていると思われるが、それは「合成の誤謬」だから、政治家のリーダーシップで乗り越えてくれ、ということだろう。

権丈 再分配というのは戦争で負けたときに賠償金を求められる負担をみんなでどうするかというような話ではなくて、給付があるわけですね。給付を行うためにお金を先ほどの金庫、貯金というか貯金箱みたいなところにお金を預けて必要な時に利用していくわけですけれども、その制度をつくったほうが確実にみんな生活が楽になります。(…)
 これをみんなは負担というふうに一方的に見て、みんな自分で苦しんでいるこの国の姿を、私はちょっとかわいそうだなと思って見ております。

第7回

 同じく、「合成の誤謬」のことを言っているのだろう。

権丈 支援金の話というのは、初めから保険料の上乗せという話は誰もしていないです。医療保険料として集めたお金をほかに流用していいはずがないです。しかし、この制度を批判したい人たちが医療保険料の上乗せと繰り返し呼んで、世の中に、保険料の流用をイメージさせ、それを信じた人たちを含めて保険料の流用と言って盛り上がったりしているエリアがあるといいますか、かつてあったといいますか、少し静まってきましたけれども、あったということは指摘しておきたいと思います。

第8回

 支援金は医療保険料の上乗せでもなく、流用でもない。
 上乗せどころか、年金・医療・介護保険に並ぶ新しい制度の創設なのだ。

 なお「支援金制度は、歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減効果を生じさせた範囲内で構築する」と「こども未来戦略」に書かれている。
 この点につき、全世代型社会保障改革担当大臣の新藤義孝が述べている。

新藤 そこは委員会等でも、国会でも一番そこが聞かれて、かつ理解がなかなか進んでいないのです。賃上げがそのまま、賃上げしてもらっても、その分負担を上げられるのではないかという話がございます。あくまで賃上げは国民所得を増やす分母の論議であって、支援金の増大というのは、分子の中でいかに歳出改革を徹底した中で生み出された、そこの部分の中で支援していただくので、構造的に負担が上がるわけがないのです。ただし、所得が上がれば、その方の所得が上がることによって社会保険料負担が上がるのは、これは税と同じことでございますから、そこの誤解が出ないように、徹底してよく説明しなくてはいけないと。また、野党の皆さんも、そこのところが不明確なまま御指摘いただいているので、総理に一生懸命御説明いただきながら、我々も説明を補充させてもらっているのですけれども、そういった部分がございます。
権丈 だから、保険料の上乗せという表現から連想される保険料の流用という言葉が独り歩きしていって、そこをベースにして批判されている方は結構いらっしゃいますので、そこは私も少し発言しましたし、皆さんのところでも発言がありましたように、徹底的にそういう話ではないということは御理解いただきたいと思っております。
新藤 政府として、そこはよく心がけていきたいと思っております。

第8回

「構造的に負担が上がるわけがない」と言っている。
 私は理解できていない。
 新藤は理解しているようなので、新藤が国民に直接説明してはどうか、と思う。

 最後に経済産業大臣の西村康稔と権丈のやりとりである。

西村 関連で権丈さんによろしいですか。
 この間、諮問会議で言われたように、高齢者の所得がだんだん減ってきて、それをみんなで支え合う連帯的な負担ではないというところです。子育ても同じように、子育ての期間は負担が大きくなるから、そこをみんなで支え合う。これはすごくよく分かるのですが、高齢者はみんな高齢化するけれども、こどもを持っている人、持っていない人、いろいろ事情は違いますよね。そこを国民の皆さんに、まさに今の流用ではなくてみんなで負担して連帯して支え合うというところをどう分かりやすく説明していいのかと。これは、もちろんこどもが増えれば、年金も医療もよくなるわけですけれども、すみません。どう説明したらいいか。
新藤 権丈委員、手短にお願いいたします。
権丈 この前も言いましたように、賃金システムというのは収入の途絶と支出の膨張という不確実性になかなか対応できないのですが、不確実性とかそういうものに対応できないシステムだからサブシステムが必要なのですが、こども・子育てのところの支出の膨張と収入の途絶に対応しないシステムを社会がずっと継続していると、今の時代だったらば、こども子育ての支出の膨張と収入の途絶をしない選択をする人たちが増えてきますよという話があります。ここをしっかりやらないことには、若い人たちの間で支出の膨張、収入の途絶にならない選択、つまり少子化が進む。そういう状況に今陥っている。

第8回

 残念ながら、質問と回答が対応していないように思われる。
 西村の問題意識は理解できる。
 負担と給付の不明確さの問題だ。
 人は誰でも高齢化する。
 つまり、高齢化する・しないは選択不可能な事項だ。
 しかし、結婚する・しない、子を持つ・持たないは選択可能な事項だ。どちらを選択するかは個人の自由だ。
 支援金は、誰もが負担する。
 子を持つ選択をした人は、児童手当等を受け取ることで、直接的に給付を実感できるだろう。
 しかし子を持たない・持てない人に対する直接的な給付は無い。
 既存の社会保険システムが安定化するという間接的かつ抽象的な恩恵が将来生じる(かもしれない)にしても、それを実感することは困難だし、恩恵が生じる前にこの世を去る世代もあるだろう。
 その人たちに負担をどうお願いすればよいか、という質問だったと思われるが、権丈は正面から答えなかった。
 自然災害時の義援金のように、国民の連帯感情にたのむしかないと思われる。理ではなく情、浪花節の世界だ。損得を超えたプライスレスな価値に訴えるしかない。
 試されているのは、国民の連帯感の強度と政治家のリーダーシップなのである。
 これは妄想だが、もしも小泉純一郎が取り組んだのが郵政民営化ではなく少子化対策であったなら、こんな支援金制度などあっと言う間に出来上がっていたのではなかろうか。
 西村さん、そこを何とか説得するのが、あなたたち政治家の仕事でしょう?――権丈は本当はそう言いたかったのではないか。
(西村は、この後すぐに政治資金を巡る疑惑のために大臣を辞任した。)

 というわけで、

・なぜ医療保険の保険料を模して徴収するのか?
→支援金は医療保険を含む社会保険を助ける制度だからである。
・仮に広い拠出が必要として、なぜ消費税の仕組みを活用しないのか?
→べつに消費税でもよかったのである。

 ちなみに、私は今回の「こども・子育て支援加速化プラン」が、すぐに成果をあげること無いと予想している。この点については、別途整理してみたいと考えている。


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井川夕慈
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