恋人のハゲゆく未来を見届けたかった話
去年三十路を迎えた私だが、年齢の割に男性との交際経験は乏しい。
付き合った人数は5人だが、交際期間が
①半年
②1年1ヶ月(うち1年間は遠距離で累計半日しか会っていない。つまり実質1ヶ月)
③2ヶ月弱
④2ヶ月弱
⑤半年
と、かなり短命だ。
そんな浅い交際歴なので
彼氏と記念日を祝う、誕生日を祝う/祝われる、クリスマスを過ごす、旅行や遠出
——これらの経験が一切無い。
30歳にしてなかなか稀有な女なのではないか。
言わずもがなこれらの経験に憧れている私だが、それと同じくらい焦がれていることがある。
恋人と未来の話がしたいのだ。
未来の話と聞いて一般的に思い浮かべるのは
"そろそろ同棲しようか"
"指輪はどんなものが良いのか"
"将来こどもは欲しいのか"
おおかた結婚や出産にまつわる具体的な話だろう。
確かにこんな話を恋人に持ちかけられた日にゃ、天にも昇る気持ちでインスタのweddingフォルダを何回も見返すに違いない。
交際歴の浅い私は、無論これまで上述のような高度な話題を持ちかけられたことはない。
でも、たった一度だけ未来の話を交わしたことがある。
去年付き合っていた彼氏と家でゆっくりしていた時のことだった。
おもむろに後頭部を私に向けてきて
「僕、ハゲてるよな?」
と聞いてきたのだ。
別にハゲてないよ、と答えたがつむじを指差しながらしきりに気にしていた。
「遺伝子的に僕将来ハゲるねん」
「今のところ全然気にならんよ」
「そうかな、でもこれからハゲていくと思うから見守っててな」
「うん、向こう数年間は大丈夫やろうけどずっと見とくね」
「頼むわ」
ーこれだけの会話である。
こんな些細な会話が何なんだ…と思われるかもしれないが、普段めったに先の話をしない彼にしては柄にも無い会話だったのだ。
どのくらいかと言うと、クリスマスの夜に告白された直後「付き合えるか分からんかったから、初詣誘いづらかったんよね。これからは心置きなく未来の話ができるね。」と、1週間後の話でさえ躊躇していたくらいだ。
彼からしたら毛髪の不安をふとこぼしただけだったのだろうが、彼の中の未来にも私が存在していることを初めて感じられた瞬間だった。
これから先も、それも何年も先まで、彼の隣にいることを許された気がして、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
そんな未来の話を交わしてから半年も経たぬまに、彼の方から別れを告げられた。
彼のハゲゆく様を見守るという私の願いが叶うことはなかったのだ。
別れてから彼とは一切連絡を取っていないが、今でもあのハゲのやり取りを心の中で宝物のように抱え込んでしまっている。
今でも後頭部を触って気にしているのかな。
ひょっとして彼の隣ではもう別の女性が後頭部を見守ってるのかな…
そんなことに思いを巡らせても仕方がないので、次に付き合う人とはどんな未来の話ができるのか楽しみにしよう。
同棲や指輪の話でなくてもいい。
「今度の連休で温泉旅行に行こう」
「今年の夏はフェスで一緒にくるりを観よう」
「クリスマスには家でとびっきり美味しいローストビーフを食べよう」
そんな少し先の未来の話をたくさん重ねていきたいな。
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