トルストイ『戦争と平和』第一部第一篇 感想文
難しい小説だった。冒頭から、帝政ロシアの貴族たちのパーティでの会話がずーっと続き、そのうえカタカナ文字の新しい人物がどんどん登場してくる。巻頭の「『戦争と平和』の系図」と「登場人物紹介」を何度確認したかわからない。たぶん仕事が忙しい状態だと私は読めなかっただろうと思う。しかし、読み進めていくうちに、時代背景、人物が置かれている状況と彼ら(特にピエールとアンドレイ)の思想が徐々に理解できるようになってきた。
世界史の授業で必ず習うフランス革命とナポレオンだが、教科書に書いてあるのは歴史という客観的な記述でしかない。一方でこの小説では、帝政ロシアの貴族たちの生活を通してナポレオンが見えており、改めてナポレオンという男の存在が当時のヨーロッパでどれほど大きいものであったかを感じることができた。こういうことは小説でしかできない芸当だと思った。
私にとって興味深かったのが、ナポレオンに対する評価が世代間で大きく異なるというところだ。公爵や伯爵など上の世代の人々はナポレオンを「強奪、殺人、皇帝殺し」をした貴族社会の敵と見ている。田舎に住みながら当時の政治や軍事に関する情勢を詳細に仕入れていたボルコンスキー伯爵でさえ、ナポレオンを「生まれながらに運がいい」男だとして過小評価している。その子供の世代の、特に西洋文化に触れたピエールやアンドレイなどはナポレオンに対してそのような表層的な評価はしておらず、彼の思想と変革を客観的に評価している。このような対比も面白かった。
これを書くのはちょっと無粋かもしれないが、時代の大きな転換点にあるという状況は今の日本に似ていると思った。情報技術の発達により変化が一昔前とは比べられないほど急速に進んでいるのにも関わらず未だに古い価値観に囚われている高齢世代と、時代の変化に比較的柔軟に適応できてはいるが権力を持たない若者世代。価値観の大きな転換点で、人はどのように考え行動するのかという点にも注目して今後も読んでいこうと思った。