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10cmのヒール

久しぶりにハイヒールが履きたくなった

つい2年ほど前まで
私は職場で毎日10cmのヒールで駆け回っていた
エレベーターがなかなか来ない時は1階から4階まで
1階から2階までならいつも階段
そんな私が危なかしいようで
職場の優しい女性たちが(みんなご近所のパートさんだった)
「村上さんは階段なんか上がってこなくていいのよ、転んじゃうから、呼んでくれたら荷物取りに行くから」
2階までの時は大体1階に届いた荷物を2階にお届けする時だったので、よくそんな声をかけてもらった
「大丈夫大丈夫!」
なんて笑いながら、降りる時に足を踏み外しかけたのは1度や2度ではない

そんな私が
ここ2年ほどヒールを全く履かなくなった
最後に履いたのはここへ引っ越す前
職場を移動する日だ
その日まで履いていたハイヒールは
その日家に帰って捨てた
その職場は
私にとって特別で
特別楽しい場所だった

新しい職場では規律が厳しく
とてもではないが
おしゃれなワンピースや
10cmのハイヒールなんて
身につけられる雰囲気ではなかった
私は自分の職業人生で初めて
スーツを着た
地方支店から
本社へ移動になったのだ

ローヒールの地味な靴に
目立たない色の服

以前の同僚たちが見たら
誰も私だと気づかないのではないか
パートさんたちに
「村上さんって毎日綺麗でファッションショーみたい」
「村上さんの服装を見るのが楽しみだった」
「村上さんのセンスが本当に素敵でね」
(こんな素敵なことを人生で1度でも言ってもらえる私は本当に幸せだ)
そんなふうに言ってもらっていた私は
スーツの人に紛れて
すっかり見つけられない姿になっていた
服装はそれほどまでに人の外見を変え
気持ちの持ちようまで変えてしまう
私は新しい職場が
全く楽しくなかった

朝出勤して挨拶をしても
ほとんどの人がパソコンに向かって顔も上げず
ボソボソと返されたのかどうかすら怪しい挨拶
(挨拶とは本来やらなければならないもんではなくて、自分からやりたいものではないのか)

一番驚いたのは
他の部署の人が郵便を毎日届けてくれるのだが
それに対して
30ほどいる部署の
誰一人として
「ありがとうございます」
のひとことさえ発しないことだ

たしかに
郵便を届けるのは彼の仕事なのだから
当たり前のことをしている
と言えばそれまでだ
だが
「ありがとうございます」
とひとことお礼を言うことに
どれほどの労力がいると言うのか
自分が何かしてもらった時
お礼を言うのは
当たり前のことではないのか
それは仕事だとかプライベートだとか
そんなことが関係あるのだろうか

しばらくの間
毎日私だけが
「ありがとうございます」という日々が続いた
(1ヶ月ほど経つとポツポツと言う人が現れた)

地味な服に地味な靴地味なメイクをしていると
気分が落ち込むのだ
(個人差はあるのであくまで私の場合)

そんなある日
私はふいに
ハイヒールを履こうという気になった
シューズボックスに大切にしまっておいた
心から大切な大好きな人と
最後に旅行に行く時に買った
大切な大切な
お気に入りのハイヒール

転びそうになりながら
それを履いて
いつもの神社へお参りに行った
神社へお参りに行く時は
神様に失礼のないように正装で
どこかでそんな話を聞いたことがある

お気に入りの服と
お気に入りのハイヒール
正装とは少し違うかもしれないけれど
私は私の大好きな相手(神様も)
に会う時は
自分が一番幸せでいられる格好でいたい

神様
今日もありがとうございます

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