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Mの奇跡

これは不思議な、インドカレーが紡ぐファンタジーなおはなし。

 ある秋の日、私は都内のインド宮廷料理店マシャールでイベントに参加していた。参加者の皆さんとのおしゃべりも楽しく、帰りは並びの席に座っていた女性と駅まで歩いた。「どんなお店が好きですか?」なんて初対面のインドカレー好きによくある情報交換をしているうちに彼女が言った。
「ずっと前からインド料理を習っていまして」
「わあ、どちらで?」
聞けば、そこは20代後半~30代前半まで、私が通っていたのと同じ教室だった。インド料理の名前、スパイスの使い方を初めて教わり、インドツアーにも参加した。
「私も!私もです!。絶対どこかで会っていますよね?」
私は改めて彼女の顔をまじまじと見、おそるおそる名前を尋ねた。“会っていますよね”どころではない。一緒にインドを旅した仲間の20余年たった顔がそこにあった。私は20年前にフェイドアウトしてしまったが、彼女はつい最近まで通い、先生の近況も知っていた。また連絡を取り合おうと、LINEを交換して別れた。

 30年前、ただのカレー好きだった私はその教室でインドを知り、インドに旅をした。そこで教わる料理は家庭料理をベースに、先生がホテルやレストランの厨房で研鑽を積んだもの。今のようにアジアの食材が手に入るマーケットはまだ数えるほどしかなくて、日本で手に入る材料でインド料理を教えるのは並大抵のことではなかったろう。そんな苦労も笑いに変えてしまう、明るい先生だった。
 衝撃的だったのは豆料理だった。私は和食の甘い煮豆が苦手だったが、ダールなど豆料理を教わるにつれ、インドの豆のトリコとなった。豆をおいしいものと認識したら煮豆も食べられるようになった。インド料理は和食の幅も広げてくれたことになる。
 そんな時代を思い返して少し若返った気になっていた数日後、彼女からLINEが来た。

「先生が・・・」

え?!

よくわからなかった。彼女との再会でまたご縁がつながったと思っていたのに、何が起きている?
脳ミソが前のめりに動いた。
何かに動かされた。
私と同様何年も前に教室を去りご無沙汰していた人、メール事情で関係者と連絡がとだえていた人・・・とにかく連絡をとらなければ。
メールやSNSで足跡をたどり、
「お久しぶりです。お元気ですか?実は・・・」
関連の連絡が次々と、マシャールで再会した彼女からLINEで入ってくる。私はそれをつながった古い友人たちに伝えた。
 先生が結びつけて下さったとしか思えない。もし、あの日マシャールで彼女と再会していなければ、私はこの情報を知らずに生きていただろう。
 
 そして、私たちは20余年の月日を経て、教室と先生の思い出を語り合うため、マシャールで集うこととなった。
 メニューはダールマクニー、チキンコールマー、ロティ、ビリヤニetc。これらの名前がすらすら言えるのは、20余年前のあの場所があったから。先生の人柄と味にひかれてずっと教室に通い続けた人、その後何度もインドを訪れて、あちらに家族同然の友人がいる人、インド料理からアジア各国料理に関心を広げて食べ歩く人、今もヒンディー語が堪能な人etc。月日を経ても人生の一部にインドが生きている。

ーー先生がみんなを呼んでくれたーー

あの日、マシャールのイベントで二人が再会しなければ・・・これを「マシャールの奇跡」と呼ばずしてなんと呼ぼう。

不思議な不思議な、インド料理がつなぐ縁。
先生がいたずらっぽく笑って私たちを見ている気がした。
 最後にお会いしたとき、先生はおっしゃった。
「あなたのインドはここ。いつでも帰っていらっしゃい」

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