見出し画像

業務の標準化と人間機械論

書籍『ヒューマノクラシー』の章立てに沿って、官僚主義的なエピソードや、本の記載内容の背景などを紹介しています。

第2章 官僚主義の問題点を診断する 標準化され、思考を阻んでいる P.84
20世紀初頭に活躍したテイラーの目標は、人間が扱う機械と同じくらいに、人間を信頼できるものにすることだった。彼はクライアントによくこう言っていた。
「過去には人間が第一でした。未来は機械が第一とならなければなりません」
 標準化は生産工学の勝利である。だが、それ以上に社会工学の勝利でもある。テイラー主義が世界の先進国に広がったことで、不従順で、時にやる気のなかった労働者たちは、ルールに従う、定型業務の従業員となった。

「欲求5段階説」で知られる、アブラハム・マズローは、ダグラス・マクレガーの「XY理論」を参考に、その説を組み上げたことが知られています。「XY理論」のXとは、「人間は本来仕事が嫌いであり、仕事をさせるには命令・強制が必要である」という信念体系を指します。一方で、Yとは「仕事をするのは人間の本性であり、自分が設定した目標に対し積極的に行動する」という信念体系のことです。マズローはY理論に注目し、それを発達段階によって分け、世間に発表しました。
 
テイラーが登場する以前の労働環境は、X理論により成り立っていました。つまり、人間はサボりたがる動物だ。それを、いかにサボらせないかが資本家の腕の見せ所だという、一種の社会契約が成り立っていたのです。したがって、上で、「それ以上に社会工学の勝利でもある。テイラー主義が世界の先進国に広がったことで、不従順で、時にやる気のなかった労働者たちは、ルールに従う、定型業務の従業員となった」と言っているのは、テイラー主義は、「人はサボるもの」という社会定義に打ち勝った、社会的な大勝利を収めたという意味なのです。
 
テイラー主義および、そこで提唱された「科学的管理法」は、人間の自発性や主体性を無視したものとして、ヒューマニズムの側面から、現在では否定的に捉えられることが多いようです。しかし、当時は別の側面があり、「科学的管理法」は20世紀の大発明、生産性革命として賛辞をあびました。その点もご紹介したいのでもう少しお付き合いください。
 
特に、第一次世界大戦前後に起きた電気や動力分野に起きた技術的な進化は、いまもAIに仕事を奪われるという議論がありますが、それの比較にならないくらい、当時の労働を大きく変えたのです。例えば、電話の直接通話が可能になったことで、電話の交換手はすべて仕事を失いました。現在では、人間はソフト面を活かし、機械にはできない仕事を担おうという発想が主流となっていますが、当時は、機械に仕事を奪われないためには、人間も機械に負けないよう、精密かつ迅速で正確に仕事ができるようになることが求められました。これを人間の機械化と呼びます。これで、「20世紀初頭に活躍したテイラーの目標は、人間が扱う機械と同じくらいに、人間を信頼できるものにすることだった」の意味がよくご理解いただけたと思います。
 
テイラー主義は過去の産物ではありません。人材派遣で働いたことのある方なら分かると思いますが、登録の際、タイピングのスピードと正確性のテストを受けたと思います。実際に、現在でも、職場ではそれが必要とされているからです。
 
近年でも、2017年~2020年あたりに、政府主導で「生産性向上」が提唱された時期がありました。私もコンサルティングチームの一員として、中小企業を中心に支援を行いましたが、そこでやったのが、業務の標準化、ヒトの多能工化、業務分掌、業務マニュアルの作成といった、まさに、「科学的管理法」の導入でした。テイラー主義は、特に製造業を中心とする中小企業では、いまも労働の中心にあるのです。

最後まで読んでいただいて、どうもありがとうございました。