小規模宅地等の特例の概要:複雑な要件もフローチャートでバッチリ!
はじめに
土地や建物を相続する場合、その評価額が高額になりがちで、相続税の負担も大きくなってしまいます。特に近年の都心部の地価上昇は無視できないものがあります。
この記事では「小規模宅地等の特例」について解説します。この特例を使うことで相続税の納税額がゼロになることも珍しくありませんが、適用の可否については非常に複雑ですので、整理しながら詳しく見ていきましょう。
本文
1. 小規模宅地等の特例って何?
小規模宅地等の特例は、相続した土地の評価額を使用状況に応じて最大80%減額できる制度です。納税のために自宅を手放す、といったナンセンスなことが起きないよう、相続税の負担を軽くして、遺族が大切な自宅や事業用地を手放さなくて済むようにすることがこの制度の目的です。
2. どんな土地が対象になるの?
主に以下の4つに分類されます:
2-1. 特定居住用宅地等
特定居住用宅地等は、被相続人(亡くなった方)が住んでいた自宅の土地のことです。
適用条件:
被相続人が亡くなる直前まで住んでいた土地であること
相続人が相続税の申告期限まで当該宅地等を所有し続けること
面積制限:330平方メートルまで
減額率:評価額の80%減額
相続人の条件:
配偶者の場合は無条件で適用可能
同居していた親族も適用可能
別居していた親族の場合は「家なき子特例」が適用されることも
家なき子特例
「家なき子特例」は、被相続人と同居していなかった相続人でも、以下の条件を満たせば特定居住用宅地等の特例を適用できる制度です。
老人ホーム入居の場合
被相続人が老人ホームに入居していた場合でも、以下の条件を満たしている場合に特定居住用宅地等の特例を適用できます。
2-2. 特定事業用宅地等
特定事業用宅地等は、被相続人が事業に使っていた土地のことです。
適用条件:
被相続人が事業に使用していた土地であること
相続人が相続税の申告期限まで事業を継続すること
相続人が相続税の申告期限まで当該宅地等を所有し続けること
面積制限:400平方メートルまで
減額率:評価額の80%減額
対象となる事業:
製造業、小売業、サービス業など幅広い事業が対象
ただし、不動産貸付業や駐車場業は除外(貸付事業用宅地等に該当)
2-3. 特定同族会社事業用宅地等
特定同族会社事業用宅地等は、被相続人とその親族が50%を超える持株を所有する会社の事業用地のことです。
適用条件:
被相続人とその親族が会社の株式の50%超を所有していること
相続人が相続税の申告期限において会社の役員であること
相続税申告期限まで土地を保有し、会社の事業に使用し続けること
面積制限:400平方メートルまで
減額率:評価額の80%減額
その他の要件:
相続開始前から被相続人が会社に土地を貸し付けていたこと
会社が相続開始直前まで事業の用に供していたこと
2-4. 貸付事業用宅地等
貸付事業用宅地等は、被相続人が賃貸事業に使っていた土地のことです。
適用条件:
被相続人が貸付事業に使用していた土地であること
相続人が相続税申告期限まで事業を継続すること
相続人が相続税申告期限まで当該宅地等を所有し続けること
面積制限:200平方メートルまで
減額率:評価額の50%減額
対象となる事業:
不動産貸付業
駐車場業
自転車駐車場業
その他これらに類する事業
小規模宅地等の特例の分類と適用要件(まとめ)
適用可否判定フローチャート
3. 計算方法:具体例で理解しよう!
小規模宅地等の特例を使うと、具体的にどれくらい相続税が減るのか、いくつかの例で見てみましょう。計算のポイントは3つです。
3-1. 特定居住用宅地等が2つある場合(面積の合計が330㎡を超える場合)
被相続人と配偶者の自宅(250平方メートル、評価額7,500万円)と長男が居住していた家(200平方メートル、評価額4,000万円)を相続したケース
注意:この場合、1㎡あたりの減額金額が最も大きくなる土地から順に面積を割り当てるのが最も有利な計算方法です。
1㎡あたりの評価額と減額金額の計算
自宅(特定居住用宅地等A): 評価額:7,500万円 ÷ 250㎡ = 30万円/㎡ 減額金額:30万円/㎡ × 80% = 24万円/㎡
長男の家(特定居住用宅地等B): 評価額:4,000万円 ÷ 200㎡ = 20万円/㎡ 減額金額:20万円/㎡ × 80% = 16万円/㎡
面積の割り当て(合計330㎡まで)
自宅(減額金額が大きい):250㎡(全面積適用可能)
長男の家:330㎡ - 250㎡ = 80㎡
自宅(特定居住用宅地等A)の計算
適用面積:250㎡(全面積)
評価額:7,500万円
減額:7,500万円 × 80% = 6,000万円
長男の家(特定居住用宅地等B)の計算
適用面積:80㎡
評価額:20万円/㎡ × 80㎡ = 1,600万円
減額:1,600万円 × 80% = 1,280万円
結果
特例適用前の評価額合計:7,500万円 + 4,000万円 = 1億1,500万円
減額合計:6,000万円 + 1,280万円 = 7,280万円
特例適用後の評価額合計:1億1,500万円 - 7,280万円 = 4,220万円
評価額が1億1,500万円から4,220万円に減少し、7,280万円の評価減となります。
3-2. 特定居住用宅地等と特定事業用宅地等の合計が730㎡を超える場合
特定居住用宅地等(400平方メートル、評価額8,000万円)と特定事業用宅地等(400平方メートル、評価額6,000万円)を相続したケースを見てみましょう。
注意:この場合も、1㎡あたりの減額金額が最も大きくなる土地から順に面積を割り当てるのが有利な計算方法です。
1㎡あたりの評価額と減額金額の計算
特定居住用宅地等: 評価額:8,000万円 ÷ 400㎡ = 20万円/㎡ 減額金額:20万円/㎡ × 80% = 16万円/㎡
特定事業用宅地等: 評価額:6,000万円 ÷ 400㎡ = 15万円/㎡ 減額金額:15万円/㎡ × 80% = 12万円/㎡
面積の割り当て(合計730㎡まで)
特定居住用宅地等(減額金額が大きい):330㎡(限度面積)
特定事業用宅地等:730㎡ - 330㎡ = 400㎡
特定居住用宅地等の計算
適用面積:330㎡
評価額:20万円/㎡ × 330㎡ = 6,600万円
減額:6,600万円 × 80% = 5,280万円
特定事業用宅地等の計算
適用面積:400㎡(全面積適用可能)
評価額:6,000万円
減額:6,000万円 × 80% = 4,800万円
結果
特例適用前の評価額合計:8,000万円 + 6,000万円 = 1億4,000万円
減額合計:5,280万円 + 4,800万円 = 1億80万円
特例適用後の評価額合計:1億4,000万円 - 1億80万円 = 3,920万円
評価額が1億4,000万円から3,920万円に減少し、1億80万円もの評価減となります。
3-3. 三階建てのビルが建っている場合の計算例
被相続人所有の三階建てビル(敷地面積300平方メートル、評価額1億2,000万円)を相続したケースを考えます。
1階:被相続人のパン屋(事業用)
2階:居住用賃貸物件
3階:被相続人の居住用
用途別の面積按分(仮に各階の床面積が等しいと仮定)
特定事業用:100平方メートル(1/3)
貸付事業用:100平方メートル(1/3)
特定居住用:100平方メートル(1/3)
評価額の按分
特定事業用:1億2,000万円 × 1/3 = 4,000万円
貸付事業用:1億2,000万円 × 1/3 = 4,000万円
特定居住用:1億2,000万円 × 1/3 = 4,000万円
特例の適用
特定事業用: 面積100㎡(400㎡以下)、減額割合80% 減額:4,000万円 × 80% = 3,200万円
貸付事業用: 面積100㎡(200㎡以下)、減額割合50% 減額:4,000万円 × 50% = 2,000万円
特定居住用: 面積100㎡(330㎡以下)、減額割合80% 減額:4,000万円 × 80% = 3,200万円
結果
特例適用前の評価額:1億2,000万円
総減額:3,200万円 + 2,000万円 + 3,200万円 = 8,400万円
特例適用後の評価額:1億2,000万円 - 8,400万円 = 3,600万円
評価額が1億2,000万円から3,600万円に減少し、8,400万円もの評価減となります。
4. 注意点:落とし穴に注意
小規模宅地等の特例は有利に計算できる制度ですが、いくつか注意点もあります。適用を検討する際は、以下の点に十分注意する必要があります。
相続税の申告は必須:
特例を受けるには、必ず相続税の申告をしなければなりません。
申告期限は被相続人が死亡した翌日から10か月以内です。
期限を過ぎると延滞税や無申告加算税が発生する可能性があります。
遺産分割を完了させる必要がある:
特例適用には遺産分割が済んでいる必要があります。
相続トラブルで分割が遅れると、特例を適用できない可能性があります。
ただし、「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出すれば、後から特例を適用して過払い分の還付を受けられることもあります。
保有継続が条件(配偶者は除く):
相続税申告期限まで土地を保有し続けることが条件です。
特に売却を考えている場合は、タイミングに注意が必要です。
配偶者の場合は、この保有継続の要件は適用されません。
棚卸資産は対象外:
販売目的で所有していた土地は特例の対象になりません。
相続開始直前に居住用または事業用だった土地でも、もともと棚卸資産だった場合には特例は適用されません。
特例の選択と組み合わせに注意:
複数の宅地を相続した場合、どの土地にどの特例を適用するか慎重に検討する必要があります。
最も税負担が軽くなる組み合わせを選ぶことが重要です。
前述の計算例のように、1㎡あたりの減額金額が大きい土地から適用するのが一般的に有利です。
借入金がある場合の注意:
被相続人に借入金がある場合、債務控除の対象となりますが、小規模宅地等の特例適用後の評価額を基準に按分されます。
これにより、債務控除の額が減少し、思ったほど相続税が軽減されない可能性があります。
譲渡時の所得税計算への影響:
小規模宅地等の特例の適用自体は、将来その土地を譲渡することとなった際の所得税の計算に直接的な影響を与えません。相続した土地を売却する際の譲渡所得の計算では、被相続人がその財産を取得した際の取得費と取得時期を引き継ぐためです。
ただし、相続税が軽減されることで、取得費に加算できる相続税額も減少するため、結果として譲渡所得が若干増加する可能性があります。
まとめ
・相続した土地の評価額を最大80%減額できる強力な制度
・対象は主に4種類:特定居住用宅地等、特定事業用宅地等、特定同族会社事業用宅地等、貸付事業用宅地等
・各種類によって面積制限や減額率が異なる
・家なき子特例や老人ホーム入居の場合など、特殊なケースにも対応可能
・複数の宅地がある場合は、1㎡あたりの減額金額が大きい土地から適用するのが有利
・期限内の分割協議成立(延長申請あり)と期限内申告が条件
・保有継続条件、棚卸資産の除外などの重要な注意点がある
おわりに
小規模宅地等の特例を上手に活用すれば、相続税の負担を大きく減らせる、あるいは納税額がゼロとなる可能性もありますが、適用条件や計算方法は複雑で、個々の状況によっても変わってきます。
また、相続人が複数いてそれぞれに取得した小規模宅地等がある場合、有利な計算を選択すると特定の人が取得した土地のみ評価減が行われるということもあり得るため、一見不公平にも思われますが、これは相続税の総額を最大限圧縮するための施策ですので、全員が納得した上での計算を行うことが重要です。
なお、計算の結果相続税の納税額がゼロとなるとしても特例の適用を受けるためには期限内申告書の提出が必要となります。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます!