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偏愛について
偏愛とは
偏愛:かたよって愛すること。特定の人や物事を特別に愛すること。
また、その愛。
僕の偏愛
Q.あなたの偏愛するものはなんですか?
僕が偏愛するもの、それは「スニーカー」です。
このnoteでは僕の偏愛の対象であるスニーカーについて書いていこうと思う。
これを読んだあなたは自分にとって偏愛するものは何かを考えながら読んでほしい。
そして最後に少しお知らせをします。
偏愛の始まり
僕がスニーカーを好きになったのは高校3年の頃。
アウトレットで出会ったスニーカーに一目惚れ。
そのスニーカーは結果的に、大学卒業まで履きました。
そのスニーカーとの出会いがきっかけで、スニーカーの情報、服との組み合わせなどを暇さえあれば考えたり、探したりするようになります。
これが僕の偏愛の始まりです。
愛が強すぎるあまり…
スニーカー愛が強すぎるあまり、一時期スニーカーを10足以上所持していました。
スニーカー1足ずつにプラスチックの収納ケースを購入し、乾燥剤を入れ、履いたら消臭ボールを入れ、撥水スプレーをして保管していた。
・IKEAのSAMLAに収納
・Crepで撥水
消臭ボールで臭い除去
という徹底ぶり。
これ以外にも、
・同じ靴は連続で履かない
・購入時に通ってある靴紐を使わず、靴紐を取り寄せ、その靴紐を通して履く
などのルールを作っていました。
(つい最近までそのルールを適用していた)
もっと言うと、
NBA選手が自分のシューズに自分の好きな言葉をペンで書いたりする。
僕もそれを真似してペンでスニーカーに自分の好きな言葉を書いていた。
こんな感じで世界に1つしかないデザインで靴を履くことに楽しみを感じていたのである。
嬉しいことに、スニーカー好きが転じて仕事が決まったケースもある。
好きが仕事になる経験ができるとは思ってもいなかった。
偏愛が向かう先
この偏愛が向かう先は、「たくさんの靴を購入すること」ではない。
今履いている靴を大切に履くことであると考えている。
物欲は完全に満たすことなど、不可能である。
物を持つ=幸せ
という考えは間違っていると思うのです。
最後に
皆さんにも偏愛するものがあるかもしれない。
それが結果的に自分の人生を変えるきっかけになることだってあるということをわかってもらいたかったんです。
人に理解されなくても、たとえ価値がなくても「個」が尊重されるこの時代においてその偏愛は人生を変えるチャンスであることを伝えたいんです。
この偏愛がこの世を変える可能性だってあるかもしれない。
そう思って、僕はこれからもスニーカーを愛していこうと思う。
ほんとの最後に報告です
偏愛について語る場、
「Be partial」
を始めようと思います。
「自分の偏愛」について語りたいという方がいれば、私のTwitterのDMかこちらの投稿のコメントまでご連絡ください!
みなさんの偏愛を聞けることを楽しみにしています。
最後まで読んでくれてありがとうございます!!
また読んでくれたら嬉しいです!