思い出は夜に溶けて
覚えていることはたくさんある。
地元の坂道に沿う桜並木
駆け上がって息を切らして笑いあう僕ら
寒すぎるくらい効いたクーラーの匂い
夜のコンビニの誘蛾灯が弾ける音
ざらざらと揺れる夏の青
橙に染まる二両編成の電車
並び合う僕ら
忘れてしまったことはたくさんある。
笑い声
薄れていく面影
朝日に光る涙の理由
囁き声
届いたはずの言葉
明けない夜はないと誰かが言った。
その通りなのかもしれない。
夜が明けた時にどうなってるのか。
それは誰も言わない。
ただ夜は明けると言う。
ただ明けない夜はないと言う。
その通りなのかもしれない。
並び合うことで恐れている夜が避けられるわけではなかった。
隣り合うことで抱えている不安が薄らぐわけではなかった。
手を繋ぐことで見えない明日に何かを見出だせるわけではなかった。
並び合って、隣り合って、手を繋いだ僕らは
とても近い距離に立っていて
とても遠い距離に立っていて
僕のすべてが、君のすべてが
すべて伝わってしまって
やがて離れていくことを恐れた。
1人では越えられない
1人でなければ越えられない
そんな夜に
僕らは一緒に立っていた。
そうして
こんな日々がいつまでも続けばいいなんて
僕は考えていた。
思い出せることがある。
並び合ったときにできる僅かな隙間
隣り合ったときに聞く君の息遣い
繋いだ手の暖かさ
思い出せないことがある。
並び合ったときの気持ち
隣り合ったときの感情
手を繋いだときの心
夜に消えてしまった心を
僕は今でも見つけられないままでいる。
朝にならない夜を
今、1人で過ごしている。
未だ明けることのない夜で
歳を重ね、僕は変わろうとしている。
君が溶けてしまった夜に
僕は今、1人で立っている。
並び合い、隣り合い、手を繋ぐ喜びを
夜の中で知った。
並び合い、隣り合い、手を繋ぐ悲しみを
夜の中で知った。
いつか来る別れや、喪失や、寂しさを
夜の中で1人
今、君との思い出の中に感じている。
貴方のその気持をいつか僕も 誰かに返せたらなと思います。