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ミッフィーのトランプで考える記号的デザインの話

先日ユトレヒトに行ってきました。ミッフィーの作者である故ディック・ブルーナ氏が暮らし、ミッフィー・ミュージアムもあるオランダ第4の都市です。
今回はそれで思い出して、数年前にミスドでもらったミッフィートランプで娘と遊んでいて気づいた話を書きます。

ミッフィートランプって何?

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この写真の撮影日付によれば2014年の春〜夏頃、ミスドのキャンペーン景品でミッフィートランプがもらえる時期があったのです。1,000円以上買うとプレゼントみたいな。

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ミスドの景品だから、数字目カード(2〜10)の記号はスペードやダイヤの代わりにドーナツになってるんですね。ミッフィーと似合うタッチで描かれていて、メチャクチャかわいいです。
街のミスドで娘とドーナツを食べた日ににもらって帰り、当時1歳の長男に速攻でカードをメタメタにされ、次週もう一度ドーナツ買いに行って2つめをもらいました。

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勝手な推定ですが、おそらく(写真左から)スペード担当のチョコリング、ダイヤ代わりのフレンチクルーラー、クラブがチョコファッション、ハートがポン・デ・リング。何度も言いますがメチャクチャかわいいです。僕が大人になってから登場した商品であるポン・デ・リングが、ビッグ4に選定されているのはそれなりの売上実績があるからだろうな、とこのドーナツ界の異端児に感慨を持ちます。そのかわいい立ち位置から、おそらくダイヤでなくハート役がポン・デ・リングだろうと判断しました。(フレンチクルーラーも相当メルヘン感ありますけど。)

何が問題なの?

いやそれで、当時5歳の娘と神経衰弱とか七並べとかやっていたのですけど、なんだか調子が出ないというか、集中できない。それでじっとカードを眺めてみて、このかわいいドーナツたちが、スペードやダイヤの記号の代わりを果たしてないのかもしれないと思い至りました。

3度め言いますけど、メチャクチャかわいいので、ミスドトランプのデザイナーさんを、ましてやブルーナ先生を批判しているわけではありません。

では何が問題なのか。

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さっきも出ましたがこのように、スペードとクラブが、チョコリングとチョコファッションになっています。ダイヤとハートがフレンチクルーラーとポン・デ・リング。

色の問題:(違いのわかりやすさ)

まず普通のトランプは、スペードとクラブが黒で、ダイヤとハートが赤です。これに対して、チョコリングとチョコファッションは、黒系ではあるがチョコのごげ茶色、フレンチとポン(長いので略)はオレンジまたは黄色。両者が、赤と黒よりは近づいているんですね。
なかでも難点はチョコファッションの、チョコがかかってない部分。この「オールドファッション素地」が見えちゃってる部分が(デザイン的なかわいさを担保しているのだが)明るい茶色になっています。赤と黒が両極だとすれば、これにより2系統の印象がだいぶ真ん中に歩み寄ってしまっている。これは、パッと見て「どちらグループ」かが認識されにくいことにつながります。

形状の問題:(違いの覚えやすさ)

4種とも概して「円形」ですね。まあドーナツのビッグ4だし。ダイヤ役にミートパイをねじ込むわけにもいかないし。そのため、少し離れて見れば4つとも「ピンズ(筒子)?」みたいな状態になっています。

普通のトランプ記号は、スペードとクラブは両方黒で、下に軸のあるすこし似た形状だけど、上の部分がパッと見て違います。赤チームのダイヤは独特、ハートはスペードをひっくり返したような形ですが、赤と黒という違いがある。これはむしろ良いんです。たとえばハートの代わりに赤い星型が使われているよりも「色が違って、形は逆」のほうが、脳の覚える情報量が少ない。「形は逆」により情報が兼ねられ圧縮されているイメージがありませんか。そして、黒の2つが「両方とも下に軸がある」のも似た意図と考えられます。「黒チームの共通点は(黒であることはもちろん)下に足があること」というのは、情報の重複なので、目的的に覚える必要はないが「黒チームであること」を判断させる補足情報になっています。

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ちょっと真面目な話風に書きすぎてしまったので、いったん早乙女十三を挟んでみました。逆さハートマークといえば、ガクエン情報部H.I.P.。富沢順先生はブルーナ先生に劣らない僕のヒーローです。

さて。

絵カードの問題:(数字でないもので覚える)

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まずジョーカーです。かわいすぎる。ミッフィーがおばけごっこしてる姿ですね。これは目につく覚えやすい姿なので、「ジョーカーらしさ」は問題なさそうです。(おばけごっこのミッフィー自体がわりとマイナーなので、一般的には「誰これ?」という別の問題が発生してるような気はします。)

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次は各マークの1番、エースです。あえてコーナーの文字をAとせず1としたのは、たぶんミッフィーが「A」という服を来た原画はなくて、「1」ならあったのかな。そのため「1は、Aだよね?絵カードだったっけ?」という微小なややこしさが発生してます。中央にフレンチクルーラーをドンとひとつ置くのがトランプ的には定石だが、それではミッフィーの出番が減ってミスド寄りになりすぎてしまう、という判断もあったのかもしれません。

そしてエースの問題は、エースだけによる問題ではなく、

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これですね。
ジャック、クイーン、キングもぜんぶミッフィーです。かろうじてキングは王冠をかぶっているが、ジャックとクイーンは、まったく王子にも王妃にも見えない。だからJ、Q、Kとせず11,12,13と数字にしているのかもしれません。なぜかジャックのミッフィーが水着姿であることで「女性感」が立ってしまい、むしろクイーンを連想させたり、かなり認識を混乱させます。(それでなくともミッフィーの水着姿はちょっと戸惑うので、やめてほしい。)
つまり、先程のエースもほぼ同じデザインなので、結果4つの似たような「ミッフィー立ち姿」のカードがあるわけです。

これは普通のトランプが、A はAでデザインを分け、J,Q,K の3つを、王子、王妃、王、としているのと比べると、かなり混乱度が高いです。結果、絵ではなく1,11,12,13という文字を読んで把握しないといけないからです。

で、文字を読むにしても、実は普通のトランプは工夫されていて、1〜13ではなく「A、2、3,4,5,6,7,8,9,10、J、Q、K」であらわされます。1の文字は、10にしか登場しないんですね。他の文字も、全て1度ずつしか使われていないことが分かります。視認性の難点は6と9が似ていることですが、それはもう古代の人に文句言うしかないので。

裏面の問題:(ババ抜きやポーカー、神経衰弱でも重要)

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この裏面も、かわいい柄になっているのですが「方向」があるデザインになっていますね。任天堂のトランプなどの場合は、基本的にどちら向きかが分からないようになっています。そして任天堂のはどうだったか忘れましたが、よくあるのが「目を近づけてよーく見ると、中央部だけ微妙に「向き」がある、完全な点対称ではない」という裏面デザイン。大人の遊び心でしょうか。凝っています。

いずれにしても、トランプで行うゲームによっては、裏面で向きがわかってしまうと都合が良くない(ゲーム性が落ちてしまう)ものも多いです。

まとめ

以上、景品のトランプにそんな細かい文句をつけてどうする、という話を長々と書いてしまいました。決して文句を言いたいわけではなくて、ミッフィーのかわいいトランプを見て、「普通のトランプ」を思い浮かべたら、両者にはいろいろ違いがあり、トランプのデザイン(情報設計)は奥深いということに気づいた、という話でした。

極端に言えば「トランプなんて4種のマークと、1〜13の数字が書かれていれば機能は十分でしょう」という話なのですが、ゲームをしているときに、しっかりと数字を読まずとも周辺視くらいでも違いがわかるように色や形状の違いを明確にしたり、逆にあえてパターンの重複で情報量を減らしたり、グラフィック(数字とマーク)とイラスト(王様など)で情報を分担させたり、など色々を駆使して、瞬時に情報が把握できる工夫が凝らされていることが分かります。さすが歴史を超えるデザイン。

そして、重ね重ねしつこいですが、このミスドのミッフィートランプのデザイナーさんを悪く言う意図はありません。おそらく「権利が許可された素材」を駆使して苦労して作られたのかなと想像します。なにより、ドーナツとミッフィーがコラボしたデザインをメチャクチャかわいくまとめている(4度目)。デザイナーさんに非はないと思います。

強いて言うなら、ディレクション側の責任です。「ミッフィーを絵カードに、数字カードの記号はドーナツで!」というクリエイティブ・ディレクションのアイデアは素晴らしかった。企画書やモックの時点では完璧な輝きだったと思います。おそらくミッフィーが、ジャックやクイーンらしい格好した絵も、ラフで企画書に描かれていたかもしれない。
でも、実際に制作をしようとすると、ミスドトランプのためにブルーナさんにオリジナル素材を描いてもらえるわけでもなかったり、トランプとして使うのを想像すると「全部ドーナツだからマーク似てるね」ということに気づいたりする。

こういった、クリエイティブ・ディレクター(やUXデザイナーだったり、全体の方向性の責任者)が立てた企画・ラフ設計の時点ではまるで「全て解いてある」かのように見える素晴らしいアイデアが、実際に制作しようとすると色々と簡単でない、ということは往々にあって、相当に腕の良いデザイナーが本気で悩んでも解決が難しいという場合もあります。自分の周りでもよく起こることで、僕はこれを「ディレクターズ・マジック」もしくは「ディレクターズ・トラップ」と読んでいます。自戒をこめて。

こういった場合に、どうするのか。クリエイティブ・ディレクターとデザイナー、エンジニアの叡智をあわせ(今度は本当の)マジックを起こして解決するのか、いい落とし所・妥協点を見つけるのか、あるいはその方向性を諦めて見直すのか。これは場合によるし、それをハッピーに解決できるか否かが、建前っぽく言えば「チーム力」、身も蓋もなくいえば「技術力」、青島刑事風に言えば「現場力」と呼ばれるものではないかと思います。

そして、「デザイン思考」や「デザインスプリント」など、アイデアを出す(初期段階を形にする)ためのフレームワークは色々あるけれど、本当はそれよりもこっちの方が重要で、「実施で困ったら、このへん当たろう」「こうなったら、捨てよう」というアプローチやメソッド(フレームワークというよりは経験値、伝承スキルとして) を持つことが、強いデザインチームになるために必要なのではないかと僕は思います。アイデアやコンセプトは、出せるので。

話がだいぶトランプからそれました。

それはそれとして、もしミッフィーの作者であるブルーナが、自分でミッフィー・トランプを作るとしたら、彼は元々は本の装丁などをしていたグラフィック・デザイナーですから、情報設計や視認性にもかなりこだわって作ったかも知れないですね。見てみたかったです。(というか、ミッフィー博物館をよく探せば、存在したかも)

おまけ: クラブ(♣)はクローバーではなかった話

トランプ記号の♣は、ご存知の通り「クラブ」ですが、これって「クローバー」の略称、別称だと思っていませんでした?僕だけですかね。
クラブはクローバーの短縮ではなく、「棍棒(club)」だそうです。
形はあまり似てないですよね。先にボコボコがついてる棍棒?
たしかに音の面では、クローバーは clover なので、縮めてもclubにはならなさそうです。

Wikipediaによると、

クラブ (club) は、トランプなどで使用されるスートのひとつである。
15世紀にフランスのルーアンとリヨンで使われ始めたといわれている。

本来は棍棒の形をしていた。ドイツではかわってドングリのマークが使われた。クラブのマークはドイツのドングリのマークの形がくずれた結果、植物のクローバーと似た形状になったものである。

英語の club は「棍棒」の意味で、本来のマークに由来し、マークの形と呼び名が一致しない。

けっこう驚きでした。さすが何世紀も前からあるデザインは奥深いです。
けど「形と呼び名が一致しない」ってね。致命的ですよね。こんなに古典デザインとして持ち上げてしまったのに。こんな致命的弱点(?)を持ったものが、ずっと素知らぬ顔してスタンダードとして使われてきたとは。
最終デザインが、当初のアイデアどおりの形を留めていないということは、昔からよくあることなのかもしれませんね。

とか、最後やや無責任な感じですが、終わります。今回の記事は「トランプ」がやたら登場するので、勘違いでCIAに連れて行かれたりしないかちょっと心配です。ではまた次回!

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