雇止め法理の解像度を上げる(24/4/6)
(※この記事は2024年4月6日に更新されました)
労働契約法19条で規定されている雇止め法理の論点を整理するためには、同条の成り立ちに遡って理解することが重要です。
すなわち、労契法19条は判例法理を立法化したものですので、該当する最高裁判例がどのような判断をしているのか、そして立法に際しての行政解釈(通達)を理解することが出発点になります。
これらを理解した後に、労契法19条下の裁判でどのように判断されているかを考察していくことが重要です。
そうすることで、腹落ちしやすくなると思います。
そこで、まずは判例がどのような判示をしているかを見ていくことにします。
第1 判例法理の形成
1 東芝柳町工場事件(昭和49年7月22日)
⑴ 事案の概要
事案の概要は、次のとおりです。
項目などは執筆者にて適宜加筆修正しています。
ア 当事者
・上告会社は、電気機器等の製造販売を目的とする株式会社である
・従業員は、正規従業員(「本工」)と、臨時従業員(「臨時工」)の種類に分かれる
イ 基幹臨時工
・臨時従業員(臨時工)は、基幹作業に従事する「基幹臨時工」と、附随作業を行う「その他の臨時工」とに分かれている。
・基幹臨時工は、景気の変動による需給にあわせて雇傭量の調整をはかる必要から雇傭されたものである
・その採用基準、給与体系、労働時間、適用される就業規則等において本工と異なる取扱をされ、本工労働組合に加入しえず、労働協約の適用もないが、仕事の種類、内容の点においては本工と差異はない
・上告会社における基幹臨時工の数は、総工員数の平均30パーセントを占めていた。
ウ 基幹臨時工の契約更新状況
・基幹臨時工が2か月の期間満了によって傭止めされた事例は見当らない
・自ら希望して退職するものの外、そのほとんどが長期間にわたって継続雇傭されている
エ 被上告人(労働者)らの契約更新状況
・被上告人(労働者)らは、いずれも、上告会社と契約期間を2か月と記載してある臨時従業員としての労働契約書を取りかわして入社した基幹臨時工であるが、その採用に際しては、上告会社側に、被上告人らに長期継続雇傭、本工への登用を期待させるような言動があり、被上告人らも、右期間の定めにかかわらず継続雇傭されるものと信じて前記契約書を取りかわしたのであり、また、本工に登用されることを強く希望していた
・上告会社と被上告人らとの間の契約は、5回ないし23回にわたって更新を重ねていた
・上告会社は、必ずしも契約期間満了の都度、直ちに新契約締結の手続をとっていたわけでもなかった
⑵ 判示内容
「原判決は、以上の事実関係からすれば、本件各労働契約においては、上告会社としても景気変動等の原因による労働力の過剰状態を生じないかぎり契約が継続することを予定していたものであつて、実質において、当事者双方とも、期間は一応二か月と定められてはいるが、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であつたものと解するのが相当であり、したがつて、本件各労働契約は、期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならず、本件各傭止めの意思表示は右のような契約を終了させる趣旨のもとにされたのであるから、実質において解雇の意思表示にあたる、とするのであり、また、そうである以上、本件各傭止めの効力の判断にあたつては、その実質にかんがみ、解雇に関する法理を類推すべきであるとするものであることが明らかであつて、上記の事実関係のもとにおけるその認定判断は、正当として首肯することができ、その過程に所論の違法はない。」
⑶ コメント
この事案では、有期契約の「期間は一応二か月と定められて」いたものの、「いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であつた」と認定して、実質的には期間の定めのない契約と異ならないとしました。
そうすると、そのような契約を使用者から終了させることは、実質的には解雇であるとして、解雇権濫用法理を類推適用すべきとしました。
2 日立メディコ事件(最判昭和61年12月4日)
⑴ 事案の概要
ア 当事者
・(1)上告人(労働者)は、昭和45年12月1日から同月20日までの期間を定めて被上告人の柏工場に雇用され、同月21日以降、期間2か月の本件労働契約が五回更新されて昭和46年10月20日に至った臨時員である。
➡︎S45.12.1〜12.20
➡︎S45.12.21〜S46.2.20(①)
➡︎S46.2.21〜S46.4.20(②)
➡︎S46.4.21〜S46.6.20(③)
➡︎S46.6.21〜S46.8.20(④)
➡︎S46.8.21〜S46.10.20(⑤)
イ 臨時員制度
(2)
・柏工場の臨時員制度は、景気変動に伴う受注の変動に応じて雇用量の調整を図る目的で設けられたもの
・臨時員の採用に当たっては、学科試験とか技能試験とかは行わず、面接において健康状態、経歴、趣味、家族構成などを尋ねるのみで採用を決定するという簡易な方法をとっている
ウ 臨時員の契約更新状況
(3)被上告人が昭和45年8月から12月までの間に採用した柏工場の臨時員90名のうち、翌46年10月20日まで雇用関係が継続した者は、本工採用者を除けば、上告人を含む14名である。
エ 臨時員の業務内容
(4)柏工場においては、臨時員に対し、例外はあるものの、一般的には前作業的要素の作業、単純な作業、精度がさほど重要視されていない作業に従事させる方針をとっており、上告人も比較的簡易な作業に従事していた
エ 契約更新の手続内容
(5)被上告人は、臨時員の契約更新に当たっては、更新期間の約1週間前に本人の意思を確認し、当初作成の労働契約書の「4雇用期間」欄に順次雇用期間を記入し、臨時員の印を押捺せしめていた(もっとも、上告人が属する機械組においては、本人の意が確認されたときは、給料の受領のために預かってある印章を庶務係が本人に代わって押捺していた。)ものであり、上告人と被上告人との間の5回にわたる本件労働契約の更新は、いずれも期間満了の都度新たな契約を締結する旨を合意することによってされてきたものである。
⑵ 判示内容
「原審の確定した右事実関係の下においては、本件労働契約の期間の定めを民法九〇条に違反するものということはできず、また、五回にわたる契約の更新によって、本件労働契約が期間の定めのない契約に転化したり、あるいは上告人と被上告人との間に期間の定めのない労働契約が存在する場合と実質的に異ならない関係が生じたということもできないというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。」
「K工場の臨時員は、季節的労務や特定物の製作のような臨時的作業のために雇用されるものではなく、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、上告人との間においても五回にわたり契約が更新されているのであるから、このような労働者を契約期間満了によって雇止めにするに当たっては、解雇に関する法理が類推され、解雇であれば解雇権の濫用、信義則違反又は不当労働行為などに該当して解雇無効とされるような事実関係の下に使用者が新契約を締結しなかったとするならば、期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解せられる。」
⑶ コメント
本件事案では、更新手続が形骸化していた事実は認められないことなどから、東芝柳町事件のような実質無期型を否定しました。
しかし、「その雇用関係はある程度の継続が期待されていた」場合にも解雇権濫用法理が適用されると判断しました。
雇止め法理が適用される場面を広げたと言って良いでしょう。
3 パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件(最判平成21年12月18日)
⑴ 事案の概要
本件は、違法な労働者派遣と黙示の労働契約の成否が争点となった事件として有名ですが、直接雇用として有期雇用契約を締結しており、その雇止めの適法性も争われていました。
そして、雇止め法理に関し、前述の2つの最高裁判例を次のように引用しました。
かっこ書きで引用されている最高裁の年月日は、東芝柳町事件と日立メディコ事件です。
⑵ 判示内容
「期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合,又は,労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合には,当該雇用契約の雇止めは,客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないときには許されない(最高裁昭和45年(オ)第1175号同49年7月22日第一小法廷判決・民集28巻5号927頁,最高裁昭和56年(オ)第225号同61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁参照)。」
⑶ コメント
この表現は、次の「有期労働契約の在り方について(建議)」で使用されています。
第2 有期労働契約の在り方について(建議)(平成23年12月26日労審発第641号)
第3 労契法19条の内容(判例法理の立法化)
第4 労契法施行通達:平成24年8月10日付け基発0810第2号「労働契約法の施行について」
5 有期労働契約の更新等(法第19条(改正法の公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日までの間は法第18条。以下同じ。)関係)
(1) 趣旨
有期労働契約は契約期間の満了によって終了するものであるが、契約が反復更新された後に雇止めされることによる紛争がみられるところであり、有期労働契約の更新等に関するルールをあらかじめ明らかにすること により、雇止めに際して発生する紛争を防止し、その解決を図る必要がある。
このため、法第19条において、最高裁判所判決で確立している雇止め に関する判例法理(いわゆる雇止め法理)を規定し、一定の場合に雇止めを認めず、有期労働契約が締結又は更新されたものとみなすこととしたものであること。
(2) 内容
ア 法第19条は、有期労働契約が反復して更新されたことにより、雇止めをすることが解雇と社会通念上同視できると認められる場合(同条第1号)、又は労働者が有期労働契約の契約期間の満了時にその有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由が認められる場合(同条第2号)に、使用者が雇止めをすることが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、雇止めは認められず、したがって、使用者は、従前の有期労働契約と同一の労働条件で労働者による有期労働契約の更新又は締結の申込みを承諾したものとみなされ、有期労働契約が同一の労働条件(契約期間を含 む。)で成立することとしたものであること。
イ 法第19条は、次に掲げる最高裁判所判決で確立している雇止めに関する判例法理(いわゆる雇止め法理)の内容や適用範囲を変更することなく規定したものであること。
法第19条第1号は、有期労働契約が期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していた場合には、解雇に関する法理を類推すべきであると判示した東芝柳町工場事件最高裁判決(最高裁昭和49年7月22日第一小法廷判決)の要件を規定したものであること。また、法第19条第2号は、有期労働契約の期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合には,解雇に関する法理が類推されるものと解せられると判示した日立メディコ事 件最高裁判決(最高裁昭和61年12月4日第一小法廷判決)の要件を規定したものであること。
ウ 法第19条第1号又は第2号の要件に該当するか否かは、これまでの裁判例と同様、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無などを総合考慮して、個々の事案ごとに判断されるものであること。
なお、法第19条第2号の「満了時に」は、雇止めに関する裁判例における判断と同様、「満了時」における合理的期待の有無は、最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた有期労働契約の満了時までの間におけるあらゆる事情が総合的に勘案されることを明らかにするために規定したものであること。したがって、いったん、労働者が雇用継続への合理的な期待を抱いていたにもかかわらず、当該有期労働契約の契約期間の満了前に使用者が更新年数や更新回数の上限などを一方的に宣言したとしても、そのことのみをもって直ちに同号の該当性が否定されることにはならないと解されるものであること。
エ 法第19条の「更新の申込み」及び「締結の申込み」は、要式行為ではなく、使用者による雇止めの意思表示に対して、労働者による何らかの反対の意思表示が使用者に伝わるものでもよいこと。
また、雇止めの効力について紛争となった場合における法第19条の「更新の申込み」又は「締結の申込み」をしたことの主張・立証については、労働者が雇止めに異議があることが、例えば、訴訟の提起、紛争調整機関への申立て、団体交渉等によって使用者に直接又は間接に伝えられたことを概括的に主張立証すればよいと解されるものであること。
オ 法第19条の「遅滞なく」は、有期労働契約の契約期間の満了後であっても、正当な又は合理的な理由による申込みの遅滞は許容される意味であること。
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