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カメを追いかける


株式会社コンセントでは、「ひらくデザインリサーチ」という活動に取り組んでいます。この活動は、リサーチ・スルー・デザインを実践し、生活者の視点から課題を掘り起こし、問いを立ち上げ、社会に対して提示することを目的としています。


なんか、いつも余裕がない。

そんな課題感と関心から、社内の有志メンバーで「余裕」とは何かを探索してきました。

活動を通じて、「余裕」に対する問いは変化してきました。
この記事では、リサーチ・スルー・デザインの活動から学んだことを対話形式で振り返ります。



活動メンバー:
石井 宏樹 / 高橋 咲 / 中安 晶 / 成瀬 有莉

「余裕」に対する問いのうつろい

中安: 先週、社内に向けてこれまでの活動報告をしてきました。僕以外の3人が業務都合で参加できず、余裕の話をするのに他のメンバーがいない、何が余裕なんだ、と笑いを誘いました。

成瀬: いい掴みw

石井・高橋: 共有ありがとうございます。

中安: まず導入として、チームの活動目的を伝えました。

市場を内面化した自己/社会をほぐして、「余裕」をどのようにつくるか

「なぜいつも余裕がないと感じるのかという問いから出発し、「時間がもったいない」「何もしたくないのに何かしていなければならない」と感じてしまう「有毒な生産性」に焦点を当て、「余裕」とは何かをリサーチしてきました。​
「余裕がない」とは、予期しないことを受け入れることができない状態だと定義し、 真の課題はリソース・余暇が足りないことではなく、リソース・余暇があってもそれをタスクで埋めずに享受する力:「余裕する力」が足りないことなのではないか? と考え、生活の中で余ったリソースを余裕のまま楽しむ能力・姿勢がないことが、「余裕のなさ」の問題点だと捉え直しました。​
余裕する力を生み出していくために、日常の中で、必然性にとらわれない時間の使いかたをすること、受動と能動のあわいに生じる予期しないこと(ノイズ)を取り入れていくことができないかを探索しています。​

中安: そして、リサーチテーマが活動を通じて変わってきたという話なんですが、3段階に分けて説明しまして…


初期:「働く」という概念を根本から批判し、創造的活動のための「余裕」を考える

中安: まずは、"創造的活動のため"の余裕を考えていましたよね。

高橋: そうでしたね、活動初期はなんでもっと仕事以外の時間をうまく使えないのかという視点が強かった気がします。

成瀬: 可処分時間をできるだけ効率的、かつ有効的に時間を使おうとしてる自分たちの日常的な行動を洗い出して、余裕がない行動から「余裕」の解像度をあげようとしましたね。

「何かしなければ」と考えることに疲れを感じながらも、タイパを求めてしまう。一方で、スマホを長時間見るなどの無益で断片的な活動で自分自身を多忙(昏睡)に追いやることで、悪循環におちいる。

石井: 「生産的に動かねば…!!」という強迫観念的な何かがあるという話でしたね。「何もしたくないから何もしない」という選択肢が存在しない。なぜならば「時間がもったいない」からという。

成瀬:何もしたくないのに、何かしていなければならない。リソースが余ってる状況を受け入れられず、自分に課題を課し、リソースを無駄にしてしまうことに後ろめたさを感じていることが問題と一旦結論づけましたね。

中安: そこから次第に、リソースがあっても余裕を生む力がないのではないかと考えるようになりました。

第2段階:余裕がないのではない。時間などのリソースがあっても、「余裕する力」がないのではないか


成瀬:  初期テーマで問題視した悪循環におちいることで、ますます余裕がなくなる。そうした自己への過集中や、過度なタイパ意識から逃れるために必要なことを考え始めました。

中安: そこで、活動のキーワードとなる「余裕する力」にたどり着いた。余裕があるとか、余裕をつくるという話ではない。余ったリソースを使う能力や環境がないことを「余裕のなさ」の問題点と捉え直した。

高橋: 生活の中で、「予期しないこと」を受け入れられていないという話ですね。

石井: この「予期しないこと」については、三宅香帆著(2024)の「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」より、「偶然性に満ちたノイズ」という考えが参考になりました。

現代の労働環境で働いていると、いかに市場に適合できるかを求められる。適応するためには...コントロールできないものをノイズとして除去し、コントロールできる行動に注力する。....情報とは、ノイズの除去された知識のことを指す。...市場適合と自己管理の欲望が促進される社会で、ノイズのない「情報」の価値は上がり続けていく。...趣味もまた仕事にとってはノイズになる。そのような社会で、読書のような偶然性を含んだ媒体が遠ざけられるのは当然のことだろう。...読書という、偶然性に満ちたノイズありきの趣味を、私たちはどうやって楽しむことができるのか

三宅香帆(2024)「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」集英社
(余裕する力、ポスター発表)

成瀬: 「余裕する力」を育むためには、日常の中に偶然性に満ちたノイズを取り込んでいく必要があると仮定し、その方法を考え始めました。

中安: でも、偶然性を自らつくることはできない、と話を進めていく中で、強制的に「余裕する」ことで、余裕が生まれるのではないか?と考え、取り組んだのが「あっ」というフィールドワークです。

石井: 「あっ」というフィールドワークについては、上記の記事を読んでもらいたいのですが、

中安: 誰に話してるの?

石井:  いえ、お気になさらず。このフィールドワークを通じて、周りを見る余裕がないからこそ、強制的に周りを見てみるということをしましたね。そうして、余裕とは、自分の外に目を向けることだと体感した。

高橋: そうでしたね。余裕に関する課題の輪郭がつかめてきて、この段階では、いかに偶然性に満ちたノイズを生み出すことができるかという問いになってましたね。

石井: ここまでの活動については、RESEARCH Conference 2024でポスター発表をしました。

成瀬: 「余裕がない」という話題に共感してくれて、たくさんの参加者が興味を持っていた。

中安: つまり、みんな余裕がない。

RESEARCH Conference2024の発表ポスター。
ポスター発表の様子

中安: ポスター発表では「カメ」の例え話をしていたんですが、

高橋: カメ?

中安: ある後輩が街でカメを見つけて、なんとなく追いかけてみたという話をしていて、余裕って、カメを追いかけられることじゃないかって思ったんですよ。

カメで例える余裕の段階

中安: ノイズっていうのは、道に現れるカメで、その存在に気づいて、身を委ねてみれるか、偶然性のノイズを楽しむ力があるか、それが余裕する力だと説明してました。

成瀬: ポスター発表後は、「どうすれば生活の中でカメを生み出すことができるか、カメに気づけるか」という議論になりましたね。

石井: いろいろやってみましたね。リモートのリサーチツール「CoMADO」で、「あっ」というフィールドワークをオンラインでやってみたりして…。でも、全然違う!となった。偶然性のあるノイズ(カメ)をつくれないかやってみたけど、これは余裕でもなんでもなかった。

中安:  カメを追いかける(偶然性のあるノイズを受け入れ楽しむ)ことは大事だけど、カメを探しにいくことは本末転倒ってことですね。

第3段階(今ココ): 余裕をつくるための努力は違うのではないか?余裕をつくる力自体を疑う


成瀬: 余裕をつくるための努力は違うのではないかと考え始めた。

中安: 偶然性のあるノイズを生み出すとか、それを求めるのは違う。余裕する"力"という考えではなく、普段(日常)の中で、ただ偶然性のあるノイズが存在してほしい。

成瀬: うん、勝手に現れてほしい。それていうと、カメと出会えるかもしれない散歩道を普段の生活の中で増やす努力はしてもいい。

石井: そうそう、なんかちょうどいい塩梅がありそうなんですよね。余裕を受動でも能動でもないかたちで捉えるラインを探りたい。たとえば、買いたい本がないけど、本屋に行く。そこで、偶然性のあるノイズに出会うことはセーフ。でも、ブックコンシェルジュみたいなサービスを予約するのはアウトみたいな。

中安: 経済というか、SNSやキャリアなども含めた市場に飲み込まれていないあわいがありそうですよね。

高橋: 生活の文脈に溶け込んでいるかがポイントと…。

石井: セレンディピティという言葉がありますが、あれとも違う気もします。あれは瞬間のハピネスというか、偶然性に対して、"求めていたこと"が起こることはノイズとは言えない気がする。

中安: ノイズは、出会ったときにベネフィットかはわからないですからね。

成瀬: 受動/能動のいい塩梅を探っていけば、デザイン可能な領域が発見できるかもしれませんね。

今後の活動予定

石井: そうですね。大規模なファーマーズフェスに行くとかではなく、近所の商店街でマーケットが開かれるような、生活のなかで良いノイズが生み出される体験がある気がします。これがなぜ良いのかを突き詰めると、その余裕が生まれる体験が見えてくるかもしれません。

中安:
 みんなにとっての散歩道をつくることはデザインとして可能なのかが問われるかなと思います。

成瀬: うん、まずは自分にとっての散歩道をデザインするのも良いですね。私にとっては、3ヶ月に一回ぐらい上京する父の行きたいところに付き合うことが、散歩道にカメがいる体験ですね

中安: 「3ヶ月に1回お父さん」をデザインしますか。

成瀬: 笑 。まぁ、受動/能動のいい塩梅を探り、それぞれの一人称で、自分にとっての理想の散歩道をつくってみることで、また探索してみましょう!

リサーチ・スルー・デザインのススメ

中安 晶: 今回の共有会では、「動きそのもののデザイン」の著者でもある三好賢聖さんも参加してくださりました。リサーチ・スルー・デザインにおいては、反復的な自己変容のプロセスとして問いをリフレーミングできていることが大事で、活動としてそれができているとコメントをもらいました。

高橋: このメンバーで対話しながら、どんどん問いが変わっていきましたからね。

中安: あと、リサーチカンファレンスでの参加者の反応の良さもですが、問いが立つと他の人が語りたくなるということも大事で、「余裕」はその問いの誘発性がある。「余裕がない」というと、みんな話し出す。

石井: たしかに。

成瀬: あと、プロセスすべてがリサーチという話も出てましたね。

中安: そうでした。普段の業務ではクライアントに納品するためのリサーチをしているので、リサーチ、分析、議論などのフェーズを意識的に分解しているけど、今回は誰かにインタビューするというようなわかりやすいタイミングもなく、省察と議論と進展がないまぜになりながら、要所でワークやポスター発表があるという進め方でした。どこまでがリサーチとははっきり言えず、逆に全てがリサーチであるとも言える新しい感覚でした。

石井: 自分たちが活動を通じて、ほぐされていく感覚がありましたね。

中安: 引き続き、急いでオチをつけていかず、余裕をもって取り組んでいきましょうか。


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