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好きだったはずの「明太フランス」が食べられなくなったあの日


明太フランス、ありますよね。

フランスパンに明太をオンして、さらに海苔をオンしたり、場合によってはオンしなかったりする、好きな人はめっちゃ好きなあのパン。


僕も明太フランスが好きでした。

そう。
好き、でした。

あの日、あの明太フランスに出会うまで、僕は明太フランスが好きなはずだった…。

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ある日、仕事帰りにスーパーへ寄ったときのこと。もう20時を回っていたので、パンコーナーのパンたちは値引きシールが貼られていた。

何か買おうかなと思い、どんなパンが残っているのか確認するためパンコーナーをうろうろする。ほうほう、メロンパンにカレーパン。三色サンドイッチなんてのもあるのか。


パンとの出会いは一期一会だ。
今日と同じパンは二度とない。


そんなことを考えながら、値引きシールを貼られてどこか寂しそうな顔をしたパンと相対していると、ひときわ目を引くパンがあった。


それが、明太フランスだ。

例に漏れず値引きシールを貼られていたが、その表情はどことなく自信ありげに見えた。

「別に買いたいなら買ってもいいし、お前が買いたくないと思ったならそうすればいい。俺はただここにいるだけだ」

そんなことを言ってるように聞こえた。
ずいぶん覚悟が決まってる。ガンギマリだ。それに、どことなくいい面構えをしてるようにも見えた。

そして僕は、この明太フランスとなら「組める」と思った。

「明日の朝ごはん」という重要なポジションを任せられる。

なにせ明日は土曜日だ。休みの日の朝ごはんは慎重に選ばなくてはならない。何を食べるかによって、午前中はもちろん、その日一日のコンディションが大きく左右される。なんでもいいなどと言ってる場合ではない。慎重に、そして大胆に吟味すべきだ。その価値がある。

熟考した。

そして気がつけば、僕は明太フランスを大事そうに抱えて帰路についていた。家につくまでの間、形が崩れないようにそっと優しく明太フランスを抱え続けた。


明太フランスがある。
そう思うと、少しだけ自分が強くなった気がした。シャワーを浴びる、明太フランスのある自分。化粧水をつける、明太フランスのある自分。これから眠りにつく、明太フランスのある自分。
明日の朝は明太フランスが待っている。そう思うと、まるで遠足前の子どものようにワクワクした。


翌朝、一通りの身支度を終え朝ごはんを食べ始めた。

明太フランスだ。
値引きしているだけあってパンはややもっさりしているが、おいしい。やはり明太フランスにして正解だった。

それにしても、明太フランス食べるの久しぶりだなー、なんて思いながらふとパッケージを見ると、見慣れぬ文言が書かれていた。



\\\新鮮なスケトウダラの卵を使用しています///


???


新鮮な、スケトウダラの卵を、使用しています…???


スケトウダラの卵…???


え?
どういうこと?


買ったのは明太フランスだよな。もう一度見てみる。うん、確かに合ってる。明太フランスで間違いない。

でも。
なんだろうこれ。

一瞬よぎったいやな感覚を払拭するべく、明太フランスを一口食べる。


もうだめだった。

もうそのときには、自分が食べてるのは「明太フランス」ではなく「スケトウダラの卵を使用したフランスパン」になっていた

あの袋の外装に書かれたキャッチコピーをはっきりと見てしまった瞬間から、明太フランスではなくなった。「新鮮なスケトウダラの卵」には、明太フランスをかき消すくらいの存在感がある。その言葉の強烈さを、僕は「休日の朝」という最も無防備とも思える状態で、ダイレクトに浴びてしまった。

手に持っているのは「明太フランス」ではなく、「スケトウダラの卵」を使用したフランスパン。

昨日自分が寝る前に待ち望んでいたのは「明太フランス」ではなく、「スケトウダラの卵」を使用したフランスパン。

スーパーで見つけたと思った相棒は「明太フランス」ではなく、「スケトウダラの卵」を使用したフランスパン。


世界から明太フランスという色が消えた。
あんなにも色鮮やかだったのに、今はもう灰色になった。


これ以降、自分の中に明太フランスという食べ物は存在しなくなった。その代わり、スケトウダラの卵を使用したフランスパンがその座に収まることになった。

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あんなに好きだった明太フランス。

子どものころから「おいしいおいしい」と食べ続けていた明太フランス。

もう、見知った明太フランスはいない。

さよなら、明太フランス。
またいつか、会える日まで。

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