ジョーカー2を見てきた感想

1との対比がすごい。

1ではジョーカーはゴッサムシティで群衆による暴動が起こるほど英雄化されている人物だが、

2ではそれを全て覆し、全ては妄想だった、夢だった、と1による人気を全て放棄するかのような内容でとても辛かった。

しかしいい意味で言えば現実に引き戻してくれる映画ではあった。

映画の解釈は人それぞれなのでなんとも言えないが、ここでは私の解釈を述べさせていただく。

現実に引き戻してくれる映画というのは
1のジョーカーを上映した際、
現実でも実際に事件が起こるほど
人々の心理の奥底にあるジョーカーという側面を、子供のようで無邪気で、理不尽なことは理不尽と言い尽くすような寛大な自尊心をくすぐり、
人々の夢や希望になったジョーカー。

怒っていいんだ、これでいいんだ、こうしてもいいんだ、それが正しいんだと、好きに生きていいんだと、全てを肯定してくるような(に感じた)内容だった。

一言でまとめると、
「これが人生だ。」

劇中でよく使用されていたThat's Life.をまさに具現化したかのような映画だった。

勿論殺人を犯すのはもってのほかだ。

しかし今回のジョーカー2では、
それら全てを全否定。
1で夢を見ていた群衆を一気に現実に引き戻した。

映画の中で監督が、
「さぁこれでジョーカーの物語はおしまいさ!
何を言ってるんだい?ジョーカーはお話の中だけでの存在!
現実にはジョーカーなんていないし、
誰にもジョーカーにはなれない!
存在するのは自分の人生だけさ!
辛くてもそれが現実さ!
それが理解できたら今日を正しく生き直せよ!」
と言っているような感じだ。

一言でまとめるなら
「おはよう」

大きな劇場の幕が閉じ、閉館のアナウンスが流れているような気分になる。

劇中の言葉を借りるなら、
ジョーカーを撮影した監督もまた、ジョーカーを罵り嘲笑う存在だったってことなのかもしれない。

まるで皮肉めいた内容だと全体を通して感じた。

遊び尽くしたゲームをしていて休みの日が1日潰れた時のような感覚になる。

ああ、こっちが現実か、
ゲームの中のような強い主人公はいない。
強大なモンスターも倒せない。
とびきり可愛いヒロインもいない。
仲間になってくれる頼りになるモンスターもいない。

あるのは現実だけ。
どれだけ逃避行を繰り返そうと戻ってくるのだ。それが世の常であり、人生なのだ。

何かこうハッとさせられたような感覚があった。
夢なんてない。時間の無駄だと。
しかしこれは映画だ。
この映画を撮影した監督は夢を叶えた者だ。
夢を叶えた者が夢の全否定するなんていう皮肉めいた映画だとも感じだ。

書き殴るようにここに感想を書いたので、飛び飛びの内容だったり、余りにも抽象的な内容だが、
あえて書き直さないし、校閲もしない。
誤字脱字は直すとしても内容は全て感じたそのままを書く。

誰かに伝わればいい。
ただそれだけでいい。

そして言おう、
夢を追いかけている人、夢を諦めた人も、
辛くなりたくないなら、
絶対に見るべきではないと。(批評ではない)

仮に見るとしても、
2だけにしときなさいと。

1と連続で見てしまうと、とてもじゃないがまともな精神状態ではいられないと思う。

ああ、映画を見てこんなにも後悔したことはない。いい映画だったな。悔しい。ごめんなさい。

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