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阪神優勝の経済効果♪
阪神タイガース18年ぶりのリーグ優勝おめでとうございます! 7月には少々の足踏みが続きましたが8月以降は阪神半疑のジンクスをふっとばす快進撃.おみごと♪ 私ごときが野球について語れることはないのですが,うっすら阪神ファンなので,今日は少しこの話題にひっかけたお話をしましょう.
※私は75年生まれなので,85年の日本一の時には小学校4年生!小学生でもわかりやすい強さの阪神でした.そのせいか,この世代は関東民でも阪神ファンが比較的多い気がします.
阪神優勝と経済学と言えばは,なんといっても,関西大学の宮本勝浩名誉教授です.今回も早速阪神優勝の経済効果を発表しています……その経済効果はまさかのWBC優勝以上の969億円とか! 阪神愛あふれる数字であります.
それはさておき...この「経済効果」って一体全体何なんでしょう?
「経済効果」とは何か
経済効果と聞いて何を思い浮かべるでしょう.単純な語感からして「○○があったことで,日本国内(or地域内)の所得がXX円増えた」ことですよね.これは裏を返せば「○○がなかったら,日本国内(or地域内)の所得は現実にはXX円小さかったはずだ」ということです.
すると,現実にあったこと。。。例えば今回の阪神優勝の経済効果を推計する際には,「○○がなかった」場合のGDPなり地域所得の値を求める必要があります.
このような発想に基づいて経済効果をはかるのが回帰分析を基本とした経済効果推計です.例えば,
・世界150カ国の経済データを40年分あつめる
→経済成長率を前年のGDP水準・過去の経済成長率などから説明する式を統計的に推計する
→オリンピック開催国について,開催前後の経済成長率が上で推計した式による予想値より「平均的にどのくらい上回っているか」を観測する
→オリンピック開催国の経済成長率の「上振れ」がオリンピックの経済効果である
というわけ.
ごく一般的な統計的推論ですが...この手法には大きな制約があります.その第一は理論的なもの.そもそも「過去のオリンピックの平均的な経済成長率引き上げ効果」と「2020年東京五輪の経済成長率引き上げ効果」は論理的には別物です.過去の平均値が「今回の」イベント効果をどの程度説明するかどうか未知数なわけ.
これはデータサイエンスの本質的な問題です.全ての出来事は「世界史上最初で最後の事件」です.飯田泰之が2023年9月15日にエチオピアでカレーを食べたという事件は後にも先にも二度と発生することはありません...だって9月16日にまたエチオピアでカレーを食べたとしても,それは「2023年9月15日の事件」じゃないもんね(笑
子どもの屁理屈のように感じるかもしれませんが,ここがなかなかの難所なんです.統計的な分析が可能になるのは「似たような理由で似たような事案が繰り返される」からです.
つまりは個々の出来事が大体似ていることが前提になる.例えば,カレー店の売り上げを天気や立地から予想するという統計モデルを可能にしているのは「だいたいのカレー店は同じような価格・立地で,似たような客を相手に商売をしている」という前提です.
一方で阪神タイガース優勝の経済効果は楽天のオリックスの,西武の,巨人の経済効果とどこまで類似した事件なのでしょう・・・こう考えると,どうも回帰分析による経済効果推計の適用範囲はそうは大きいモノではないことがわかるでしょう.
回帰分析による経済効果推計があまり多くないもうひとつの理由はデータの制約によるものです.他球団の優勝事例が参考にならないなら。。。過去の阪神タイガース優勝時のデータを使って分析すればよいと思われたかもしれません.
しかしですね……これは二重の意味でむつかしい.
そもそも阪神の優勝は2リーグ制になってから,1962年1964年1985年2003年2005年...と2023年の6回しかない.そして20年前(ましてや40年とか60年前)と現代では経済構造や経済水準,野球人気等があまりに違いすぎます.つまりはデータ間の共通性・類似性がとぼしい.
そして,もうひとつ……阪神優勝が京阪地域の経済成長率に与える影響は微々たるものです.仮に1000億円(そんなに大きくはないと思う)のGDP引き上げ効果があったとしても,これは日本のGDPの0.01%(0.1兆÷600兆),関西経済の規模に限定しても0.1%(0.1兆÷80兆)程度にすぎません.ここまで小さい値だと,統計的に変化を検出することは不可能に近い.もうGDP計算の誤差よりも小さい効果を見るのにGDPを使うことは現実的ではありません.
これが各地域や自治体で行われるイベント・・・・つまりはせいぜい数億円規模の事例の経済効果推計に回帰分析が用いられない理由です.
産業連関表
これらの統計学(推測統計)にかわって各種イベントの経済効果推計に用いられるのが産業連関表です.産業連関表ってこんなやつです.
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例えば農業・工業の2産業からなる経済で,農業生産(例えば米)1億円のために工業製品(例えば肥料)を何円分使ったか....そして生産された農作物はだれが買ったのかを表にまとめたものです.
この表の情報を使って,阪神優勝によって居酒屋のウリあげが1億円増えると,ビールの需要が1000万円増える,ビールの生産が1000万円増えるとホップの需要が100万円増えるという計算をすべての費用について積み上げていく....「風が吹けば桶屋が儲かる」をまじめに集計して計算する.これが産業連関表による経済分析です.
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まじめに勉強したい人は以下のシリーズをどうぞ(2015年全国産業連関表統合小分類表をつかって自分で経済効果推計できるexcelシートつきだよ^^).
産業連関表の問題点
産業連関表は全国・都道府県版ともほぼ5年おきに作成されています.関西圏の最近の取引実績をもとに,「居酒屋の売上が1億,グッズの販売が1億増えたらどんな産業の生産が増えるか」を計算しているため,回帰分析系の経済効果分析がかかえていた問題の多くがクリアされています.
そのため,様々なイベント・事業の経済効果推定はたいてい産業連関表をベースに行われます.なんていうか使い勝手がいいのよ^^
しかし,産業連関分析にはいくつかの大きな欠点がある.代表的なものは....
・需要が増えても供給が追い付かないかもしれない(例えば,ホテルが満室の地域で宿泊需要が高まっても実際の宿泊売上はたいして伸びない)
・そもそも「阪神が優勝したら居酒屋の売上が1億円増える」ってどうやってきめるの?(2020東京五輪の需要増加の
「盛り」っぷりは語り草...…数週間のイベントで需要増加12兆円との「試算」でした:東京 2020 大会開催に伴う経済波及効果(試算結果のまとめ))
ですが,仮に供給能力に余裕があり,需要の増加をまともな推計から導いていたとしても・・・
・阪神が優勝したら飲みに行くヤツは,優勝しなくても飲みに行くと思うよ!
・優勝フィーバーで浮かれて金使いすぎたら翌月の支出を少し抑えるんじゃない?
という支出の振替効果です.デパートの優勝セールでお金使いすぎたかわりに,地元のスーパーで節約すると・・・経済効果は+-で打ち消しあってしまう.産業連関表に基づく経済効果推計は,
・供給能力に余裕があるときに観光客増など(国外・地域外)からの純需要増加について行う
・総支出の減少の影響を考える
行うならば一定の説得力がありますが,阪神優勝等のスポーツイベントについては「景気づけの楽しいお話」くらいに受け止めておいて吉でしょう.
景気づけですんで,ドドーンと大きく!阪神優勝の経済効果は10兆円!と宣言しておきたいと思います.
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