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【2023/01/14 締め切り時点 前編】いただいているメッセージ内容を公開します

2023/01/14 23:59の締め切り時点までにいただいたメッセージのうち、

【受け付けないもの】
・個人の誹謗中傷となる内容
・個人の人権侵害となる内容
・信仰そのものに対する非難、脅迫など攻撃的な内容
・藤井風さんの運営に対し、サイババ思想伝道におけるスタンスにおいて現状維持を強く求めるもの
・藤井風さん運営宛と見なせないメッセージ

【受け付ける内容の具体例】
・藤井風さん運営の、サイババ思想伝道における問題に関して思ったこと
・上記問題に関して運営に改善してほしいところ
・藤井風さんへの応援の言葉
・自分の風さんファンとしての背景
など

どれかひとつでもOKです。例えば、応援メッセージだけでもOKです。

以上の条件を満たし、公開許可していただいたものを、そのまま掲載していきます。

2022/12/31 15:00以前のまとめはこちら▶【https://note.com/ii_yy/n/n4068c26bfaef

2023/01/02 21:00以前のまとめはこちら▶
https://note.com/ii_yy/n/na1dfa4a03015

2023/01/04 01:00以前のまとめはこちら▶
https://note.com/ii_yy/n/ndbca53e1060a

2023/01/05 07:00以前のまとめはこちら▶
https://note.com/ii_yy/n/n90554723abdc

2023/01/08 22:00以前のまとめはこちら▶
https://note.com/ii_yy/n/nb2b7bbec6843

2023/01/10 01:00以前のまとめはこちら▶
https://note.com/ii_yy/n/nab3cb1254e9c

2023/01/12 05:00以前のまとめはこちら▶
https://note.com/ii_yy/n/n05d1ea70b2f0

※メッセージ内容は、本企画管理者個人の意見と完全に一致するものではありません。
※日本語以外で書かれたメッセージは、DeepL翻訳を使ったものを適宜修正して載せています。


【はじめに】

本件は、藤井風さんを含め個人の信仰、宗教に関する、非常にデリケートでセンシティブな問題について取り扱っています。つきましては、この前書きをよく読み、前提として理解した上で以下の文章を読んでくださいますよう、お願いいたします。

私たちが今回抗議しているのは、
藤井風さんのサティヤ・サイ・ババの思想を絡めた音楽活動が、それが「サイババ思想の入り口」だと全く周知されてこなかったために、
リスナーが風さんの音楽の入り口に立った時に、充分な情報を基に自分の意思に即した判断をすることが非常に困難になっていた点
についてです。

特定の宗教が彼の音楽活動の核心に据えられていることについて、名前を出して説明することは、リスナーの選択の自由に大きく左右します。
しかし藤井風さんがデビューしてから今まで、その一番大切な説明は、一切行われてきませんでした。
彼が伝えているのがサイババの教えであるということが初めからわかっていれば、素敵な音楽を通して思想を知らない間に取り込んでしまう前に、客観的に資料にあたり、自分の力で考えることができます。しかしそのための周知の努力が、藤井風さんの運営陣には明らかに足りていません。
それは、リスナーの信教の自由の権利を著しく軽視した判断、行為です。
そしてまた、不用意に藤井風さん自身の信仰を音楽活動に結び付けて売り出してしまったことにより、藤井風さん個人の内面的な部分が不必要にさらけ出され、本来背負うべきではない責任を抱える形にもなってしまっています。

この運営方法は、あらゆる面で危険を伴うものです。
私たちは、藤井風さん自身の信仰について、否定はしません。
また、サイババを信仰する人たちについても、否定はしません。
全ての人に、信教の自由の権利があるべきだと思うからです。
だからこそ、一人一人が公正な状況下で冷静な判断ができるように、問題点について指摘し、信頼性のある資料を提示し、時には批判します。
信仰がある人も、ない人も、平等に自己決定を行うことのできる環境が作られることを願っています。

風さんを2年ほど応援していました。きっかけは音楽好きの知人から「何なんw」を勧められたことでした。私は音楽に詳しくないのですが、コード進行(というのでしょうか?)のオシャレな感じと歌詞に衝撃を受け、その後は多くの方と同じようにYouTubeを遡って見るなどしてファンになりました。
ライブは一昨年、昨年と行き、来月も予定しています。これまでグッズ、Blu-ray、CDなど一通りのものを購入、SNSでも風さんの情報は毎日のようにチェックしていました。寝ても覚めても風さんという感じの生活で、風さんを知ってからというもの、人生が何倍も楽しく感じられ、曲を聴けば辛いことも吹き飛んでしまうな気がしていました。そのことは今も感謝しています。

これまで、SNSは見るのが専門で、風さんについて発信したことは一度もありません。でも、今回だけはどうしてもと思い投稿させていただきます。

もちろん、私も風さんの信仰を否定つもりはないですし、風さんの曲が誰の影響を受けたものであったとしても問題ないと思っています。

その上で、私が一番言いたいのは、アルバムのタイトルや、グッズにプリントしてある言葉が、特定の人の教義の言葉そっくりそのままなら、それは予め教えて欲しかったということです。そして、このような状況になっても、運営側が公式なものとして見解を示さない(週刊誌は読んでないです)ことを不思議に思っています。

運営側が引用元を示すべきなど具体的にこうすべきだとは今のところ考えてはいません。ただ、自分たちに都合が悪い意見は放っておけば良いという理由でスルーしないでほしい、この問題に向き合って公式に何かしらの見解を発信してほしいと思います。これまで、ことあるごとに公式に発信してくださっていたのに、今回は何故?と思ってしまいます。

私は、そっくりそのままの言葉が書いてあるTシャツやパーカーを着て街を歩いたことを後悔しています。サイババが良いとか悪いとかの問題とは別なのです。風さんのファンだからグッズを身につけていただけなのです。なのに知らず知らずのうちにサイババの言葉を背負って歩いていた、人に広めていた、そう思うとやるせない気持ちになるのです。

タンスの引き出し一段を占拠しているグッズたち、額に入れて飾ってあるポスターを見ると「あぁ、あんなに好きだったのになぁ」と思ういます。グダグダ言ってないで早く売るなり処分するなりすればいいと家族からは言われます。でも、あまりに私の生活、心の中に風さんが入り込んでいたので、そんな簡単に割り切れずにいました。

調べれば誰の言葉か分かるだろう、嫌なら曲を聴かなければ良い、離れれば良いという意見があります。私は、風さんが何かを信仰されて曲が生まれているとは感じていましたが、そっくりそのままの言葉が使われているとは気づけませんでした。また、これまで風さんの曲に救いや癒しを感じて2年ほど毎日のように聴いてきたので、嫌なら離れれば良いと言われると冷たく突き放されたような気持ちになってしまうのです。

少し話題を変えます。
graceのMVを見た時には少しの違和感だけでしたが、私が強烈な違和感を感じたのは昨年10月のパナスタのライブです。(その時は、サイババの言葉のことは知りませんでした。)記憶違いがあったら申し訳ないですが、登場シーンは、眼を閉じて座禅を組んだ風さんが階段の上に迫り上がってきて、後の映像で後光がさしているように見えました。私はドラマや映画で見たことのある新興宗教の教祖を思い起こし、正直、演出上ふざけているのかと思うほどでした。
そして、どのタイミングだったか覚えていないのですが、普段モチモチした話し方をする風さんが、これまで聞いたことのないほど声を張ってはっきりと力強い口調で言ったのです。「LOVE ALL SERVE ALL」と。次の瞬間、会場は大きな拍手に包まれたように記憶しています。私は「ここ、宗教の集会じゃなくてライブ会場だよね?」と思って辺りを見まわしました。教祖風の演出は、本気の演出なんだと理解して、私は少し怖くなりました。宗教っぽい衣装も早く衣装替えして欲しいなどと思いながら曲を聴いていました。そして結局、最後まで音楽を楽しむことに集中できず、モヤモヤが晴れないままライブが終わりました。

皆はどう思ったんだろうと、その後Twitterを見ましたが、私のように感じた人はごく僅かで、大多数が好意的なツイートでした。私が考えすぎなのだろうか。もしこの先もずっとこの路線で行くのなら私は風さんから離れなければならないかもしれない。でも、次のライブの様子を見てどうするか決めよう。私の気持ちは揺れていました。

そして、12月になってTwitterでアルバムのタイトルやグッズにある文字ががサイババの言葉そのものだったことを知りました。あのパナスタのライブのモヤモヤの正体はこういうことだったのかと思い、ショックでした。他にも、運営側がやってきたことを思い返すと「そういうことだったのか」と思い当たることがいくつかあり(私が勝手に結びつけているだけなのかもしれませんが)少し裏切られたような気持ちにもなりました。

風さんの大晦日のInstagramのストーリーは、私が応援してきた風さんとは別人のようでした。誰も風さんの信仰を妨げようなんてしていないと思うのです。なのに、風さんは攻撃的でネガティブな感情をむき出しにしてるように見えました。
普段風さんは25歳と思えないような達観したことを言っているけれど、当然イライラもする普通の人間なんだと思いましたし(ご本人も自分がそうありたいと思うことを歌詞にしているだけで、自分ができてる訳ではないというようなことをおっしゃっていたと思います)、自分の気持ちをコントロールできないほど精神的に不安定になっているのかもしれないと思いました。一方で、わざと論点をずらすことで問題の本質を見ない盲信的な人たちを味方につけようとしたり、違う意見の人の話に耳を傾けるつもりが全くないのかもしれないとも思いました。今や多くの人が知るアーティストとなった風さんなのですから、周りの人でだれか止める人が居ても良かったと思います。

あのInstagramのストーリーを見た後、私は決心しました。来月のライブは、これまで元気をくれた風さんやチーム風の皆さんへのお礼、そしてお別れを言いに行こうと思っています。(もちろん心の中で言うだけですけど)
しばらく時間が経ち、私の気持ちが変化したら、純粋に音楽を楽しめるようになるかもしれません。そんな時が来たら良いなとは思っています。

No Name


運営の皆様、そしてできればご本人にも伝わってほしいことは以下のとおりです。

*私が問題の本質だと思っているのは、
①藤井風が特定の宗教に対する信仰を持っていること【ではない】
②「特定の宗教」がサイババ氏に関するものだったこと【ではない】
③信仰とともに培われた藤井風の精神、及びそれを反映した歌詞【ではない】
*指摘したいのは、
④【他人の言葉】、しかも【特定の宗教】のスローガンを、【そのまま】【断りなく】引用したこと
です。

①②信教の自由は、誰しもが持つ基本的な人権です。「""宗教チックなマインド""を持っているから許せない」などと糾弾しているのでは、ありません。
私自身も、(正式な信者ではありませんが、)特定の宗教に親しんでいます。自分と違う宗教を信仰する人も、何の宗教も信仰しない人も、私にとっては全く問題ではありません。無論、藤井風さんについても同様です。

サイババ氏の善悪については今回の議論の本質ど真ん中からは外れることであり、また彼を信仰することの是非については、他人がとやかく口を出すべきものではないということはきちんと理解しています。

③幼いころからサイババ信仰のご家庭で育った(であろう)藤井風さんの精神は、その信仰とは切っても切り離せないものであると思います。そしてそれをベースにした彼の人生哲学が素敵だと感じたからこそ、多くの人が藤井風さんの書く詩を好きになり、曲を聴いているのです。決して、藤井風さんの精神・言葉のベースに「宗教」が、「サイババ」があることそのものに、構造的な問題があるとは思っていません。
(「サイババ」であること故に忌避感を抱いている人も中にはいますが、そこは個人差があると思います。)
私自身、幼いころから宗教系の学校で育ち、家庭内にも信者がいたため、その宗教の教えは私の精神・人格の形成に大きく寄与していると感じています。私の考えにはいつでも、濃淡あれどその教えが混ざっていると思いますし、それを変えることなどできないことはよくわかります。藤井風さんも、それでいいし、それがいいのです。

④度々指摘されていますが、今回一番問題だと受け止められているのは
「藤井風の言葉だと思っていたら、違う人の言葉の丸ごと受け売りだった」「しかも、何の注釈や断りもなしで」ということでしょう。
ここに「それが宗教にまつわるものであった」とか、さらに人によっては「サイババだった」という要素が上乗せされていますが、一番の問題は上記のとおりではないかと思います。

「HEHN」、「LASA」、藤井風さんがこの言葉を大切にされてきたのはよく分かります。素敵な精神だと思います。それだったら、「こんな素敵な言葉・マインドがあるんだよ」「自分はこれに共感して、自分なりの哲学を持つようになったんだよ」「原点はこれだよ」と素直に紹介してくれればよいのです。
今までリスナーに向けて開示されていたのは、「""オトンの言葉""という情報」だけでした。「調べたらすぐわかるでしょう、皆だって察していたはず」ではないのです。オフィシャルに、この言葉の出典として示されたのはそこ止まりだったのです。
アーティストとして自分の言葉を発信する仕事をしている人が、他人の言葉を、黙ってそのまま使うだなんて、誰に対しても失礼ではありませんか。リスナーにも、オリジナルの人にも、そして藤井風さん自身・その才能にも。
もしご自分のルーツとして初めから紹介されていれば、おそらく聞き手はその言葉・思想・精神を「藤井風の血肉」として受け止めることができたでしょう。(もちろん、前述のとおり、それが血肉になっているということ自体が受け入れられずに離れる人もいるでしょうけれども。)
そうでなかったから、「受け売り感」「だまし討ち感」が生まれたのです。さらにやっかいなことに、それが宗教に関連するものであったことで、「ステルス布教だ」「サイババの教えを歌にしているだけだ」と言われてしまっているのではないでしょうか。
藤井風さん自身は、自分の思想に基づいて、自分の言葉で歌詞を書いていらっしゃると、きちんと分かっています。信仰をベースにした哲学に基づいて、ご自身の思いを詩にされていると、分かっています。だからこそ、勿体ないのです。今の不誠実なプロモーション姿勢を変えなければ、藤井風の言葉はすべてが「藤井風自身の言葉だと思えない」「布教だ」と言われてしまいかねないのではないでしょうか。

歌詞を変えろとか、今後の楽曲に宗教的なものはにじませるなとか、そういったことを要求しているのではないのです。それでも好きな人は聞くし、合わないと思った人は離れます。ただ、特定の思想信条に傾倒していることを、何となく隠して、でも「察して!」とアピールしたりもして、都合よく""なんかいい感じのプロモーション要素""に使うのは違う。と、そう思います。

No Name


命綱。


2023年、25歳の風さんへ。今まで無欲でピュアな悟り開いた神様みたいに居てくれてありがとう。大晦日はファンが見れる場では初めて感情を吐露してくれたよね、誰に向かっての言葉なのかまでは分からなかったけど、感情を出したのは振り返っても初めてだと思う、ありがとう。
風さんがいつも掲げるHEHNそしてLASAをスローガンとして目指し、常に心がけてくれてありがとう。

でもそれはこの世の誰もが、生きてる以上は達成できない域のものなんじゃないかな、なのに風さんを見てたら本気で達成しようとして、色んなものを封じ込めてるように見えたよ。
HEHN、LASAは、あくまでも日々目指すもの、日々心掛けるものであって、なろうとするものではないかもよ?
努力家な風さんが、ストイックに頑張りたい気持ちは分かるんだけどね。
その姿は確かに胸打たれたけど、そんなに頑張らなくていいよと常に思ってたよ。

今、
わしの大好きなおとんが教えてくれたサイババの素晴らしさをみんなに伝えようとして何が悪いん?嫌なら聴かなくてええと、わしは前から何度も伝えとるが。
風さんはこう思ってるのかな?

起こること全てに意味がある。
風さんはよく私達に言ってくれた。
大好きなおとんが教えてくれたサイババの素晴らしさをみんなに伝えようとしたら、沢山の人がショックを受けたり怒っちゃった。
じゃあこれにも意味があるよね。一緒に考えさせてくれないかな。
だって風さんの素晴らしい✕100その才能が、こじれた誤解で黙殺されるのはとてもツラいよ。


ずっずさんも、岡山で頑張る風さんを見つけて何度も口説きに行って、深く話あった時そう思ったと言ってたよね。風の才能を誤解されないようにしないと、って。
それは紛れもなく、今の私達の気持ちと一緒だよ。
数年前のずっずさんと今の私達は、風さんに対する気持ちが一致してる事を、まず分かって欲しい。

それが、今、悲しいことに裏目に裏目に出て、誤解させたくないと思ってやってきたことによって誤解されてる。…

風さんのパフォーマンスは華があり、風さんの才能は桁外れで、風さんの魅力は唯一無二。過去にこんな人居たかな?この先だってしばらく居ないよ。贔屓目を抜きにして。

藤井風は財産。みんな知ってる。

ならその財産を守ろうよ、守って欲しい、誰が守れるの?運営だよ。パフォーマーの保護者みたいなものでしょ。
法務は大事だよ、法務は命綱。これがしっかりしていればトラブルは最小で済む。

人の前に出る者にはトラブルは常に必ず起こる。必ず。
これを防ぐことはまず出来なくて、やれることはケア対策を一手も二手も備えておくこと。
それは運営がやること。

なのにパフォーマーを傷付け危険にさらしてどうするの。
少なくとも一年前にはすでに、このトラブルはファンの間ではすでに心配されていて、だけどファンですら懸念してるならまさか運営がノープランとは思えず、ただ黙って見守っていたんだから。
命綱があるかないかで、無傷かもしれないし、死んでしまうかもしれない、それほど道が分かれるんだから。

ずっずさん、風さんを口説き落とした時の気持ち、思い出して。
それが今のファンの気持ち。
風さんの才能を思ってやったことが裏目に出たなら、間違いだったと素直に方針を改めて、今までと同じ方法で突っ走らずに別の進み方(あるいは休み方)が、
「風さんのために」必要だと、真摯に認めてください。
パナスタ後、しきりにケアしてケアしてとファンに向けて発した風さん。
無意識に自分自身にも言ってたとしたら?と考えてやみません。



余談。風さん、どこかで汚い水を飲んでる人を思ったとしても、
今自分に与えられてる清潔な水は風さんへのgrace(風さんがtwitterで教えてくれた方の意味でね)であり、しっかり受け取ることもloveなのではないかな?
体壊すよ。

ずっずさん、今、風さんがいい人とか可愛いとかキュートとか人の残り物担当とかの話はしてないよ。風さんがいい人なのは知ってるから。
そして109歳でも人生2周目でもなんでもない、ちゃんと気難しくて普通に怒りっぽい、まだ25歳の人間であることも。

余談の余談。グッズは誰の言葉でもメッセージの強いものは要らない。ピアノや音符やKAZëを♡で囲んだワンポイントのやつ作ってください。fujiikazeトートバッグとか、おリップスとかあったやん。あれならみんな買うで。

大好きな風さん、大好きなずっずさんへ。

No Name


風さんの同窓生です。

ついに母校から世界を目指せる人が出てきた、と嬉しくて、彼の人柄や隠すことのない方言への好感も相まって報道ステーションの特集前後くらいから彼を追いかけるようになりました。

様々な個性を持った生徒が集まる学校だから、これくらい飛び抜けた、自分の世界を持った子もおるよなあ。そう思いつつ、あっという間に人気が拡大していく様子が頼もしく嬉しく、ライブにも参加するようになりました。

ただ、最近のMVの演出やライブグッズに大きく書かれるようになったスローガン。風さんはインドとその文化に傾倒しているんだな、精神的な拠り所もそこにあるんだろう。その程度の理解で、でもうまく説明できない違和感を覚え、モヤモヤを抱えたまま彼を見ていました。

今回の問題提起を年末に知り、発起人のお二人の真摯な説明と切実な思いに触れ、これまでの何となくの違和感が言語化された気がして目から鱗が落ちました。

話は逸れますが、私は長くマドンナのファンでした。彼女は元々自分の信条信仰を隠さず、堂々と、時には過激にライブの演出などに使っていました。ファンも分かった上で応援していたんだろうと思います。年々その傾向が強くなり私はついて行けず、途中でファンをやめました。

風さんのライブの当日、近くのカフェにトートバッグを持ちトレーナーを着ているファンが沢山いました。トレーナーの胸に踊る言葉、袖にプリントされた文字、トートバッグに書かれたヒンディ語のスローガン。何が胸をざわつかせたのか。

今なら分かります。マドンナの演出にも感じた違和感と同じ、それが宗教の言葉だったからでした。知らないというのは、無敵であり本当に恐ろしいと感じます。彼の年末のあのストーリーも今となっては見返すのが怖い。

風さんの音楽が大好きなのに。彼は自分の信仰が攻撃されたと感じたのでしょうか。違うよそうじゃないよ。

ずっずさん彼の才能と音楽を護りたいのなら、彼の精神世界を護りたいのなら、それと同じくらい彼を好きになって応援しているファンの事も大切に考えて、今回の問題提起を受け止めて欲しいです。

文春の記事読みました。河津さんの言葉に思わず「軽っ。薄っ。」と口に出てしまいました。風さんのfaithやspiritualityの重さを護る言葉がそんな軽さで良いのでしょうか。そんな程度でええの?それでええの?

私も今回の問題提起で風さんへの気持ちが大きく揺さぶられています。彼の音楽はきっとこれからも好きでいるだろうけど、当分は素直に聴けないと思います。

辛いけど、これは必然の流れなのでしょう。

長々と書き連ねましたが、こんなファンもいるということでお許しください。

へでもねーよ、それでええの? さん


自身の才能を自覚して使命をまっすぐ遂行している以外無い人だと思っています。そういうところひっくるめて、この人の計り知れない魅力だと思っています。新しいやり方をしようとしている事を応援したいです。
令和の時代にサイババとまさかの再会でしたが、言葉に共感したという河津さんの話しは本当の言葉だとわたしは感じました。嫌いにはなれません。

みりん さん


伝えたいことはIIYYが明確に文章にしてくれています。賛同の意をこのメッセージに込めます。
藤井風さんの音楽が大好きです。このプロジェクトに関わる人達は誰も彼自身を否定していないでしょう。

No Name


藤井風さんの2つのアルバムタイトルがサイババの言葉だったと知ったときは確かに軽いショック…それは私自身が無知で勉強不足で知らなかったという思いはありました。今までも、アルバムタイトルが有名な哲学のフレーズだったことを随分後に知って、自分の無知を恥ずかしく思ったことが何度かありますが、まさにそんな感じです。
私はハリ・クリシュナ信仰からきているジョージ・ハリスンの曲も大好きですし、そんなイメージで藤井風さんの曲を聴いていました。インド哲学は素晴らしいと思います。音楽を入口に哲学や教えを知るのも素敵なことだし、逆に特定宗教へのアンチを表現しているロックもそれはそれで面白いです。
でもよく考えたら、それがだれの言葉であるかなんて、どうでもいいような気もします。
魂に響く音楽で心が救われたという事実があるだけ。
藤井風さんの2枚のアルバムを何度も聴いて癒やされましたが、特定の宗教に勧誘されている覚えは無いです。
問題提起は大切なことですが、この事で唯一無二の才能が潰されてしまうのはもったいない!!
藤井風さんには信仰心を原動力にして、これからも素晴らしい音楽を表現していただくことを強く願います!
そして、世界へはばたいてほしいです。世界中のさまざまな信仰の人たちにも響く曲だと思います。
河津さん、怯まず突き進んで下さい!でもときには慎重に歩みながら。お願いいたします。

はしっこ さん


藤井風ファンの23歳女です。10月にはパナスタのライブにも行きましたし、ツアーLAATにも行きます。これまで風くんの音楽に何度も救われましたし、風くんが発信する言葉に何度も勇気づけられてきました。パナスタのライブで初めて生の風くんを見れたときには生きててよかったなあって心から思いました。
今回の件を知って、今まで感じたことのない感情になりました。語彙力がないのでこの感情を上手に言語化できないのですが、正直めちゃくちゃ戸惑いました。これまで私を勇気付けてくれた言葉たちは風くんのものではなかったんだ、私の知らない誰かの教え(宗教)だったんだ、という事実を受け止めきれなかったんだと思います。
この事実を知った今も風くんのことも風くんの音楽も大好きなことに変わりはないですが、風くん周りの大人たち(河津さんとか)は知ってたのになんで隠してたのさ〜...ってなったので、運営の今後の風くんの売り出し方によっては離れていく人も少なくないと思います。風くんの音楽性やセンスは日本だけじゃなく世界中に知ってもらいたいし知られるべきなので、藤井風運営陣は今回の件の本質をキチンと理解して対応していただきたいです。

No Name


風さんの周りの大人の皆様

追加で申し上げたく再度メッセージを送らせて頂きます。
こちらのプロジェクトに対して、どうしようもないという河津様のコメントはとても残念です。

様々なタイアップの関係などもあってハッキリ言えないのかもしれないことも理解できます。
しかし今回このようなプロジェクトが立ち上がるような状況、
風さんが年末にあのようなInstagramのストーリーを上げたくなるような状況を作り出してしまったのは、HEHNレコの売り出し方が原因であるはずです。
ファンが勝手に騒いでいると捉えていらっしゃるのだと思いますが、
風さんがのびのびと表現活動ができるような環境を整えるのも事務所の皆様のお仕事ではないのでしょうか?

日本の文化に問題がある、ファンに問題があると片付けるのは簡単です。
しかし海外ならこのようなことは起きないとは言えないと思います。

風さんの為にも、どうか迅速に真摯な対応をお願いします。
もう既に水面化で対応を考えて下さっていることを祈っています

Campos さん


こんにちは。私は企業の広報・宣伝、広告関連の仕事をしています。クリエイティブディレクションを仕事にしている者として、本件を知ったときは大変驚きました。

先日の文春インタビューによれば、河津社長は批判を「藤井さんの信仰が日本ではマイナーであること」に起因するものと捉えておられるようですが、そうではありません。以下、まずは私なりに問題を整理したうえで、河津社長/チーム風の皆さんに伝えたいことを記します。

■問題①既存表現の借用:
本件において批判されているのは、まず第一に藤井風氏/河津社長/チーム風が「既存表現の借用を繰り返してきたこと」です。オリジナリティが認められる程度に換骨奪胎した表現であれば、批判は起こり得ませんでした。

批判されているのは「藤井風氏/河津社長/チーム風が、アルバムタイトル/レーベル名/メッセージTシャツ等のグッズに、特定宗教のコアメッセージをそのまま使用していること」です。宗教指導者は既に死亡していますが、彼の教えを信奉する団体は現在も存在しており、日本支部もあります。メッセージの使用に際して、当該団体(ないし他の権利者・利害関係者)と調整はできているのでしょうか? 権利関係をハッキリさせないままの使用は、いまは当該団体と藤井風氏の関係が悪くないため問題にならないとしても、後々関係性が変わった場合にリスクを残すことになります。

また、たとえ権利元との法廷闘争は回避できたとしても、「パクリじゃん」ということで消費者の評価を落としてしまうリスクは残ります。“藤井風”名義でリリースされたアルバムは過去2枚(『HELP〜』『LOVE〜』)、その2枚ともタイトルが既存表現の借用(しかも同一出典からの)ということで、「藤井風はアルバムタイトルもまともに制作できない」という評価を許してしまったわけですが、“藤井風”のコンプライアンス管理者たる河津社長/チーム風はその責任をどのようにお考えですか? クリエイターが悪意なく盗用(の疑いをもたれるような行為……たとえば生活の中で「いいな」と感じた既存表現を無断借用する等)をしてしまうことは珍しくありません。ディレクターは成果物をチェックし、必要に応じてリライトさせる責任があります。

■問題②特定宗教のステルス布教/ステルスマーケティング:
上記は『HELP〜』『LOVE〜』の借用が、このメッセージの権利者(と類推される)宗教団体に無断で行われていたことを前提とした批判です。
他方、もし仮にメッセージの使用許可等の調整が行われていたのだとすれば、今度はべつの問題……特定宗教のステルス布教/ステルスマーケティングの問題が生じます。つまり「当該宗教団体と共謀して、出典を明示せぬままメッセージTシャツ等のグッズ販売をおこなったのではないか」という疑いがここで生じるわけです。

特定宗教のスローガンとは知らずにHEHN Tシャツ等の藤井風グッズを購入・着用したファンは、特定宗教のスローガンの流布に意図せず加担させられた格好になります。あるいは着用姿を見た他人から、まったく信仰していない宗教の信者と誤解される可能性もあるわけです。このようにファンが布教に加担させられる/信者と誤解される問題はいま現に起きていることですが、事前に教団と藤井風氏/河津社長/チーム風のあいだでメッセージの使用方法(=出典を明示せず使用するというやり方)について了解がなされていた場合には、共謀性の疑いが加わり、より悪質です。

さらに、教団が運営するオンラインショップでは同メッセージをプリントしたトートバッグを販売していますが、そのデザインは藤井風グッズ(具体的にはHEHN Tシャツ)を意識したのではという印象です。昨年このバッグが藤井風ファンの間で拡散され、イマジナリーグッズとしてこれを購入した人もいました。その結果、現在当該ショップではHEHN/LASAトートバッグだけが完売状態。新デザインの商品もあらたに販売を開始するとのこと。ステルス布教だけでなく、物販の手法としてもフェアではないものを感じます。

■河津社長/チーム風の皆さんに:
総じて本件はクリエイターよりもディレクターの問題だと思います。コンプライアンス管理はディレクターの領分です。以下、今後求められるであろう対応を私なりにまとめました。

『HELP〜』『LOVE〜』の2枚のアルバムについては、今後ライナーノーツに出典を明示すべきと思います。その際は公式HP/各種SNS公式アカウントでアナウンスが必要です。

グッズについても、今後も他所からメッセージやモチーフを借りてくる場合は、出典を明示すべきです。オンラインショップは販売ページの商品説明欄に、リアル物販でも商品名や価格の説明書きがありますから、そこに一言添えれば良いでしょう。

ただミュージシャンとしての評価を考えるのであれば、少なくとも今後4〜5年は、借り物表現は控えたほうが無難と思います。消費者はすでに“藤井風の独創性”に疑問を持っています。3枚目のアルバムタイトルも借り物表現だった場合、「アルバムタイトルもまともに制作できない」という評価がいよいよ固まってしまうのではと思います。
ミュージシャンの市場価値 は3枚目のアルバムで決まると昔から言われてきました。次のアルバム、商業的にも音楽的にも跳ねる作品を期待しています。

※注)
上記文中、藤井風氏個人を指す場合は「藤井風氏」、藤井風氏/河津社長/チーム風の集合体的プロジェクトとしての“藤井風”を指す場合は「藤井風」と敬称略で表現しています。

No Name


"まずはIIYYprojectを立ち上げてくださった皆様に、敬意と感謝をお伝えします。

昨年の風さんのツイート全削除等の一連の騒動に、よく分からないが過激化したファン同士の軋轢ぐらいの認識しか抱いておらず、有名になりファンが増えると大変ね…とボーッとした頭で捉えていました。

一昨年から関ジャムで取り上げられていた風さんの曲を聴いて衝撃を受け、アルバムや様々なメディアを追いかけ、なかなか取れなかったライブも参加して生の歌声やMCで更に魅了され、パナスタライブで更に感激して…とズブズブに風沼にハマっていった者です。

楽曲の音楽性やその詞の世界観に強く惹かれ、今までの人生や生き方を大きく包容され肯定されるような暖かさを感じていましたが、詞や本人の言動から宗教的な事も感じたけれど、最初はキリスト教かな、インドとのかかわりから仏教かヒンドゥー教かなぐらいな印象でした。いずれにしても、そういった深い精神性を若い彼が持っている事にも魅了され、この混沌とした世界に神様が遣わした天使では…と半ば本気で感じていました。

何より彼の作る音楽が素晴らしいので、薄汚れた自分の心を浄化してくれるような気がして、よく聴いています。

そんな中、文春の記事でサイババとの関連性が紹介され、強い衝撃を受けつつも、何となく納得してしまう自分がいました。

パナスタライブでの、まるで教祖のような衣装、YouTubeでの過激な発言…いろんなものを暖かく受容して美しい曲にしている彼らしくない、問題とされている事に正面から向き合おうとしない幼稚な態度に思えて強い違和感を抱いていたのが氷解した印象を受けました。

宗教に基づく精神性をその言動や曲に反映されるのは当たり前で、そこはいいと思いますが、サイババの言葉をそのままアルバムタイトルにする事について背景を明かさない事やグッズにして販売する事には知ってしまったいまは強い違和感や不信感を感じてモヤモヤします。

特に2枚のアルバムが元々の出展は違うとしても、サイババが良く用いている言葉であることを知らせないのは問題だと思います。思いきりそれが書かれたTシャツ何枚も買ってますが; 知ってたら買わなかったと思います。

IIYYprojectで問題提起されているとおり、示すべき情報を敢えて隠して、プロモーションにつなげている事は事実なので。

近々またライブに行くので、今までのように単純にミーハーに楽しめない気もしますが、今後どうするかを考えるきっかけになると思います。

今まで自分を励まし癒してくれた彼をこれからも心から応援したいので、河津社長をはじめとする運営側には、彼の精神性や才能を大事に活かすように誠実に対応してもらいたいです。

最後に、強く心ない批判を受けつつも、風さんやファンを心から心配し、私たちにもこうした発言の場を与えてくれたIIYYprojectの皆様にあらためて感謝します。本当にありがとうございます!

まさこ さん



河津さんへ

文春での取材内容を読んで、非常に落胆しました。それと同時に、今まで無意識に抑えていた怒りが内から沸々と湧いてくるのを感じました。率直に言って、あなたはファンのことを大切にできていないように思います。この件に関してとても心を痛めているファンの気持ちを反故にするような受け答えをあなたはしています。もしここにあるメッセージ等を読んだうえでのあの発言なら、人として軽蔑します。

まず「隠しているわけではない」という発言
がよく理解できませんでした。信仰を隠していないのはそうかもしれませんが、それがある特定の新興宗教であること、またサイババであることを公式にアナウンスしていないので、それは隠しているのと同義であり、そう思われて当然の結果だと思います。
それほどサイババの名を出すのが憚られ、自分で調べてほしいというスタイルなら、百歩譲っても「“ある特定の宗教”から引用した」という内容の文言はどこかに記載できないのでしょうか。

「言う必要がないから言ってないだけ」と堂々とそう思える根拠はなんでしょうか。そもそも宗教関係なしに、創作において他人の表現をそのまま引用するときは、注をつけ出典を明示するのが当たり前です。場合によっては大問題になります。金銭が発生する場合は特にそうです。それが表現者としてのモラルであり、義務のようなものではないですか。それがない今は要するに「パクリ」と同じであり、まずこの基本ができないことを自覚した方がよいと思います。
注をつける必要のないほど普遍的な言葉だと思っているのなら大間違いです。

「宗教チックなマインド」という言葉は、何かを信仰している人に対してそういう認識なんだなと思わせる一言でした。これだけ藤井風のマネージャーをやってきてこの程度の表現しかできないということは、あえて「信仰」について解像度を低いままに保とうとしているのではないかと訝しんでしまいます。つまり、「僕はよくわかりませんけどなんかやってるみたいです」というスタンスを貫こうとしているのです。「信仰」についてわかりやすく表現しようとしたとかではなく、そもそもそれについて理解を試みようとか、宗教について学んでみようとかいった形での彼に対するリスペクトが足りていないのではないでしょうか。

「もし隠したかったら〜でしょう?」という発言には目(耳)を疑いました。全然違います。全く宗教について理解度が浅く、またこのプロジェクトの趣旨も理解せず、たくさんヒントがあるメッセージの内容も絶対に読んでないんだなと思わせるかなり絶望を感じたものでした。隠す気がないというアピールをしたところでなんの解決にもなりません。

「宗教観みたいなこと」というのもアバウトすぎてなんのことかわかりません。これだけ本人の宗教観を核として押し出しといて、かなり“ついで”の感覚で話した様子がニュアンスとして感じ取れますが、本当ははもっと密に話したのではありませんか? そうでないとしたら、何にも考えてなかったということを告白しているのと変わりありません。

「日本の宗教観は〜」はどこと比較してるのかわかりません。“カジュアル”とはどのような状態を指すのですか? 過去に日本でどんなことが起こったか知っていて言っていますか? これはオウムやこの前の事件に通底する問題です。河津さんは彼の意見に同意できるという意味での発言ですよね。こうやって事件は風化していくんだなと思いました。悲しいです。

「宗教ではなく、あくまで言葉に共感している」はシンプルに嘘をつかれていて思わず笑ってしまいました。彼のことを一番そばで見てきたのは誰ですか? 「あのパナスタライブは全てあの言葉からイメージして空間を演出しました」て言うつもりですか? 「言葉に共感している」だけなのであれば、教祖を思わせる演出に対してちょっとそれはやりすぎではないかって止めると思います。よく堂々とこんなこと言えるなと思いました。
それに、言葉に共感した結果サイババに入り込んでいってしまう人たちがいることも問題として挙げられているわけですが、そのような人たちの存在が、言葉だけに共感するというのは無理だという証明になっています。そのことによってなにか被害がでたときには自己責任だと言って切り捨てるつもりですか? もし自分たちには関係ないとするのならば、それこそ本当の布教ですよ。

また紅白前夜のインスタ投稿についての見解を聞くことができ意外でしたが、気持ちを切り替えるためだったのならあれはしょうがなかったという認識でよいでしょうか。少なくとも言葉遣いに対する懸念や、あのような内容の発信の前には事前に相談したりするといったことの共有はできているのでしょうか。あれだけの情報だと彼に対する態度は甘すぎる印象しか受けません。マネージャーってそういうものなんでしょうか。

まあ悪意はとにかくなかったんですね。よかった〜めでたしめでたし。…となるとでも思いましたか。私はあーなめられてるなと思いました。風呂の水変えません、隣の客の残飯食べます、だからなんですか? ほっこりエピソードを話しとけば誤魔化せると思いましたか? “いい奴”ということを免罪符にしようとしないでください。これまで度々トラブルがありましたが、その度に「いい奴なんだ許してやってくれ」という態度でここまで来られているように見えます。もうファンの規模的にも、これから(いままで)のプロモーションの展開的にもそれは限界なのではないでしょうか。
すでにたくさんいて、これからもたくさんつくであろう海外のファンにもそうやって言い訳するんでしょうか。そうこれは完全な言い訳なんです。だってしょうがないじゃんって言ってるのと同じです。開き直りです。どんなに悪意がなくてもすでに起こったことは変わらないし、負った傷が癒されることはないのに、まともな謝罪もなくそうやって言い逃れしようとするのはもはや昨今取り上げられているあの教団のやり口と変わりません。言い過ぎかもしれませんが、それくらいよくないことが起こっていると思います。

plin さん


引用元を明かさず、聞こえのいい言葉や手段を使って思想を刷り込む行為は布教活動に他なりません。
サイババが宗教団体であるか否か、またカルトであるか否かを問わないとしても、正体を隠したまま(こちら側に自身で判断できる材料を与えないまま)特定の思想を押しつける行為は、他者を軽視した大変身勝手な行動だと感じます。

今回の件を前向きに受け止めているファンの多くは、「誰の言葉であれ気持ちは変わらない」「自分で考え、判断すれば良いこと」といった主張をしていますが、“知らず知らずのうちに、数々の疑惑があるサイババの信仰の入り口に立ってしまっていた”ことが問題なのです。仮にこれがサイババではなく、もっと日本人に聞き馴染みのある新興宗教団体、例えば明確な犯罪行為や献金問題で話題になった団体であったとしたらどうでしょうか。そういった団体の入り口に、知らず知らずのうちに立ってしまっていたとき、同じように「気持ちは変わらず」「自分で考え判断する」ことができるでしょうか。恐らく不快感を露わにする人、拒絶する人が多くいたのではないかと想像できます。

個人の思想や信仰は非常にセンシティブで、他者が介入すべきではない領域です。故に私も、アーティストの信仰を否定しません。それと同じように、あなたも私たちの思想・信仰に介入すべきではありません。
自身の思想や信仰を奪われたくないと感じているのに、他者の信仰の自由を阻害するのは何故でしょうか。これほど話題になり、たくさんのメッセージが届いている中で「そんなつもりはない」「公表する必要がなかっただけ」というような言い訳はもはや通用しないと思います。
作品中に言葉や思想を引用するならば引用元を明らかにすること、そしてこれまでの行いについての説明を求めます。
繰り返しますが、私はアーティストの思想・信仰を否定しません。説明なく、特定の思想を刷り込まれること、それによって信仰の入り口に立ってしまうことに嫌悪感、不快感があります。「嫌なら聴くな」は通用しません。それならば嫌だと判断できる材料をまず提示してください。

No Name


藤井風さんをデビュー当時から応援している者です。パナスタでの演出や企画に、違和感を感じていました。本来の風さんの音楽性の軸から少しずつ離れて行ってるのではないかなとも感じていました。でもなかなかこれを誰かに伝える事ができないでいました。今回の事で宗教に関する事も含め、運営さんが今一度立ち止まって、深く考えて下さる機会になればと思いました。
とても難しい問題ではありますが、風さんがSNSで悲しい思いをしないように、少しでも皆が理解し合える世界になればと望んでおります。

No Name


まず、IIYYのお二人にこのような場所を作っていただけた事に感謝しております。

私はきらりの時から藤井風のファンになり、2枚目のアルバム購入した程度のライトなファンです。
グッズも売り切れだったので買っていません。(売り切れで良かった!)

岡山県在住という事もあり、こんな田舎からこんなすごいスターが出るなんて!と応援していました。

なんとなく、宗教っぽさは感じていましたがアルバム名も「お父さんの好きな言葉」というのを信じており自分でその言葉を調べる、まではしていませんでした。
キリスト教かな?くらいでした。
初めて少し違和感を感じたのは、まつりのPVを観た時でしょうか。
グレースのPVで、え…神になるの??となり、パナスタのライブ映像がYouTubeで流れてきた時に「なんだか怖い」と思ってしまいました。
でも、自分の中で何が怖いと思ったのかわかりかねていた状況で、年末の紅白前のNHK特番で風さんの特集をみて風さんのお母さんが風さんを妊娠中にインドに行かれたと言うのを聞いた時に、風さんと同年代の子どもを持つ自分の感覚では「妊娠中の海外旅行」は考えられない事でした。
もし、途中で体調に何か異変があれば適切な治療が受けられる可能性は低く、お腹の我が子を危険にさらすかもしれないからです。
それでもインドで祝福を受けていた、ということはかなり熱心な宗教一家なのか?と漠然と思いました。
そして年末、紅白の藤井風さんの出番は何時頃かな?とTwitterを開いて検索すると
「藤井風 宗教」とでてきました。
そこで、初めてこちらの問題提起を拝見し、これまでモヤモヤしてわからなかった事が全てスッキリと繋がりました。
正直なところ、「この歳になってサイババの名前をまた聞く事になるとは」とびっくりしました。
テレビでサイババを観てた世代なので。

風さんのインスタもずっとフォローしていましたが、ストーリーで何に対してあのような怒りをぶちまけているのか見ているほうは当時さっぱりわかりませんでした。
理由もわからないながら、「誰も傷つけないんじゃなかったん?」とツッコミながら見ていました。
悪意あふれる感じが本当に怖かったです。

また、もうひとつ気になっているのは
風さんのお父さんの影響が強いんだろうということです。
風さんが大人に成長する過程で自分でサイババの言葉に出会い、影響を受けて信仰するならまだ受け止められたかもしれません。
子どもは、家庭内が世界の全てです。
両親の価値観が絶対です。
成長し、大人になり、少し離れてみるといろいろな価値観がそれぞれ人には ある事に気が付きます。大切にしている事も人それぞれです。
親も完璧ではありません。
それにいつの日か風さんが気がつくか、このままなのかはわかりませんが…。

彼の書く歌詞にイメージされ、すごく達観した方だと私はすっかり勘違いしていましたがあのインスタ動画をを見ると、もしかしてすごく年齢相応の、いやすごく幼い部分もあるのでは、と感じました。
だからこそ、もっと運営には誠実な対応をしていただきたかった。風さんを守っていただきたかった。
放置するのではなくもっと早く、何かしら対応してくれていたらファン以外の多数にもおかしなイメージを持たれる事もなかっただろうに、と残念でなりません。
毎日、風さんを聴いていましたが今は聴けていません。
良い歌詞も綺麗事言ってるようにしかきけなくなってしまった。
インスタもフォロー解除しました。
風アプリも消しました。
録画していた昨年の紅白も今年の紅白も消去しました。
もう以前のような気持ちを取り戻せないからです。

繰り返しますが、この一連の流れは本当に残念な運営だと思います。
誠実な運営を望みます。

みなさんのメッセージを拝見し、もう締め切りということなので、現在のとりとめのない自分の今の気持ちを送ります。

H さん


昨年末、藤井風さんのTwitterが全削除されてから今日まで、HEHNレコード社長兼マネージャーの河津氏からファン向けアプリ内で、いつものように何かしらコメントが出されることを期待して待ち続けてきたファンです。先日、まずアプリ内ではなく週刊文春の記事で、河津氏のコメントが出たことで、困惑、動揺、心配しているファンに対してアプリ内で説明する意志は無いのだなと、落胆しました。週刊文春掲載の河津氏のコメントについて感じたことを書かせていただきます。①「隠してたわけではありません。いう必要がないから言ってないだけ」 だから、レーベル名、アルバムタイトル、グッズロゴにも使用した。と仰りたいのだと理解しました。「藤井に特定の宗教を広げる意図はない」では、なぜ?サイババのスローガンである「HEHN」や「LASA 」のロゴの入ったグッズ等を販売したのでしょうか?パナソニックスタジアムライブの演出について、藤井風さんが「こんな世界があると知って欲しかった」とTV内で話されていたことはどう説明されるのでしょうか?「お父さんから教えてもらった言葉で、彼の信念であり、、あくまで言葉に共感している」そんな浅はかな言い逃れととれる言葉に納得することができないファンが多数いることを、重々承知されていることと思います。そのうえでのこの発言は、更にファンを傷つけ、同時に藤井風さんをも傷つけています。②「隠していたわけでは、、」 だから、知らなかった、調べなかったこちらに落度があると、仰りたいのでしょうか? しかし、「サイババ」は、日本の義務教育や公立高校の日本史の授業で教わる世界3大聖人ではありません。90年代に私が見たサイババは、ただの手品師でしたし、それ以後も疑惑のつきまとう人として認識しておりました。サイババの教えを学ぶサイババセンターというものがあるということや、国内で、「HEHN」や「LASA 」のロゴがサイババのスローガンだとご存知の方がどれぐらいいらっしゃるのでしょうか。藤井風さんのグッズを手にする人全てが、Instagramや Twitterを目にするわけではありません。現に私は子どもや友人にグッズを贈りました。そして今、サイババの教えをステルス布教してしまったと、後悔しています。この仕組みはとても怖いと感じました。③「藤井に悪意はないと知ってほしい」 論点をぼかした陳腐な回答。アーティストとファンの間には、金銭が発生します。華やかなエンターテイメント業界であってもHEHNレコーズは、経済活動を行なっている企業です。にもかかわらず、HEHNレコーズの行なっていることは、まるで学生が集まってイベントを企画し、好きなスローガンを掲げ、ロゴを貼りつけたグッズを販売し、他者への配慮を欠き、仲間内の自己満足に酔いしれ楽しんでいる。そんな稚拙な印象です。企業として、利益を得ている以上、運営サイトには社会的責任があります。そんなことすら分からない団体なのだろうか?と感じました。                
以上週刊文春の記事で、運営サイトから納得のできる真摯なコメントは期待できないことが分かりました。私は、毎日、藤井風さんの音楽を聴いていたファンでしたが、音楽を聴くことさえ嫌悪感を感じ、グッズも処分しました。徳島ライブにも行く予定でしたが、リセールができなくてもライブに行くことはありません。長文、大変失礼いたしました。この場を得られたことに感謝いたします。

No Name


元々好きなアーティストが深夜のラジオで「藤井風ヤバいよ」と話していたのをきっかけに、「優しさ」や「何なん」「きらり」等、好きな曲が増えていって、スタジアムライブの配信に涙したくらいには好きになっていました。ライブに行った友人にグッズを買ってもらいました。LASAが刻まれたグッズですが、いい言葉だなと思っていたのに、誰か別の人の、しかもよりによってサイババの言葉だったと知った時は、「えっ…」と血の気か引いていく感覚でした。今は風さんの活躍を見聞きしたり、この活動に対して批判的な声をあげているのを見たりすると、「ちょっと待ってよ、私は今何処にいるの?」とモヤモヤした気持ちです。藤井風さんの音楽活動は応援したいし、いつかライブも行ってみたい。だからインスタもフォローしてるしアプリを入れて最新の藤井風さんを知りたい。けど、知ってしまった今は聴けない。見れない。行けない。今は。そしてあのストーリーを見てからは尚、かなしくなって全く聴けていません。上手く言えなくてすみません。私のかなしみを押し付けるつもりはないんです。風さんの信仰が楽曲に影響してたって全然いい。ただ順番が合っていればかなしくなることもなかった、と思うんです。もう戻れないのかな

No Name


メッセージをお寄せいただいた皆様、ありがとうございました。
メッセージは、2023年1月14日(土)23:59で締め切らせていただきました。

2023/01/ 0:00 後編のまとめはこちら▶
https://note.com/ii_yy/n/n28ba8874cc43

たくさんのメッセージありがとうございました。 作業進捗などは、twitterにて追ってお知らせします。