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いひとよの言の葉【短編小説】

 人生3番目の学校にいひとよは、毎日通っていた。

 ただ、いひとよの毎日は明るいものではなかった。それこそ、森の中を一人で彷徨っているような日々を暮らしていた。前に進んでも同じ景色。右に進んでも同じ景色。さらに前でも同じ。変哲に、刺激がない青春を過ごしていた。そんな目隠しした日常を少しずつ前に進んでいると、なにか居心地がいい森と出会った。この森もどうやら同じ学校で同じ学年だったようだ。クラスは違うけど。理系文系も。

「君知ってるよ。Twitterの人でしょ?」
 そうだ。Twitterの人だ。確かに薄暗い日々の中、自分の想いをTwitterに書き留めていた。1日に何件も。だって、登校時間暇なんだからしょうがない。電車の中の似たような人たちを見ながら、音楽聴くだけじゃつまらない。だから、名も知らない人の呟きに対して、ただ自分の考えや感情を垂れ流していた。時には、定期テストの勉強の内容も。かといって、Twitterの人という代名詞が付いていることには驚いた。

「え、同じ塾やったよ??」
 どうやら、2番目の学校の時に通っていた塾が一緒だったらしい。全く気付かなった。なんで気付かなったんだろう。こんな良い人を。2,3年前の話に花を咲かしながら疑問に思っていた。その1週間後、通学中の電車の乗り換えで、偶然その森に再開した。当然、スマートフォンなんか見る暇もなく、お互いにどうでもいい話を今まで以上に楽しみながら学校へ向かった。
その翌日、いひとよは、いつもの時間の乗り換えの時に、また森に出合うことを期待して朝の玄関を出たが、そんな都合の良いことが起きることもなく、いつもの日常を過ごした。昨日の朝の時間が恋しい。まだまだ色んな話をしたい。そんな感情をTwitterに垂れ流して眠った。


次の日、いつも通りTwitterを見ながら電車の乗り換えをしていると、どこからか期待していた声がしてきた。
「電車の時間変えたでしょ!!」
 内容にはさっぱりだったけど。隣に座りながら話を聞いているとどうやら、昨日同じ時間帯の電車に乗っていたけど、いひとよと会えなかったらしい。当然通学時間なんて変えていない。
 すり合わして聞いているとどうやら1本遅い時間帯の電車に乗ったようだった。だったら、1本遅い電車に乗って、森と一緒に学校いこう。森に時間帯を元に戻すよと嘘を付き、これからの朝に大きな期待感と森に同じ匂いを感じていた。


 当然LINEも交換し、たわいもない話をするとどうやら、2番目の学校からの彼氏が、現在の学校を志望していたらしく、同じ学校へ行くため塾で頑張っていたらしい。その努力の結果、同じ学校へ通っているのだからとても凄いことだ。そういえば確かに、頑張っている人がいた気もする。森がとてもカッコ良く見えた。


それからの毎日は、朝にTwitterを見ない日が増えた。ただどうやら森の彼氏は、通学経路が途中まで同じで、バスに変わるらしい。それに合わせて森もバス通学する日も多かった。乗り換えの1本遅らせた時間帯、森が来なければバスなんだろう。そんなどうしようもない朝のルーレットが始まっていた。勝負に負けた日はTwitterの呟きも増えた気がする。それからは、学校でも廊下に出て話すチャンスを探したり、放課後勉強と題してファミレスへ行ったり、なんらかの理由を見つけては遊んでいた。
 そんな森もTwitterで感情を少しだけ流すタイプだった。深夜に本音がこぼれ見える。こぼれた言葉がきっかけとなり、お互いに純粋な気持ち、考えを恥ずることなくよく語り合ってた。家族のこと、彼氏のこと、恋愛や浮気、自分たちの考え、いひとよと森の2人の関係、将来のことを。

 もちろん、いひとよは森のことが大好きだった。気が付けば毎日が刺激的で最高に安心できるから。だからこそ奪い取りたかったが、深い関係になり余計な事まで知っていた。
「浮気ってどっからが浮気やと思う?」
よくある話題の1つだ。
「私たちはね。手を繋いだらアウトって2人で決めてるんよね!」
 手を繋ぐことが浮気か。これが悪かった。手を繋がなければ浮気じゃないし、遊びにいっても問題ない。2人はおそらくそんな共通認識だったのかもしれない。もっと悪いのが、受験の学年に知り合ったことだ。いひとよは、なんとなく地元を離れたいと考えていた。地元が嫌いなわけじゃない、ただ新しい世界を見てみたいと考えていた。つまり、奪い取れたとしても遠距離になる未来が容易く想像つく。そんな未来が続くとは思わなかったし、お互いのためになるとは思わなかった。手を引っ張って手繰り寄せても、浮気というレッテルを張るだけになるだろうといひとよは考えていた。勝手なエゴを持ちながらいひとよは受験に向かっていた。


 時折、勉強に疲れた2人は居心地の良さからか、心の内を吐き出していた。
 「あなたは水みたい。」
 森はいひとよのことをこのように表現していた。私にとってあなたはとても大事な存在。なくてはならない存在。だからこそ、手に掴み取りたいけど、手からすり抜けていく。あなたはそんな人。この言葉がいひとよの深いところに刻み込みながら、終盤へと進んでいた。


 お互いに受験を迎え、共に4番目の学校へ進む権利を得ることができた。森は実家から通える学校へ。いひとよは南の熱い森へと進学することが決まった。学校ではお互いの進路を報告する会話で盛り上がっていた。いひとよも決まったことをクラスメイト達へ報告し、おめでとうというメッセージをいくつか貰った。そして、いひとよは森へと直接報告することにした。
「遠い。。。」
 森はおめでとうとは言わず、この一言だった。少し意外だった。今でもこの言葉を覚えてる。言われた時の感覚を覚えている。今現在の私でもこれを表現する語彙を知らない。
 ちょうど、君の膵臓を食べたいという映画が上映されていた。この映画にいひとよは自分自身を重ね合わせ、1人で泣いた。
 そうして2人はバラバラの道へと進んだ。もちろん森は変わらず彼氏と共に地元に残った。
 南の森へと移動したいひとよは、あの安心感、居心地、同じ匂いを忘れることは簡単にできなかった。数少ない帰省のたびに森と会っていた。彼女の舞台にも見に行き。歌ってる姿も見たりした。自分を表現している森に羨ましく思った。泣いた。
 その後、森とは連絡が取れなくなった。

 その後、いひとよは様々な世界を訪れ、多くの人と触れ合った。刺激を欲していた。
 
 いひとよは5番目の学校を卒業するころには、自分の想いをなにか形にすることが夢になっていた。森のように。小説を書いてみたい。作詞作曲をしてみたい。ピアノをやってみたい。想いを声にして歌ってみたい。絵を描いてみたい。カメラを撮ってみたい。そうして誰かの刺激になりたい。自分の代名詞が欲しかった。
 あの出会いから7年も経ってしまった今、いひとよは自分の羽を1本雑にむしり取り、羽ペンとして書き始めた。さてなにから、書き始めようか。あの忘れられない言葉から書き始めようか。書き終えたらこの羽ペンを誰かにプレゼントできたらうれしいな。主人公の名前はどうしようかな。あの時、1年に1回ぐらいは思い出してほしいということで、別名を考えていた動物の名前にしようか。その動物を見たら私を思い出し欲しい。有名だけど、そこら中にはおらず、1回ぐらいは話題になる動物。フクロウにしようか。そのままだと品がないから、昔の呼び方のいひとよにしようか。君の名前通り、あなたの言葉が今でも深いところに強く残ってるよ。さすがだね。でも声は忘れちゃったよ。。
 さて、まずは3番目の学校からか。

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