「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」に思うこと
ミニシアターに好事家集まる
年末年始の頃から「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」は絶対に観に行く、と決めていた。
今週のあたま、ようやく時間が取れて、チケットを購入。前日のネット予約で、埋まっている席が4つしかなく、少し青ざめた。そんなに人気がないのか……。
翌日は平日。時間も昼過ぎ。それでも劇場につくと当日券で入る客も多く、最終的には3分の1くらいは埋まっていたと思う。(観に行ったのは新宿のシネマカリテだ。)
都内でも上映館は4館ほど。よっぽどのマニアでなければ、「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」を観に、足を運ぶ者はいないだろう。
選ばれし、好事家達。年齢層は比較的高かった。
マニアだからこそ素直に観られない
映画自体は、普通に面白かったと思う。ギリアムならではの映像美、幻想感、ロマン。その背後に潜むシニカルな毒と笑い。
ジョナサン・プライスとアダム・ドライバーの演技もよかった。
特にジョナサン・プライスは、これまで観た彼の出演映画の中でピカイチのハマリ役だったと思う。夢追う老人の鬼気迫る狂気と悲しみが涙を誘った。
でも、ギリアムをずっと追っているファンだからこそ、「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」は素直な目で観られなかったというのが正直な感想だ。
なぜなら、少なくとも2000年、「The Man Who Killed Don Quixote(ドン・キホーテを殺した男:『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の原題)」が企画され頓挫するまでを描いたドキュメント映画「ロスト・イン・ラ・マンチャ」に描かれた時点でのストーリーと、違う。
あの時のストーリーはタイムスリップものだった。それが今回公開されたものは、あくまで現代のドラマになっている。
あれから20年近く経っているので、キャストの変更はあって当然。脚本も時代に合わせて何度も書き直すだろう。タイムスリップじゃなくて現代劇にしたのも、予算の都合で妥協した設定だったかもしれない。
そうした紆余曲折こそがギリアムの武勇伝であり、
「企画から30年、9回の頓挫」の末ようやく完成し公開までこぎつけた奇跡の映画だということは、映画の公式サイトですらキャッチコピーにしている。
Yes、知ってる。ぼくらはギリアムが長年ドン・キホーテを撮りたかったことを。だからこそ――
当初の予定どおりジャン・ロシュフォールがドン・キホーテ役だったら。トビーをジョニー・デップが演じていたら。
そのほかにユアン・マクレガー、マイケル・ペイリン、ジョン・ハート……キャスティングに名の上がった俳優たちがそのまま演じていたら。
タイムスリップの設定がそのまま生きていたら。
ifの想像が無限に広がり、はたして今回公開されたバージョンが正解だったのか、その判断がなかなか付かないのだ。
さらに「CM監督」という役職で登場するトビー(アダム・ドライバー)の体験は、まさに「ロスト・イン・ラ・マンチャ」に登場するテリー・ギリアム監督本人の経験を彷彿させ、一種メタフィクションとして見てしまうのも、作品そのものの評価を鈍らせる。
まっさらな頭で観たかった/あるいはまっさらな目で観てほしい
公式サイトでは「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」完成までがどんな苦難の道だったかを伝える。
一度頓挫した時のことを描いたドキュメンタリー「ロスト・イン・ラ・マンチャ」が現在動画配信各社で配信されていることも伝える。
そのすべてを知ると、ぼくのように「if」にとらわれ、監督の思いを受け取り過ぎて、映画そのものを素直に楽しめないような気がするんだ。
テリー・ギリアムの苦難の道なんてどうでもいい。単なる現代のドン・キホーテ映画ということだけでいいじゃないか。
なにせW主演の片方は、「スター・ウォーズ」続3部作で名を上げたアダム・ドライバーだ。
何度も頓挫した幻の企画なんて言わず、アダム・ドライバー主演の現代劇。そのキャッチコピーだけで、もっと観る者は多かったんじゃないか。
素直に映画を評価できたんじゃないか。
そういうモヤモヤを抱えて映画館を出たぼくは、一応パンフレットを買って出て来たので、そこそこ楽しんだんだと思う。
逆に、ギリアムを知らない人がどういう感想を持つのだろう。
これから観る人でもし「ロスト・イン・ラ・マンチャ」を観ていない人、ギリアムがどんな苦労を経て今ようやく映画を完成させたか知らない人がいるなら、ぜったい予習なんかせずに観に行って欲しい。そして感想を聞かせて欲しい。
……むりか。苦労やifについては、俺がここで書いちゃったし、そもそも邦題にしたって「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」じゃん。
そんなタイトル付けられたら、ギリアムファンしか食いつかないだろ。
原題どおり「ドン・キホーテを殺した男」で良かったんじゃないですかね……
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