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8割おじさんは、笑い男にならなかった。

今回の感想本は、twitterで見かけて、思わずポイっとamazonカートに入れて買ってしまった本。

あの、一時期メディア総なめにしていた「8割おじさん」こと西浦先生のインタビュー本。こんなに目を皿のようにして読んだの久々。

本の第1章の出だしは、2019年12月の大晦日。疫学者同士の熱のこもったメールのやり取りから始まっている。なんてTHEノンフィクションな出だし!そして、日本で希少な疫学数理モデルの研究者であるが故に、御用学者でもなかったはずの西浦先生が東京に呼ばれて、あれよあれよと渦中の人へ。西浦先生曰く「ピュア」な科学者のロジックでは対応できない政治の世界に翻弄されていく様子が描かれている。一気に読める。

本の構成は、西浦先生の語りと、コラムという形の著者による補足というか解説を交互に織り交ぜてあり、テンポもいい。私の頭でも理解に難しくない。日付や人物名などはもちろん、全体的に事実の抜けのないよう、細心の注意が払われて記載されている。(やたらと関係あった人の名前がづらづらとひっきりなしに出てくるから、西浦先生の謝辞とお礼参りを兼ねた本なのかなとも思うけど。)

とりあえず気になったら読んでほしい。一気に読めると思う(二回目)。

あの第一波、連日に続く記者会見。TVの前の視聴者でしかない私は、これは高速リアルタイムEBPMなのか(なんだその言葉)、と不謹慎ながらドキドキした。専門家が高速で叩き出したデータとそこから導けるオプション・リコメンドを参考に、日本政府が旗を振って施策を打ち、データをもって成果を評価するというか?って。だから、あのTHE科学者な西浦先生が、あの魔窟をどう泳いだのか、尾身先生はどうやって国民に語り掛けるような「非」霞が関文学を発出できたんだろうと気になっていた。

著書では西浦研/先生の優秀さやタフさはもちろん、尾身先生の神がかった突破力が紹介されている一方で、御用学者の限界・ストラテジーの弱さも明らかにしていた。彼らが現状を打破するためには専門性以外のあれこれが必要だった。途中から広報コミュニケーションの専門家がアドバイザーにつくくだりがあるんだけど、そこから西浦先生への世間の風当たりが変わっていく…とか、メディア対応したことがある人ならば頷ける話かもしれない。

それから西浦先生も自身で仰っていたが、コロナと経済のバランスをとるなら、なんで経済の影響算定のモデルを専門にしている先生が会合にいないの?という疑問符。なぜ会合は最適な専門家をアサインしていないの?という魔窟あるあるだ。そもそも日本は、研究って冷遇されてない?その研究が使えないから?いやいや使えないのは使わないからじゃないの?そういや学術会議ってどうなりましたっけ。

一応書いておかねばなんだけど、私がこの本を買った理由の一つは、私がウェットな実験系基礎研究の修士卒で、少しだけ行政に近いところで飯を食っているから。(残念ながら専門性は生かせてないけど。)だから、私にはバイアスがある。

西浦先生のように即戦力のある分野でなくとも、多くの研究者はどこかで社会的に役立つ可能性を夢見て日々研究を続けている。今回の事象は、答えなきEBPMに対して、実績ある研究者が、社会的意義を求めながら国民にも顔出しで、全然スマートじゃなくて真っ向から挑んだのがレジェンドでロックに感じたんだよね。これは成功者に対する賞賛とは違ってて(彼らは十分成功者だけど)。ちょっとさらけ出された一連の事象を糧に、何を築けるのか。そういう題材をもらったなって思う。そういうのを与えてくれたから、レジェンドだなって思う。

本を読み終えた後、攻殻機動隊SACという近未来SFアニメを思い出した。そのアニメは、世界的にも知名度が高い。地上波でも放映されたSACシリーズでは、誘拐犯罪「笑い男事件」を中心に話が繰り広げられていくんだけど、その事件について、ネットのウォッチャーが「最高にロックだ」と賞賛するくだりがある。事件を起こした首謀者の若い男性(笑い男)は、自身の正義を信じて事を起こしたものの敗北し、自分の存在の弱さを見せつられて、サリンジャーの一節を引用して気持ちを表現する。

「僕は耳と目を閉じ、口をつぐんだ人間になろうと考えた」

そうか。西浦先生は、笑い男にはならなかったんだな。

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