今日も泣きながら米を研ぐ

私は奨学金という多額の借金を背負って大学に進学した。
医師は、絶対なりたい職業だったから、並々ならぬ覚悟でこの道を選んだ。
悔いはない(と思いたい)。

本当だったら、今頃、病院で実習をしているはずだった。
同級生と一緒に切磋琢磨しながら勉強しているはずだった。
医療に関わらない同世代の友人とも、遊んだり飲み会をしたりして将来について語り合うはずだった。
もしかしたら彼氏なんかできちゃったりして、卒業したら、研修が終わったら…なんて未来を想像しているはずだった。

なのに、今は、家で一人、米を研いで家族の帰りを待っている。

朝、また同じ1日が始まると絶望して起きる。
実習のオンライン課題を済ませてちょっと勉強し、
何も考えたくないのでゲームをして時間を潰す。
(大学から外出を伴うアルバイトが禁止されているので、家で何も生み出さず、消費だけして生きている。)
そろそろ誰か帰ってくるかなというタイミングを見計らって、お風呂を洗ってお湯を沸かし、お米を研いでジャーのスイッチを入れる。
洗濯物を取り込んで畳んで、掃除機をかける。
夕飯を作る。
生活のために大変な仕事をしてきた親には、泣き顔なんて見せられない、笑顔でおかえりと言う。
消費エネルギーが少ないし、夕飯を作りながら味見するので、私はお腹が空かない。部屋でYouTube見たりラジオ聴いたりして、適当に寝る。
そんな日々の繰り返し。

今日も何もなし得なかった。
私は今日という1日を無駄にした。
私は、家事をするために借金をして大学に入ったの?
なんのために生きてる?

私は社会から必要とされていない。むしろ大学から、来ないで欲しい存在として扱われている。仕方がないことだし、実際私はなんの役にも立たなくて、現場ではむしろ先生達の時間を取らせてしまうような人間だ。
どうしようもなく悲しい。

医学部に通っているんだから。医療者の自覚を持って。院内に感染源を持ち込まないで。友達とご飯を食べないで、外食をしないで、出かけないで。
この2年、停学や退学の処分を恐れ、そして感染を広げた人になりたくなくて、色々な決まりに真面目に従って生きてきた。
大学の方針として、学生個人の自由 vs 患者の安全・大学の評判を考えたら、後者を取るのは当たり前のこと。それでも教育のために努力してくれているとわかっている。なのに、思わず大学の対応を非難しそうになる自分の器の小ささにも嫌気がさす。

夕方になると、先行きへの不安と頑張れなかった自分への嫌悪感が襲ってくる。
何もできなかった夜はなんとなく眠れなくて、あてもなくネットサーフィンをして、眠気が襲ってくるのをじっと待つ。
何かできるはずなのに、何もしていない自分が、どんどん嫌いになる。

家族は感染拡大する中、働きに行っている。
私だってバイトをして、少しでも社会から必要とされてる感を感じたい。
いや、そんなことより何より、お金がないので働かせてほしい。恥ずかしいけど。
アルバイトをして、国試前に動画講義を買うなど、勉強に必要なお金を今から貯めておく予定だった。卒業旅行とか行けるんだったら、友人と思い出を作りたいし、お金を貯めておきたかった。

貯金が、毎日何も生み出していない私の生を維持するためだけに、食事代となって消えていく。とても恐怖。だけど、ご飯は美味しい。

在宅バイトとか、大学にバレない場所でできそうなアルバイトを検討中だけど、いつまた実習再開と言われるかわからない。実習の予定次第で仕事量を増減させて、先方に迷惑をかけそうで踏み出せない。
必死になってクラウドソーシングサイトで仕事を探して応募しても、スキルも実績もないから採用してもらえない。

一人でできる趣味の活動に没頭できた日は、すごく楽しい。けど、趣味ってなんだかんだお金がかかるから毎日は予算的にも精神的にも不可能。
楽しかった日と何もできなかった日の感情の起伏が激しい。


毎日、小さな目標を立てて過ごしてみようと思う。
あと、もっと自分の人生を長期的に捉えられたらいいな。
ポジティブになれたら良いのにね、私。

あーあ、今日も何もしなかったしできなかった。
高額の学費を払っているのに、ただ家にいてコンテンツとお金を消費しているだけの役立たず人間。
でもこうやって気持ちを書き出して自己満足でも発信したのは一歩成長と思いたい。

明日は、少しでも明るい気持ちでお米を研げますように。

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