小林私を知ってほしい〜ロックバンド偏愛記録:番外編〜
■小林私を知ってくれ
小林私(こばやしわたし)をご存知だろうか。
耳の早い音楽好きの間では、最近少しずつだとは思うが知名度を上げてきている名前かもしれないが、オタクと言うものは往々にして自分の周辺でよく耳にする人名や作品名が世間一般の間でも知られているものだと思い込みがちだ。たとえバズリズムの恒例企画「これバズ2021」で8位にランクインしようと、去年の段階で既にLoveMusicでニューカマーとして紹介されていようと、所詮は深夜の音楽番組の1コーナーで本人による歌唱もなく、ただただMVなどが紹介されたマイナーな歌手に過ぎない。
というわけで、まず最初に彼について紹介をしておきたい。彼自身が「中身が薄っぺらい」などと言っていた、ここ数ヶ月で林立した「性別は? 出身校は? 恋人はいるの???」的まとめ記事よりは面白い文章が書けているかと思うので、是非見ていってほしい。(ていうか、多分ここまで読んで「彼……? 男性だったのか……」「そもそも人間の名前だったんだな……」と思った方も少なくはなかろう。ぼくも最初そう思った。)
小林私は現在22歳、現役美大生のシンガーソングライターだ。2019年頃からYouTubeでカバー動画やオリジナル楽曲の弾き語り動画を公開するようになり、昨年アタマ辺りでは1000人にも届かなかったチャンネル登録者数は2021年1月現在約9万人。数字の面から見ても、今急成長中のミュージシャンである事は間違いないだろう。
まず最初に曲を聴いて頂きたい。とりあえず現段階で彼が注目を浴びたきっかけはカバー曲だから、そこから幾つかピックアップするので気になったものから聴くといい。
お聴きの通り、彼の最大の武器は独特の、一度聴いたら三日三晩は夢枕に出そうなハスキーボイスだ。それこそ最近ネットでの活動をきっかけに人気が出る男性歌手の大半がスイートでヘルシーな、女のコ受けしそうなボーカルのイメージなのだが(偏見)、彼はそこから真逆を行く――いや、ベースの部分には割と甘さも感じるが、そこは決して本質ではない――時に地の果てから這い上がってくるような凄みすら感じるドスが魅力と言っても過言ではない。多分声帯に歪みエフェクターでも搭載されてるんだろう。
早くもTikTokとやらでも紹介動画が散見されるようだが、僕の観測上、その辺りの界隈で注目を浴びるような――と、我々陰キャのオタク共が偏見を抱くような――男性イケボシンガーとは確実に一線を画す点が彼には歌声以外にも沢山ある。ここではそれを無理矢理4つに纏めて紹介しようと思う。
①容姿が美少女すぎる
先にご紹介したカバー弾き語り動画を観てくださった方は既に「おっ」と思ったかもしれないが、小林私は大変顔がいい。しかし、いわゆるイケメンというやつではなく、どっからどう見ても、どっからどう見ても美少女だ。
ミスIDがいる。
実は僕が彼を知ったきっかけは顔出しなしのとあるボーカル動画だったのだが、若干若返ったチバユウスケかと思って慌ててYouTubeで検索かけたら検索結果にぱっつんローテールギター女子が並んだのでぶったまげてしまった。たこ焼きかと思って頬張ったらシュークリームだったやつじゃん。
(たこ焼きかと思ったらシュークリームの参考資料)
この混乱は後に快感に変わるやつで、なんたって二次元でよくある「いいの……? ボク……男のコ……だよ……?」の実在シンガーソングライターバージョンなのだから、僕と逆の出会い(美少女すぎるサムネ→エグいドスの効いたハスキーボイス)を遂げたひとなんかからしたら僕以上の衝撃だったろうとお気持ちお察しするほかない。ネット配信をメインフィールドとして活動している彼のリスナーはやっぱり10代20代の若者が多いので、何かの扉が開いてしまうごく健全な青少年もきっとあとを絶たないんじゃないのかと要らぬ心配をしてしまう。百戦錬磨のアラサーなはずの僕でさえ拗らせた性癖を更に狂わされたのだから。
しかし勿論だが、彼の特異さはこれだけに留まらない。こんなもんは序の口、シンガーとしての武器のひとつに過ぎないと言っても過言ではない。
②ネタ曲のセンスが天井知らず
僕が彼を知ったきっかけは、敬愛する元ボカロPのシンガーソングライター・キタニタツヤがアレンジャーとして携わっているとある曲だったのだが、それが完全にネタ曲だった。
イントロのキタニ感に反してとんでもない言葉遊びのセンスとドスの効いた歌声に「なんじゃこりゃ!?」となって今に至るわけだが、僕はその後、この曲なんかは氷山の一角であると知らしめられる事になる。
因みに先述の曲はYouTubeLiveでリスナーから募った適当な言葉を適当に連ね、適当にメロディをつけてイイ感じに整えたものらしいが適当にイイ感じに整えたものがこうなるのは流石に才能がやばい。そんな感じで彼はTwitterのフォロワーなどから寄せられた体験談やリリック、自分自身の体験談に節をつけて歌う事が少なくないのだが、それが何処から切り取っても狂っている。
(LoveMusic出た奴が歌う曲じゃない)
上記なんかはもう、顔面美少女成人男性の彼にしか歌えないことこの上ない。「まあ確かに可愛い顔だし分からんでもないけど」って自分で言っちゃってるし。まあそうだよね、インスタのID「iambeautifulface」だもんな。しかもこの「友人の友人」って、我々Twitterに巣食う民ならほぼ知らぬ者はいない、婚活アカウント(?)のしぬこさんだったらしい。情報量が鬼。
因みにこの曲に関しては後日談があり、公開後にトチ狂ったフォロワーからディルドが送られてきてレビューする羽目になるという超絶展開がある。どこの世界線にフォロワーから送り付けられたディルドをレビューする男性シンガーソングライター(見た目美少女)がいるんだよ。内容に関してはレギュレーションに引っかかるのがこわいので敢えて触れないようにするが、気になったスケベの皆さんは彼が自分で書いたこの記事に目を通しておくように。因みに普通に文章が上手い。
本格的に健全な青少年の性癖を狂わせにかかっている。もうここまで書いただけでお腹いっぱいになりつつあるが、もう少し小林私について知ってもらいたい。
③配信ジャンキー
さっきシェアしたキチガイ楽曲の1曲目はYouTubeLiveで歌詞のネタを募ったものだと述べたかと思うが、小林私は一時期毎日のようにYouTubeLiveをしていた。そう、配信ジャンキーである。
彼は「無人島に何かひとつだけ持っていくなら中継カメラ」「死ぬ間際までカメラ回していたい」「俺の全てをインターネットに残しておきたい」と豪語する狂気を持った人物だ。自意識が高いのかサービス精神が旺盛なのか極端な寂しがり屋なのかはたまたその全てなのかはわからないが、僕はこの話を聞いた時震えた、勿論良い意味でだ。
あと普通にオタクなところも推せる。シャニマスの話をし始めたらオーラが消える。あれ? シンガーソングライター何処行った? おれのフォロワーじゃねえか???
④あまり売れる気がない
ここまでひとを狂わせる要素満点な小林私についてオタクの早口で喋り倒してきたが、極めつけは彼の音楽への向き合い方だろう。
彼はあくまでも「自分のために歌っている」というスタンスを崩さず、自分の人生を豊かにするためという目的を第一義に置いて音楽活動をしている、らしい。先程ちょこっと探したのだが該当する内容のツイートまで彼のツイートを遡れず、日々のクソつまんな……気さくなネタツイの多さ故かはたまた大きいオトナ達の手によって消されたか知らぬがソースを示せないのが実に勿体ないのだが、過去に「俺の音楽は社会福祉じゃない」といったような内容のツイートをしていた事すらあった。
「俺の音楽は社会福祉じゃない」。痺れる。一度は口にしてみたいフレーズトップ5以内には入る。ここまで明確にスタンスを示されてしまうと、推しには売れてほしい、いやでも遠い存在にはなってほしくないなどと管を巻きがちなオタクも黙さざるを得ない。ミュージシャンは誰もが売れて武道館の舞台に立つだとか、紅白歌合戦に出場するだとか、そんな夢を抱いているものだと思いがちな一般論へのアンチテーゼ。因みに彼は恋人がいる事すらも公言しており、そーゆう方向性でファンに夢を売る事すらする気はなさそうだ。徹底している。
正直オタクは推しには一生好きな事だけして生きていってほしいからある程度は売れてくれよと思ってしまうわけだが、まあそんなお節介な心配は小林私に関してはあまり必要ないのかな、とも思わなくはない。何故なら、彼のこのスタイルはただ単純に捻くれた、メインストリームへの反逆精神から来ているものではないからだ。
■小林私、「売れたくない」は流石に嘘
小林私は「逆張りオタク」という言い回しを多用する。これはいわゆるメインストリームの文化に馴染めない、それどころか何をとは言わないが馬鹿にしてかかってしまう事すらあるようなタイプのオタク――つまりはちょっと前なら2ちゃんねる、最近ならTwitterによくいる我々のようなオタクを指す言葉だ。小林私はそんな「逆張りオタク」をメインターゲットとして、そこを決め打ちで的確に刺してくるタイプのミュージシャンだ。正に蝶のように舞い蜂のように刺すスナイパーっぷり。
以下の曲を聴いてもらおう。この曲『共犯』はそんな彼のメンタリティがわかりやすい程に表現された歌詞が印象的で、とても好い。
ゼロ年代の半ばまではアングラの住人であるオタクやサブカル野郎しかいなかったインターネットがメインストリームに普及して久しいが、小林私からはあの頃の、アンダーグラウンドだった頃のインターネットの匂いがする。「中学生の頃2ちゃんに入り浸っていた」「音楽を本格的に始めたきっかけは中原くんとゴッドタンのマジ歌」と公言しているタイプなので当然かもしれないが、いわゆる普通に「良い曲」が普通にヒットする普通のフィールドになってしまったインターネットで、彼は多分、“あの頃”のインターネットの方が住み心地が良いと感じてしまう層を強かな程に狙ってリーチしているのだ。
弾き語りカバー動画で注目を浴びた小林私だが、その真髄はオリジナルにあると僕は思っている。
今のところの代表曲『生活』『風邪』なんかはだいぶオサレなアレンジがされてはいるが、それでも隠しきれない暴発するような自意識、理解を拒絶しているかのように思える程の文学性漂う歌詞、歌謡曲やフォーク、一昔前のボカロ曲などの影響を感じられるメロディライン、コード。何より何を歌ってもブルースになってしまうあの歌声。多分彼自身がその、「普通」になってしまったインターネットで健やかに呼吸が出来るタイプの歌い手ではなくて、やっぱり彼自身が生きやすい世界をインターネットの中に作り上げるために、音楽が欠かせなかったんじゃないかと僕は考えている。広い広いインターネットというパラレルワールドの場末に構える酒場にギター1本歌1本で乗り込み、好きな歌を好きに歌い、そこに集まる同類の、自意識に酔っ払った逆張りオタク達と笑い合い、時に悪酔いした輩と軽くやり合ったりもしながら、夜を更かす。時が時なら「流し」のオニーチャンだ。あれだけ可愛けりゃそれでも売れただろう。酒場にふらりとやってきた著名な文化人に目をつけられて、レコードデビューなんかしてたりして。これバズ2021第8位も、タワレコメン1月への選出も、ただ主な舞台が場末の酒場でなくオンラインになっただけに過ぎないのかもしれない。
■小林私は売れる、が
このnoteで(やっぱり文章が上手い)本人も書いている通り、小林私はじきに売れるだろう。それは喜ぶべき事であり、同時に恐ろしい事でもある。「小林私」が生きていきたいフィールドと、今後もしかしたら膨大な規模になって彼に襲い掛かるかもしれない「世間」が求める「小林私」の姿の間に、グロテスクなギャップが生じる可能性があるからだ。
小林私、叶うものならずっと、インターネットの場末をアコギ1本担いで流していてほしい。「いつだって最新の俺が正しい」そうなので、本人はもう気が変わっているかもしれないが。まだ初めてのロングインタビューが載った『MUSICA』も読めていないし、もしかしたら既に、最新の彼は全く違うことを言っているのかもしれない。だとしても僕達は彼を責められない。何故なら人間は流動する生き物だし、どんなに可憐な容姿を持っておりいろんな点から浮世離れしていようとも小林私もまた人間に過ぎないからだ。
早くも売れてきた彼を見限ったフォロワーが彼のSNSアカウントから去っているらしい。勿体ないしダセエな、と思う。これからが面白いんじゃないか。僕達は今なら多分、ちょっとした音楽の歴史の始まりの目撃者になれる。
彼はきっと、たとえノイタミナの主題歌を担当しようと、月9の主題歌を担当しようと、ジバンシイのモデルに採用されようと、僕達逆張りオタクに刺さる曲を作るはずだ。なぜならそもそもが彼の音楽は万人のための社会福祉ではなく、彼自身のためのものだ(った)からだ。
武道館の舞台に立つまで、なんて大それた事は言わない(本人にもそれ程の気合はなさそうだし)、せめてZeppでワンマンやるぐらいまでは見届けようじゃないか。それで自分の耳に合わなくなったらそれこそ「逆張りオタク」らしく、「小林……変わったな……」とでもネットで管巻いて去ればいい。「売れてきて偉いひとに『お金払うから配信やめろ』と言われたら『配信やめろと言われた』という内容の配信をする」と豪語する彼の事だから、きっと喜んで喧嘩を買ってくれる事だろう。
これからもどうか、人生に酔い潰れて管を巻く僕たちを、アコギ1本で宥め透かしどやしつけてほしいと思う。こんな身勝手で支離滅裂な願望を他己紹介ぶって書き綴ったところで、きっと彼は喜びはしないとは思うが。
イガラシ
関連情報:
1stフルアルバム『健康を患う』が1月20日にタワレコ、ヴィレヴァンオンリーでリリースされたので聴いてくれ!!!
参考文献:
小林私プライベートTwitterアカウント
小林私YouTubeアカウント
もう参照したものも含め正直資料が膨大すぎる(まだ活動始めて2年ぐらいなのに!)ためひとつひとつここに貼っていくには骨が折れすぎるので、視聴者誘導の意味でもこのふたつを貼っておく事にします。気が向いたら目を通して僕と一緒に狂ってください。
かねてより構想しておりました本やZINEの制作、そして日々のおやつ代などに活かしたいと思います。ライターとしてのお仕事の依頼などもTwitterのDMより頂けますと、光の魔法であなたを照らします。 →https://twitter.com/igaigausagi