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これから紹介する作品は、おそらくその作家のみた夢が主題となっている。彼は夢の中では少 年である。 彼は、どんよりと曇った空の元、暗い田舎道を一人歩いている。吹いてくる風からは塩の香り がする。おそらくこの夜道は海沿いにある。道の左側には松原があり、右側には畑のようなもの が一面に広がっている。一時間以上歩き続けているけれども、あたりに人家らしきものは見当た らない。ただ、真っ暗な道をとぼとぼと歩いている。途中でアーク灯という当時の電灯を見つけ る。そこにたどり着いて、よう
「あまり期待してお読みになると、私は困るのである。」 この一文から物語は始まる。何も困ることはない。傑作なのだ。もしかしたら、彼の作品の中で一番好きかもしれない。文学的にどうだとか、思想がどうだとか、詩的だとか散文的だとかそんな小難しそうな議論は必要ない。とにかく面白いのだ。では、泥棒をテーマにしたエンタメ作品か、と言われれば全くそうではない。エンタメとは非常に遠い。これは、私小説風フィクションである。しかし、本当にフィクションだろうか、と思わせる場所もあり、そこもこの作
「きっと、そうか。」そういって彼は現場から立ち去る。そして、この物語は終わるー。 立ち去った彼は、失業中の若者である。彼は途方に暮れていた。あたりは夕暮れ で、雨は上がりそうもない。周囲には誰もいない。ただ、ぼんやりと雨の音が聞こ えるだけである。大不況と災害によって人生が立ち行かなくなった彼は、良心との 対決を一人行っていたのだった。 この物語は、非常に短い。しかし、だからといって軽い内容ではない。極めて濃 密で、一種のリズムがある。濃密さとリズム、それはどこからくる