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Family.26「侍」になろうよ
あらすじ
「100年経っても好きでいるよ」
醤油でも味噌でも塩でも豚骨でもない。
横浜豚骨醤油に心奪われた男、家長道助。
“家系を食べる=家族を増やす”
ことだと思っている孤独な男の豚物語。
まずはこちらから↓
家系ラーメンとは?
総本山【吉村家】から暖簾分けを経て“家”の系譜を受け継ぐ、伝統文化的ラーメンであり横浜が誇る最強のカルチャー。大きく分け【直系】【クラシック系】【壱系】【新中野系武蔵家】4系譜。鶏油が浮かぶ豚骨醤油スープに中太中華麺「ほうれん草・チャーシュー・海苔」の三大神器トッピングを乗せた美しいビジュアルが特徴。また「麺の硬さ・味の濃さ・油の量」を選択する事が出来、好みにもよるが上級者は「カタメコイメオオメ」の呪文を唱えがち。
健康的な朝だな。
年間40万人以上の人々が出たり入ったりするこの街で、20数万時間以上の眠りにつき3千数回目の起床を迎える。
東京で一人きりになってから6年の月日が流れていた。誰かの歩幅に合わさずゆっくりと歩くこの道は、他人にとっては孤独で、自分にとっては驚くほど自由で健やかな日常だった。
「ただいま」真っ暗な部屋の壁に音が吸い込む。
「チャチャチャラ」物悲しいチャイムが夕方の空に溶け込む。
「お風呂が沸きました」感情のない機械の音が耳に飛び込む。
夜と朝の間、人の少ない公園を歩く。ぴょんぴょんと跳ねるように舌を出した犬とすれ違った。楽しそうなワンちゃんとは裏腹に憮然とした飼い主の顔。その心情が映し出されたのか、木々が激しく揺れる。人間の無関心さと犬の無邪気さの組み合わせがアフォガードみたいだなと思った。
真冬の風はコートを上まで絞めた事を嘲笑うかの如く我が身を突き刺す。膝が痛い。2回おじいちゃんランナーに抜かされた所で帰路に着いた。芯まで冷えた身体でぎこちなく。
人の歩幅に合わせずではなく、人の歩幅に合わせられず。が正解で、人をダメにするクッションで元々ダメな人間が過ごしていただけな気もしている。チンした冷凍ご飯をお茶碗へ移さずに食べるくらいには味気なく怠惰だ。
真綿で首を絞められるような、潮風で金属が錆びていくような、普遍的な幸せが遠のいていく。
「東京 最高 東京 最高 イェイイェイ」
中目黒のサウナに行ってLUUPで帰宅したり、恵比寿で飲んでほろ酔いのまま歩いて帰ったり、表参道で買い物してタクシーに乗ってみたり、五反田でタバコを吸うためだけに純喫茶へ入ったり、六本木のスタバで腹の満たされぬレジ横フードを買ってみたりと、時間と心とお金に余裕があって出来る行為に浸っている。
愛も味も張りもないマジで麻痺なタチの悪い日々を少しでもマシにするように、この街で居場所を証明するように、“小さな自尊心”を満たしながら生きる。自分の機嫌は自分で取るシステムだ。
だがそれすら慣れた。まやかしだった。所詮小さな自尊心に過ぎない。矮小な心を満たした所で水面に映る月は永遠に掴めない。本当の幸せから目を背けているだけだった。
子供の頃は成功すれば褒めてくれる両親がいて、失敗すれば慰めてくれる先生がいた。1年生の頃にアイツと仲良くなって、3年生の時にアノコを好きになったりもした。
大人になるにつれて、自分で自分を褒めるしかなくなり、自分で選んだ自分の選択がいつの事だったか分からなくなる。横の繋がりと縦の移ろいが希薄になって、輪郭のない朧げな日常に涙が零れそうになる。
自分に愛情を注ぐだけで最良で最高だったはずなのに。心と身体が、思考と感情が合わない。扱いが分からないままだと危ない。右往左往しながらエマージェンシーが脳内で鳴り響く。
右、左、出会いを求めて彷徨ってももう、君、居ない。
人の一生32850日。死ぬまで打つ鼓動は23億回。人生で関わる他人の数3万人。全人口の0.000375%%。
病んでるのか、悩んでるのか。知ろうとすると心労が溜まる。哲学的な思考論を持ち合わせた素人修行僧。
疲労度が増すと家系への依存度が増すばかりだった。
この道は、薔薇色の道かイバラの道か。神様、俺の人生今どのあたり?
残りの人生を鑑みたら取るべき行動は一つしかなかった。幸せは歩いて来ない。だから歩いて行くんだね。
あくなき渋谷への探究心『侍』
初めての出会いは渋谷だった。駅から程遠い場所にあるその店は知る人ぞ知る雰囲気を醸し出していた。
無骨な侍と言うか、こだわりの強いお店の感じだ。渋谷なのに味も空間も「横浜っぽい空気」を纏った家系ラーメンだった。
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クラシック系の名店を渋谷で頂けるなんて。ありがとうだよ。(※家系において侍の位置付けはこちらの記事から)
そこから少し時間が空いてしまったね。あたしは緑の看板を見上げ呟く。移転してから初めての『侍』だった。
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“カタ・コメ・オオメ”魔法の呪文を掛けられ、店内へと吸い込まれていく。
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しかしそこは無骨とはかけ離れた空間が広がっていた。デジタルの食券機にテボ、若者だらけの店内に麺喰らう前に面食らう。
侍のアルバイトさんに食券を手渡す。黒いTシャツにプリントされた「チェ・ゲバラ」と目が合う。あれれ、お店も革命ってことですか?
作り手が居れば食べ手がいる。恋愛とラーメンは一人では出来ない。共同作業だ。そこに存在するだけで感謝なはず。数年ぶりの1杯を緊張しながら待つ。
そして、君は・・・
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あの頃と変わらないビジュアルで微笑んでくれる。
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周りなんて関係ないのだ。あなたがあなたらしく居てくれればそれでいい。時を超え、改めましての初めまして。
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そして味も変わらぬ。これが最良な道、君と歩いてた最高な道。薔薇色な日々。だ。
家長道助の“大きな自尊心”を満たしてゆく。
「精も魂」も尽き果てたあたしを
「麺と豚(とん)」が救い出してくれるのだ。
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渋谷店から渋谷本店へ。縦の移ろいを感じた後は、横の繋がりへ。
『侍 池尻店』でも会ったし、あれから本店には何度も足を運んでいる。
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『上野店』はまだ会えてない。名古屋にもあるらしい。これからも色んな場所で会おうね。
色々な『侍』を知っている。その事実に勇気付けられる。
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幸せのヒントは、頻度。
横浜と渋谷を繋ぐ「赤い糸」。
道助と侍を繋ぐ運命の「黄色い糸」。
最初から“運麺”で結ばれていたんだね。
いつかこの街で 安らぐ場所みつけ
あいかわわらずの苦笑い浮かべる僕の
すぐそばに君の笑顔が欲しい
失くせないもの
一つだけこの街で見つけたよ
ようやく幸せになる方法をこの街で見つけたんだ。
東京都、仲良くなるには、もうちょっと。
再開発のこの街で、毎日あなたに会いたいはず。
――――――侍、幸せはそこにあるかい?
こうして【侍】が道助の家族になった。幸せになろうよ。