プロローグ「家族になれたよ」〜六角家との出会い〜
あれはまだ家族の仲が良い頃の話だった。公務員として働く父と専業主婦の母、思春期に突入する前の3つ上の兄と小学生の僕。世間一般の核家族。なんの変哲もないありきたりな4人家族でもそこには幸せが溢れていた。
そんな家長家は毎週金曜日、父の仕事が終わると近所のラーメン屋によく食べに行った。父はウィークデイのストレスを、母は家事に追われる日々から束の間の解放。子供だった僕たち兄弟、外食は一大イベント。笑顔満開、金曜日のパーティーだった。
そのラーメン屋の名前が【六角家】
当時の僕は「ラーメンと言えばコレ」ではなく、ラーメンはこれしかないと本気で思っていた。大人になって醤油・味噌・塩・豚骨。家系以外のラーメンがある事を知った。知った所で好きにはならなかったけど。とにかくこの【六角家】が原点。いわば家長家思い出の味なのである。
でっかい寸胴にグツグツと美味しそうに踊る豚骨たち。黄金の油を生み出す鶏。タオルを頭に巻いた強面の男達が丼に醤油を1杯入れ、スープを注ぐ。その横で大将が、釜の中に平たい網を滑り込ませ、少し硬めに茹でられた弾力のある麺を持ち上げ一気に水分を飛ばす。そこからは時間との戦いだ。スープに麺を入れ、ほうれん草、チャーシュー、海苔3枚を丁寧かつ大胆に配置する。別トッピングの味玉も忘れてはいけない。
「カタメ普通味玉トッピングです」ドン!!
これぞ家系ラーメンと言う青器の丼がカウンターに置かれる。
夏の風呂上がりのクーラー、冬のこたつ、金曜日の六角家。極上だった。
しかし今、あの思い出の味を出す【六角家】はない。
2017年10月、惜しまれながら閉店してしまった。地元民のみならず、全国の「イエリスト」は涙を浮かべたはずだ。
しかし、もしあったとしてもその味を一緒に味わう家族はもういない。僕が小学6年生の頃、金曜日の恒例行事はなくなった。父が急に仕事を辞めたからだ。今まで真面目に働いていた反動なのか知らないがギャンブルにハマり、どうしようもない大人になった。そこから家族は願い事を叶えたドラゴンボールよろしく、バラバラになった。母はパートを始め、兄も高校受験を控えた思春気ど真ん中。
僕はだただたあのラーメンが食べられなくなる事だけが悲しかった。すでに仲の良かった家族はもう居ないのだから。だから僕は「家系を巡る」ことで【家族】を増やしているのかも知れない。
幸せになろうよ。いや、幸せになろうと。