二宮翁夜話 第十一章

第十一章 治國治村の巻

六十五 無利息貸金は貸金両全の道なり 

 翁曰く、、方今の憂いは村里の困窮にして、人氣の悪敷なり。
此の人氣を直さんとするには、困窮を救わざれば免れる事能はず。
之を救うに財を施与する時は、財力及ばざる物なり。
故に無利息金貸附の法を立てたり。
此の法は實に惠んで費えざるの道なり。
此の法に一年の酬謝金を附するの法をも設けたり。
是れは惠んで費えざる上に、又、欲して貧らざるの法なり。
實に貸借両全の道と云うべし。

【本義】

【註解】

六十六 無利息貸金の功徳太陽の如し 

 夫れ無利息金貸付の道は、元金の増加するを徳とせず、貸付高の増加するを徳とするなり。
是れ利を以て利とせず、義を以て利とするの意なり。
元金の増加を喜ぶは利心なり、貸附高の増加を喜ぶは善心なり。
元金は終りに百圓なりといえども、六十年繰越し繰返し貸す時は、其の貸附高は一萬二千八百五十圓となる。
而して元金は元の如く百圓にして、増減なく、國家人民の為めに、益ある事莫大なり。
正に日輪の萬物を生育し萬歳を經れども一つの日輪なるが如し。
古語に敬する處の物少なくして悦ぶ者多し、之れを要道と云うとあるに近かし。
我れ此の法を立てし所以は、世上にて金銭を貸し催促を盡したる後、裁判を願い、取れざる時に至って、無利足年賦となすが通常なり。
此の理を未だ貸さざる前に見て、此の法を立てたるなり。
されども未だ足らざる處あるが故に、無利足何年置据貸しと云う法をも立てた。
此の如く為ざれば、國を興し世を潤すにたらざればなり。
凡そ事は成行くべき先を、前に定めるにあり。
人は生るれば必ず死すべき物なり。
死すべき物と云う事を、前に決定すれば、活きて居る丈日々利益なり。
是れ予が道の悟りなり。
生まれ出でては、死のある事を忘れる事なかれ。
夜が明けなければ暮れるという事忘れる事なかれ。

【本義】

【註解】

六十七 村を治める妙術問答 

 翁曰く、江川縣令問いて曰く、卿櫻町を治める数年にして、年来の悪習一洗し、人民精励に赴き、田野開け民聚ると聞けり。
感服の至り也、予、支配所の為めに、心を労する事久し。
然して少し效を得ず。
卿如何なる術かあると。
予答えて曰く、君には君の御威光あれば、事を為す甚だ安し。
臣素より無能無術、然りといえども、御威光にても理解にても、行れざる處の、茄子をならせ、大根をふとらする事業を、慥かに心得る故、此の理を法として、只だ勤めて怠らざるのみ。
夫れ草野一変すれば米となる。
米一変すれば飯となる。
此の飯には、無心の鶏犬といえども走り集り、尾を振れといえば尾を振り、廻れといえば廻り、吠えよといえば吠える。
鶏犬の無心なるすら、此の如し。
臣只だ此の理を推して下に又ぼし至誠を盡くせるのみ。
別に術あるにあらずと答える。
是れより予が年来實地に執り行いし事を談話する事六七日なり。
能く倦まずして聴かれたり。
定めて支配所の為めに、盡されたるなるべし。

【本義】

【註解】

六十八 上に立つ人の道は譲るにあり 

 翁曰く、己れに克て禮に復れば、天下仁に帰すと云えり。
是れ道の大意なり。
夫れ人己れが勝手のみを為さず、私欲を去りて、分限を謙り有余を譲るの道を行う時は、村長たらば一村服せん。
國主ならば一國服せん。
又、馬士ならば、馬肥えん。
菊作りならば菊榮えん。
釋氏は王子なれども、王位を捨て鐵鉢一つと定めたればこそ。
今此の如く天下に充満し、賤山兒といえども、尊信するに至れるなれ。
則ち予が説く所の、分を譲るの道の大なる物なり。
則ち己に克つの功よりして、天下是れに帰せしなり。
凡そ人の長たらん者何ぞ此の道に依らざるや。
故に予常に曰く、村長及び、富有の者は、常に麁服を用いるのみにても、其の功徳無量なり。
衆人の羨む念を断てばなり。
況や分限を引きて、能く譲る者に於いてをや。

【本義】

【註解】

六十九 衰邑を立て直すの道を説く

 翁曰く、村里の衰廢を擧るには、財を抛たざれば、人進まず。
財を抛つに道あり。
受ける者其の恩に感ぜざれば益なし。
夫れ天下の廣き、善人少なからず。
然りといえども、汚俗を洗い、廢邑を起すに足らざるが故なり。
凡そ里長たる者、其の事に幹たる者は、必ず其の邑の富者なり。
縦令善人にして能く施すとも、自ら驕奢に居るゆえに、受くる者、其の恩を恩とせず。
只だ其の奢侈を羨んで、自ら驕奢を止めず。
分限を忘れるの過ちを改めず。
故に益なきなり。
是れに依って村長たらん者自謙して驕らず。
約にして奢らず。
慎んで分限を守り、余財を推し譲りて、村害を除き、村益を起こし、窮を補う時は、其の誠意に感じ、驕奢を欲するの念も、富貴を羨むの念も救い、用捨を欲するの念も皆散じて、勤労を厭はず、麁衣麁食を厭はず、分限を越すの過ちを恥じ、分限の内にするを楽しみとす。
此の如くならざれば、廢邑を興し、汚俗を一洗するに足らざるなり。

【本義】

【註解】

七十  澤山食って大に働け

 或る人一飯に、米一勺づつを減らずれば、一日に三勺、一月に九合、一年に一斗余、百人にて十一石、萬人にて百十石なり。
此の計算を人民に諭して富國の基いを立てんと云えり。
翁曰く、此の教諭、凶歳の時には宜しといえ共、平年此くの如き事は、云う事勿れ。
何となれば凶歳には食物を殖す可らず。
平年には一反に一斗づつ取り増やせば一町に一石、十町に十石、百町に百石、萬町に萬石なり。
富國の道は、農を勤めて米穀を取り増やすにあり。
何ぞ減食の事を云わんや。
夫れ下等人民は平日の食十分ならざるが故に、十分に食いたしと思うこそ常の念慮なれ。
故に飯の盛り方の少なきすら快からず思う物なり。
さるに一飯に一勺づつ少なく喰えなどと云う事は、聞くも忌々しく思うなるべし。
佛家の施餓鬼供養にホドナンバンナムサマダと繰り返し繰り返し唱えるは、十分に食い玉えと、云う事なりと聞けり。
されば施餓鬼の功徳は、十分に食えと云うにあり。
下等の人民を諭さんには、十分に喰いて十分に働け、沢山喰いて骨限り稼げと諭し、土地を開き米穀を取増し、物産を繁殖する事を勤むべし。
夫れ労力を増せば、土地開け物産繁殖す。
物産繁殖すれば商も工も随って繁殖す。
是れ國を富ますの本意なり。
人或は云わん、土地を開くも開くべき町なしと、予が目を以て見る時は、何國も皆
半開なり。
人は耕作仕付あれば、皆
田畑とすれ共、湿地乾地不平の地、麁悪の地、皆未だ田畑と云う可らず。
全國を平均して、今三回も開発なさざれば、眞の田畑と云うべからず。
今日の田畑は只だ耕作差支えなく出来るのみなり。

【本義】

【註解】

七十一 重んずべきは民の米櫃なり

 翁曰く、凡そ田畑の荒れる其の罪を惰農に帰し、人口の減ずるは、産子を育てざるの悪弊に帰するは、普通の諭なれ共、如何に愚民なればとて、殊更田畑を荒して、自ら困窮を招く者あらんや。
人禽獣にあらず。
豈親子の情なからんや。
然るに産子を育てざるは、食乏しくして生育の遂難きを以てなり。
能く其の情實を察すれば、憫然是れより甚だしきはあらず。
其の元は賦税重きに堪へざるが故に、田畑を捨てて作らざると、民政届かずして、堤防溝洫道橋破壊して、耕作出来難きと、博奕盛んに行われ、風俗頽廃し、人心失せ果て耕作せざるとの三なり。
夫れ耕作せざるが故に、食物減ず。
食物減ずるが故に人口減ずるなり。
食あれば民集まり、食無ければ民散ず。
古語に重ずる處は、民食葬祭とあり。
尤も重んずべきは民の米櫃なり、譬えば此の坐に蝿を集めんとするに、何程捕え来りて放つ共追集めるとも、決して集まるべからず。
然るに食物を置く時は、心を用いずして、忽ちに集まるなり。
之れを追い拂らへ共、決して逃げ去らざる事眼前なり。
されば聖語に食を足すとあり。
重んずべきは人民の米櫃なり。
汝等又己れが米櫃の大切なる事を忘れる事勿れ。

【本義】

【註解】

七十二 狂える馬も飼葉桶を見て静まる

 宇津氏の馬、厩を離れて邸内を馳せ廻れり。
人々大に噪ぎ立ちける時、別當出で来りて、静かにすべしと云いて、飼葉桶をたたきて小聲に呼びければ、流石に猛く刎ね廻りし馬急に静まりて飼葉に付けり。
翁曰く、汝等心得よ。
世の中は何も六ヶしき事決してなし。
狗も来よ来よと云う計りにては来ず。
時々食を以て呼ぶ時速かに来る。
茄子もなれなれと云いて、なるにあらず、肥をすれば必ずなる。
猫の背中も順に撫でれば知らぬふりをして眠り、逆に撫でると一撫でにて爪を出す。
予櫻町を治めるも此の理を法として、勤めて怠らざりしのみ。

【本義】

【註解】

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