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阿修羅と怒りのエネルギー🔥

こんにちは。
idumi.artのいづみです。
周波数を整え、感性を高める動植物画デザインを作っています!


今回は【阿修羅】のお話です。

雲黒斎さん(黒澤一樹さん)の動画をみていると、阿修羅についての興味深いお話をされていました。
(私は禅サンガの会員ではないのでYouTube動画からのみの感想となります)


まずは、どぞー!

お話の要約

六道輪廻(ろくどうりんね)”とは、
人の精神状態、自我の働きのこと。

阿修羅(階層)とは…
怒りをエネルギー(燃料)として転換して
活動している状態のこと。

“怒り”は悪いとはいえない。

自分や他者を否定するのではなく、
怒りのエネルギーを
次に進むバネとして使うことができる。

ただ“怒ってる状態”というのは、
本人の心にも身体にも
負担・副作用が大きいもの。
その副作用がでない状態で、
うまく燃料に出来たら良いよね!
               というお話です。


阿修羅
と聞くと、奈良の興福寺にある阿修羅像が浮かびますよね。
仏法を守護する八部衆の一人(お釈迦様を守る者)です。


真正面の思い詰めたような憂いある表情は、他の仏像にはない魅力を放っていますよね。

この阿修羅像は、三面六臂(3像が合体し、3つの顔と6本の腕をもつ)であり、この三つの顔の表情がそれぞれ違うとのこと。

【幼年期の阿修羅】
唇をかみしめ、自らの過ちを認められない感情的で反抗的な段階

【少年期の阿修羅】
自らの過ちに気づいて悩み、懺悔している段階

【青年期の阿修羅】正面の顔
懺悔しつつも、希望を見出し悩みから抜け出しつつある段階


そして、もともと阿修羅とは悪神のイメージもありますよね!

wikiより


“血気さかんで、闘争を好む鬼神の一種。
原語のasuraは古代イラン語のahuraに対応し、
元来はahuraと同じく善神を意味していた。
しかし、のちインドラ神(帝釈天)などの台頭とともに彼等の敵とみなされるようになり、常に彼等に戦いを挑む悪魔・鬼神の類へと追いやられた。”              

なんか、気の毒…笑

神話では、不本意に鬼神に追いやられちゃってやけくそになってる感も否めませんが、そこに例の3つの表情(段階)と、黒斎さんのお話を合わせて、“阿修羅”という精神状態をみていくことで、大事な気づきがあるように思います。

黒斎さんも仰るように、日々生きていると自然と湧き上がってきてしまう“怒り、憤り”は避けられるものではありませんよね。
「私は怒ったことはありません」なんて人は居ないんじゃないかな。

怒りが湧いた瞬間に、阿修羅像の【幼少期】のように感情的にまわりに撒き散らすのか、その怒りをしっかりと感じながら(嘘つく必要はない)、いかにエネルギー転換し、自分のために燃料として活用するかは、自分次第。

怒りに任せて他者を否定したり負かすこと(それは自分を否定すること)よりも、湧き上がってきた怒りを「さぁこの燃料どう活かそうか」と考える方が、この世のゲームを楽しむために賢い選択な気がします。

ムカついて瞬間的に怒ってしまったとしても、
この正体は燃料であるのだ🔥ということを思い出して、少しづつ少しづつ実践していけば、情報空間への働きかけとなり、現象そのものが変化してくるはずです。
きっと、好ましいものに🩷

    みなさまのなかの“阿修羅”が
        攻撃ではなく
   愛の炎として燃え盛りますように‼️

仏画を描いていた時に依頼された作品です。
この時初めて阿修羅像を知り、
描くことでその美しさに魅了されました。
時を経て、このエネルギーの本質を知ることが
できたことにしみじみと感動しています❤️


※黒斎さんの動画内では
赦すこと」についてのわかりやすい説明がありましたね!

色界の“許し”→「許す私」と「許されるあなた」という相対関係がある

無色界の“赦し”→私もあなたも同一の同じものという観点で、対象でなくなっている赦し


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