『医道の日本』プレイバック! 第2回 鍼麻酔(1971年)
創刊より80年以上、通巻922号を数える中から、特に読者の議論を呼び起こした企画、時代を映し出した企画を振り返ります。
『鍼麻酔(1971年)』
1971年、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙のレストン記者による北京での入院体験記が日本で報道されたのを皮切りに、いわゆる「鍼麻酔」が大きくクローズアップされた。
これ以降、テレビ、新聞などのメディアが盛んに鍼灸を取りあげ、鍼灸治療が一般に広く認知されることとなる。
翌72年の『医道の日本』1月号の「新年のことば」でも「鍼麻酔」ブームについて数多く言及され、「100万ドルに価するPRである」などと様々に関心を集めている様子がうかがえる。
その後、欧米でも鍼麻酔ブームが起こり、本誌でも毎号のように「鍼麻酔」関連の報告が掲載されるようになる。
そして1973年9・10月合併号において、「針麻酔研究号」と銘打ち大々的な特集が組まれた。故・代田文彦氏による力作「針麻酔について」を筆頭に当時の名だたる業界人(芹沢勝助、代田文誌、米山博久、間中喜雄らの各氏、すべて故人)が筆を取り、「鍼麻酔」を日本の鍼灸界がどのように受け止めるべきかについて様々な提言がなされている。
その6年後。『医道の日本』では、79年6月1~5日に中国で開催された「全国針灸・針麻酔討論会」の模様を伝えている。
外国から招いた研究者は約90人、中国側の発表は約500題以上、当時の中国における最高指導者の1人である華国鋒主席が出席した、まさに国家を挙げた催しとなった。
※本記事は、医道の日本社のWebサイトで2009年2月9日に公開されたものを元に作成しております。
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