獣になれない日々の中に
生きるためには働かなくちゃいけない。
ひとりぼっちは嫌だから、誰かにとって、必要とされる自分にならなきゃいけない。
人として生きる上で、ごく当たり前の、必要な事柄を私たちは毎日こなす。
何の意味があるのかな?と思っても、波風立てないように、ただ黙って言われた通りにやり過ごして、おかしいと思っても強いものにはたてつかない。
その方が楽だから。
休みの日なのに鳴り止まない電話もLINEも、対応して当たり前。
ひどい時には旅行にでも行かない限り、私の休日はときどき、意味のない仕事の為になくなる。
そして謝るくらないなら頼まなきゃいいのに、気を遣ったふりでごめんねと言われ、たいした用はなかったから大丈夫ですと嘘の笑顔を振りまく。
心のどこかで、私じゃなきゃ出来ないからと言い聞かせて、他の誰でもなく、私だからここまで行き届いた仕事ができるのだとプライドを持って、あっというまに過ぎていく時間を、生活に費やす。
九十九社長に晶が吠えたとき、その言葉に、その場の誰もが共感していたのに、みんな表立って、自分の立場を表明しようとはしなかった。
多くの人は、そういう時、声をなくして、名前をなくして、その場の風景と化す。
自分にとって得なのはどちらだろうと計算しながら、長いものに巻かれることを選ぶ。
だって、本当は、あなたじゃなきゃダメだということなんてないのだと知っているから。
あの人だったらこうしてた。もっと細かい気遣いができたのに…。そんな不満を漏らすことがあっても、必要だったはずの誰かがいないことに、小さな社会は慣れていく。
他の誰でもないはずの私がいなくても、会社は潰れないし、世界は終わらない。
嫌なら辞めてしまえと言われても、簡単に辞めることは出来ない。
私たちは生活をしていかなきゃいけないから。
私がいてもいなくても回っていく世界の中で、誰かに必要とされる人になれるように、自分をごまかしながら奮い立たせる。
そしてそれは会社の中だけのことではない。
誰かにとって、必要な人になるために、人は自分をなくしていく。
好きな人の好みに合う服装に着替え、彼の価値観に合った言動を選び、本当の自分を見失って、相手のこともどんどん分からなくなる。
「そんなの繰り返したくない」と晶は言った。
ありのままの自分で愛されたらいいのに。
人を好きになることは、毎日がキラキラ輝くことだ。
自分がそこにいる意味を見つけられるきっかけになるはずなのに。
私たちの毎日はいきなりドラマティックには変わらない。
朱里の力になれなくて、爆発した晶が、社長に反旗をあげた時、仲間の誰かが、たった一言、その通りだと言ってくれたら、もしも懐に隠していた辞表をかっこよく叩きつけることができたら、恒星が粉飾決裁を断り切ることができたら、すがすがしいドラマティックな展開が待っていたかもしれない。
だけど、私たちの現実は、この2人の架空の物語と、似ていないようでとても似ている。
何か小さく変化することができても、一歩進んでは二歩下がるのが現実だ。
謝るしかなかった晶を見て、何もできなかった上野くんの悔しそうな顔も、流されるタイプに見えた松任谷さんの苛立ったような表情も、背景と化した2人の中の何かしらの変化が見えたけど、それで何かが大きく変わることはない。
そして私たちにフタをする誰かもまた、どうしようもない現実世界を生きているのも、とても似ている。
九十九社長はブラック会社に君臨する悪だろうか?
晶や上野たちの談笑を陰から心配そうに見ている彼はどこかコミカルでキュートだ。
きっと絶対的ボスである彼は、あの社内になじんでいない。そしてもっと社員のことを知りたがっている。
何を考えているのか、自分のことをどう思っているのか、みんながいきなりいなくなったりしないだろうか?
そんな心配をしては、絶妙にまちがっているやり方で、監視カメラをつけたり、こそこそ社員たちの会話を聞いていたりするのだろう。
大きな声で怒鳴り散らして強く見える彼もまた、人の気持ちを知りたいのに汲み取れないという悲しみの中にいるに違いない。
人の気持ちが分からない…というのは、誰もがどこかしら抱えている欠点だ。私たちは一人一人、育ってきた環境も乗り越えてきた試練もバラバラだ。
お互いにそれを理解したつもりで、すれ違いをあきらめては、受け入れたようなふりをしてやり過ごす。
京谷の優しさって残酷だ。
きっとみんなに愛されてまっすぐに育ってきた人だから、そのせいで京谷には分からない悲しみがある。
1話の冒頭で、呉羽の靴を見て
「ああゆうのってどこにアピールしてんだろうな?」と言った彼の違和感のある言葉の悪気のなさは、彼の残酷な優しさをよく表していた。
正しい女性のファッション=男性に好かれるファッションではない。だけど、京谷の中には、そういった考えを疑う余地もなく、それが誰かを傷つけるかもしれないということすら気づかない。
私たちの中には、残酷な京谷がいて、もしかしたら九十九社長や朱里もいて、呉羽になりたい晶や、素直に何かを望めない恒星がいるのかもしれない。
誰も悪くない。
誰も悪くないのにうまくいかない。
でも、うまくいかない世界だから時々は良いこともある。
うまくいかないから、ただ、この世界に生きて、誰かとビールを飲む幸せをかみしめられる。
なんてすてきな事だろう。
朱里がもう恋を繰り返したくないという晶に
「ずっと1人で生きていくの?」と尋ねたとき、晶は「1人なのかな?」と言い、話し始めた。
お母さんみたいな人と3人でビールを飲んだこと。
会社の同僚と仕事のことで喜び女同士で1000回のハグをしたこと。
飲み友達の部屋で夜通しゲームをして朝のコーヒーを飲んだこと。
「そういう一つ一つを大事にしていったら、生きて行けるんじゃないかな…1人じゃないんじゃないかな?」
恋や結婚をしなくても、やりがいのある仕事や夢がなくても、この世界には、手にとるように感じられる幸せがたくさんある。これからの私たちの幸せの形はきっと、とても自由に広がっていける。
晶はこの世界に必要とされていないと感じた夜、砂漠の中のオアシスもなかった夜、自分ととても違っていて、だからこそ楽でいられる飲み友達の中にいる、自分と少し似ているところを抱いた。
よく似た2人の絡みあった腕や指先は、お互いにとてもやさしく、違う身体を撫でていった。
私たちは1人じゃないのかもしれない。
例え1人ずつでも、時々2人以上になって、幸せを作っていければ、それでいいのかもしれない。
そして、
「それでも、愛されたいな。私は。」……
そう言った朱里の、すなおな願いが心刺さった。
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