IDL/R Design Dialogue vol.14「Transition Design for SX ゲスト:岩渕 正樹さん」全文テキスト付
Design Dialogue 第14回目の対話ゲストは、JPモルガン・チェース銀行 デザインストラテジスト、東北大学 特任准教授の岩渕正樹さん。今回のテーマは「トランジションデザイン」です。歴史のリサーチから現在地点を認識し、そこから望ましい未来への道筋を導出する「トランジションデザイン」の理論や方法論について対話しました。
パーソナリティはデザインディレクターの辻村和正です。今回は特別に、トランジションデザインの理解の第一歩になり得ると考え、新たに見出しを加えた対談の全文テキストもお送りします。
(音源はこちらからお聞きいただけます)
(収録日:2021年12月17日)
Guest:岩渕 正樹さん
NY在住のデザイン実践者・研究者。米JPモルガン・チェース銀行のデザインストラテジストとして未来社会のヴィジョンプロトタイピングに従事。また、東北大学特任准教授としてデザインの社会教育を実践。東京出身。Core77デザインアワード2020スペキュラティヴデザイン部門など受賞多数。Twitter:@powergradation
———本公開時、ここに目次が入ります———
はじめに
辻村:こんにちは、IDLの辻村です。今回でDesign Dialogue第14回になります。僕たちInfobahn Design Lab.が始めたラジオ番組IDL/Rのコンテンツで、チームメンバーや外部のゲストの皆さんと対話するプログラムになっています。今回のゲストは、ニューヨークから参加していただきました岩渕さんです。JPモルガンチェース銀行でデザインストラテジストとしてご活躍して、東北大学の特任准教授という形でも活躍されている方です。岩渕さん、よろしくお願いいたします。
岩渕:岩渕です。本日はよろしくお願いいたします。
辻村:よろしくお願いいたします。今僕の方で簡単に肩書きを説明させていただいたんですけれども、岩渕さんの方からこれまでの、主にデザイン関連の経歴、関係することを簡単に自己紹介いただければと思うんですけれども、お願いしてもいいですか?
岩渕:改めまして、岩渕正樹と申します。私は、元々のバックグラウンドは理工系でして、もともと東大で情報技術、コンピューターサイエンス、情報通信技術の研究をしておりました。主にヒューマンインターフェースという分野ですので、人間との接点がもちろんあるところですけれども、技術の視点から自分のキャリア、バックグラウンドが始まったという形になります。一方で、ヒューマンインターフェース、人間と機械との境界面を考えるにあたって人間がどう受け取るか、どう感じるかという側面も非常に重要でして、やはり技術と人間の関わりというところに非常に興味がありました。学校卒業後はIBMデザインというところで日本IBMのデザイナーとして新卒で入りまして、UI・UXデザインだったり、2010年代以降、デザイン思考というものが今まさに流行っているところだと思いますけれども、もう少しものを形作るデザインというところから思考プロセスとしてのデザインであったり、形のないサービスやビジネスを作っていくようなデザインに踏み込んでいったというのが社会人のバックグラウンドとして長く経験があります。
一方で、さらにその先のデザイン、デザイン思考の次であったり、今ビジョンやパーパスという話も言われていますように、超抽象的なデザインに興味がありまして、2018年から渡米して、こちらのアメリカ・ニューヨークのパーソンズ美術大学でデザインを学び直して、そのままアメリカでJPモルガンチェース銀行、日本にチェース銀行の支店がないのでピンとこないかもしれませんが、アメリカで言うメガバンクです。全米では支店数最大の銀行にデザインストラテジストという職種で働いておりまして。メガバンクで言う未来の金融、すなわち未来社会を形作っていくということをアメリカでやっているというところです。未来の金融、未来の貨幣、未来のお金というところで人々の生活がどう変わっていくのか、未来洞察×デザインという領域で今アメリカのニューヨークで働いています。
その一方でコロナ以降、オンラインでもある意味仕事がやりやすくなって、東北大学の特任准教授というポジションでこちらもラボを持って、生徒をつきっきりで指導するというよりは、教授陣と主に話し合って東北大学自体のビジョンを形作っていくであったり、未来の大学の役割というものを教授陣と共創していくという活動をしています。なのでもともとバックグラウンドは理工系、技術というところからUX/UIデザインに踏み出して、そこから自分の領域がサービスのデザイン、ビジネスのデザインという風にどんどん抽象的な領域に広がっていって、今はビジョンデザイン、チェース銀行でやっていることも未来の社会全体のデザインということをやっています。本日のテーマにもなっているトランジションデザインの議論や考え方を生かして仕事をしているというバックグラウンドになります。
ビジョンを力強く伝える・議論を誘発するための触知可能性
辻村:ありがとうございます。最後に本日のテーマがトランジションデザインと紹介いただいたのですけれども、まさに今日はトランジションデザインのお話がしたいということで僕からオファーさせていただいきました。その前に自己紹介の段階で、ご経験や幅広さがすでにお聞きになってわかったと思うんですけれども、その時点で僕も色々聞きたいポイントが盛り沢山でした。トランジションデザインのテーマに行く前にこの中のご経歴のところで聞いている皆さんも色々知りたいと思うので、質問させてもらいたいんですけれども、最後にまとめてもらったように、もともと東大でHCI(ヒューマンコンピュータインタラクション)、モノをデザインして人と技術がどう関わっているのかという研究をして、最終的に現在はサービスデザインやデザイン思考の実践を経てどんどん抽象的になっていくデザインを行っている、その現れとしてビジョンデザインという非常に先端的なデザインをされていると思うのですが。
抽象的なデザインを扱うにしても、モノを介してであるとか、具象物を介して可視化されたもの、ないしはタンジブルなモノを介して色々ディスカッションすることは非常に重要だと思うのですが、岩渕さんはどのように考えていらっしゃいますか? バックグラウンドとして物作り、エンジニアリング周辺をなさっていたと思うので、その経験と現在地との相対化、関係性をどう捉えていらっしゃいますか?
岩渕:おっしゃる通り、やはり職種としてデザインと名乗っている以上、そしてデザインと名を冠する以上、モノや人工物、可視化されたオブジェクトで物語るその側面は非常に重要だと思っています。こういったビジョンを策定しています、企業のミッションを共創していますと言うと、政治家になるんですかと質問をいただいたこともあります。持続可能な社会に向けて頑張りましょう、というようなそれももちろん一つの社会の変えていく方法としてあるかと思うのですが。
やはり言説という「持続可能」のような超抽象的なワードではなく、「持続可能」というものを組織がどう解釈して、どういうものとして提供していくのかという風に、組織もしくは団体がやりたいフィルターに通してモノに結晶化させる。それを通じて我々が実現したい未来はこうです、我々が持続可能という風に社会を変えていきたいものはこういう考え方です、ということをモノを通じて提供・提唱・訴えるというところが非常に重要ですし、やはりモノにすることで市民が理解できる、共有可能になる、より高い解像度で、こういう方向性でこういうことがやりたいんだということがパワフルに伝わるということがあります。そこにデザイナーの価値があると思ってやっています。
なので私自身ももちろん手を動かすことはあるのですが、自分1人でそういった大きなビジョンを形にするのは自分のケイパビリティを超える側面も多々ありますので、いかにプロジェクトメンバー自身をデザイナーに変革していけるかという側面も重要かと思っていますし、まさにデザインの民主化、デザイン態度という話も最近のキーワードとして出ていますけれども、「専門職であるデザイナーが職人としてあなた方の考え方を可視化します」というようなプロジェクトへの参画ではなくて、いかに参画しているメンバー自身の創造性を開放して一緒にモノを作っていけるかということも非常に重要です。まさに総合格闘技、作る部分ももちろんあるし、いかに啓蒙したり人々を巻き込んでいくか、というところも21世紀のデザイナーに必要な資質として含まれてきていると感じます。
辻村:そのあたりがまさにチェースでの肩書きのデザインストラテジストを体現していると思って聞いています。デザイナーでもない、ビジネスストラテジストでもない、いいとこどりと言いましょうか。二つの側面を兼ね備えるというところがある種、スタイリングだけしていればいいデザイナーでもなくて、一方で利益を考えているだけでもなくて、うまく相まっていく可能性が広がっている状態なのかもしれません。
岩渕:今まさにチェース銀行も、日本の銀行もデザイナーを採用したり、デザイン要請というものがあがっています。やはりアメリカの銀行もコロナを経て失業率が上がっている、経済格差がより広がっている、経済というものを中心とした未来の不透明感がアメリカでもかなり立ち現れてきているところですので、その先の未来をアメリカ全土でいかに運動的な未来を作っていけるかというところが非常に求められています。そういった職能を持つ人間としては初めて私が採用されたので、異分子が来たというふうに見られることもあって。私がそういった未来、キーワードをモノにして、モノを介してどんどん会話していくということで、最初は非常によくわからないものが出てきたと。混乱、カオスが立ち現れてきたところもあったのですが、やはりビジネスマン、ビジネスパーソンは基本的にはみんな未来を作っているわけです。いかに未来への議論、未来をどうしようかという議論に興味がない人はあまりいない感触で、そのコミュニケーションの仕方が今までは数値を出してROIを語ってみたいなところを、もっとモノを介して語っていきましょう、プロトタイプ作って語っていきましょうという風にミーティングのスタイルそのものを変革していくことをミッションとしてやっています。組織のカルチャー自体を変えていこうという、非常にチャレンジングなことをやっている気がします。
辻村:本当にそうだと思います。刺激的で本当に面白そうです。おっしゃる通り、日本でもやはり金融業界でデザイナーを採用するトレンドはあるし、まさに国家レベルで、それこそデジタル庁であるとかもデザインという概念をどんどん取り込んでいる状況かと思うんですけれども、おそらく先ほど岩渕さんがおっしゃったように、UI/UXというある種のデジタルアプリケーションをより効率的に使ってもらったり、アプリケーション自体を普及していくということがミッションという段階が、今の日本の立ち位置だと聞いていて思っていて。多分その次にアメリカで徐々に職種としてもおそらく金融業界でのデザインストラテジストのように増えていっていると思うんですけれども、そういったことが日本でも時間差で伝播してくることが今後の数年以内くらいのスパンで起こってきそうです。
トランジションデザインの実践を支える東海岸文化
岩渕:まさにそうだと思います。やはりニューヨークは結構面白くて、アメリカの中でも西海岸と東海岸で毛色が全然違うのですが、西海岸はやはりまだテック企業に勤めていない人間は人権がないくらいの、まだまだ技術ドリブンで世界を変えていくという文脈のカルチャーかと思うんです。東海岸は国連本部があったりとか、ニューヨーク自体が文化・流行の発信地でもありますので、かなり学際的な議論が起きていますし、技術で世界を変えていくのはもちろんなんですけれども、やはり金融の中心があり、文化の中心があり、いかにそういった非技術の分野で世界をリードしていくか、どう動かすかということを先端的に考えている都市だと思っています。だからこそアメリカの東海岸の銀行でこういうことをやったり、未来のインフラはどういう風に人々の生活を変えていけるんだろうか、みたいなところですとか、もうちょっと人々の生活基盤に根ざした部分だったり、金融とか環境という大きなテーマでいかに未来を形作るかということを先進的に考えている企業が結構ある印象です。
辻村:面白いです。アメリカも当然南北もそうですが、東西も非常に広いので、僕もLAに3年住んでいた時期がありまして、岩渕さんがおっしゃるように、結構土地も東に比べたら西にありますし、先端という意味では航空産業であったり映画産業であったり、テクノロジーが比較的近かったりというところもあって、やはりカッティングエッジな何かを作ろうという、いい意味ではモノづくり、新しい技術を使ってどう表現するかというところにフォーカスしたようなカルチャーがあると思いました。先ほど東大の研究は人間と技術の関係性をどう取り持つか、ということをおっしゃっていましたけれども、やはりそこの、いい意味ではそこに対して深掘りする良いカルチャーだと思うんですけれども、それをどう使って、どう社会に普及するかといったような周辺の、バウンダリーを広げていくというところだと東側の文化・やりかたとミックスアップすると非常に面白いでしょうし、やはりそこが東と西のユニークネスと言えるのかと思いました。
岩渕:日本でも働いていた経験がありますけれども、やはり(アメリカでは)ダイナミックさ、10年先の未来を提示してやろうという空気がありますし、それに向かってどう第一歩をやっていこうかという。あまり予算が、ということはなくて、やはりダイナミックに世界をいかに変革するかという、まさにミッション・パーパスドリブンで動けるカルチャーがあります。そこは非常に、アメリカのカルチャーはダイナミックで面白いと思います。
学際性・多元性・超長期性
辻村:岩渕さんのこれまでの経歴からアメリカ、とくに東海岸のカルチャーの話で、さらに掘り下げることはできると思うんですが、一旦この辺にしておきます。これからの世の中、これからの金融を考えるという話と強く接続すると思うんですけれども、そういうビジョンを作っていく、デザインしていくための、場合によっては手段としてのトランジションデザイン、方法論という位置付けもできると思うのですが、今回岩渕さんに特にお話を聞きたいと思っていたトランジションデザインに関しての話にまさにトランジットしていこうと思うんですけれども、おそらく日本のこういったデザイン界隈、デザイン×ビジネスの界隈でも、トランジションデザインはまだまだ新しい言葉で、もしかしたら初めて聞く方のほうが多いかもしれません。岩渕さんに、トランジションデザインの概説と、アメリカで実際トランジションデザインがどう認知・認識されているかということを語ってもらいたいと思うんですけれども、よろしいですか?
岩渕:トランジションデザインという言葉自体は2015年にアメリカのカーネギーメロン大学という大学がありまして、アカデミック系のデザインの理論を作って、デザインの論文をどんどん書いていく学校として世界トップクラスの大学なんですけれども、カーネギーメロン大学のデザイン学部から提唱された新しいデザインの理論です。デザインの対象物、ユーザーの問題、組織の抱えている問題がどんどん拡張されていった先の21世紀、地球規模の複雑な問題(wicked problem)、たとえば気候変動、移民問題、経済格差、今まさに起こっているパンデミック(のように)、色々な要素が絡み合って、単品の技術一辺倒では解決できない、地球規模の超巨大な問題にいかに対処するかということを語っているデザイン理論になっています。重要な点、これまでのデザイン論と異なる点は、基本的にはデザインの対象がどんどん広がった先にあるデザインという形だと思うんです。
三点特徴を挙げると、一つは超学際的です。たとえばAIの技術者集団で何か問題を解いていく、ということではなくて、AIの技術者集団もいれば経済学者もいれば、それをどういう風に運用されていくのか、ビジネスの専門家もいれば、複数の専門家が同じ土俵に立って検討していく学際性も非常に重視されるのが一点。
二つ目は多元的なデザインという言葉も最近出始めていて、もはや超巨大な問題を解くためのユニバーサルな何か方程式のようなものはなく、一元的に、法のようにこれさえ使えば世界全ての問題が解消することはないので、トップダウンで一元的にこれをやれというよりは逆にボトムアップで、各地の文化、各地の問題に根ざした活動を各地の人間が自主的に起こしていく多元性、色々なところでそういった活動を勃発させていく、ローカリズムとも言われたりしますが、そういったことを重要とする考え方です。
三つ目は射程が超長期のスパンで考えるということ、目の前の1年2年先の未来、1年2年先に必要となるプロダクトを考えるのではなくて、少なくとも5年または10年先の未来がどうなっているか、もはやそこまでいくとどうなっているかの予測は通用しない領域になってきますので、どうしたいか、自分たちがどういう未来にしていきたいか、意思でドライブさせていくことが求められている。
どちらかというとユーザーに聞いてユーザーが困っているからデザインする他己紹介的な、人に聞いて人から出てきたものをデザインするというよりは、自分の内に秘めているもの、どちらかというとアート的な、自分たちがどうしたいかが問われているところで、既存のデザインの考え方と少し異なっている部分があります。一方で、トランジションデザインが全てのプロジェクトに適用できるかというと、そういうことでもないと思っていまして、もちろん今必要なプロダクトなら、ユーザーセントリックなデザインの方が向いていると思いますし。やはり先行きの見えない未来や、こういったパンデミックをどうしていくのか、どうなったら我々は解決したとみなせるのか、答えが定まっていないような未来の問いを考えていくようなプロジェクトに非常に向いている理論だと思っています。
デザイナー的多元性を専門家にインストールする
辻村:先ほど2015というキーワードが出ましたけれども、岩渕さんが通われていたパーソンズで、2015年にサービスデザインのグローバルカンファレンスが行われたんです。僕はそこに参加していて、ニューヨークのパーソンズの格好いい建物、たしかモーフォシス(注:アメリカの建築設計事務所)がデザインしていると思うんですけれども、そこで、結構大きな講堂、レクチャーできるようなホールがありますよね。そこで、keynoteがあって、テリーとキャメロンが2人でユニットのようにトランジションデザインをカーネギーメロンで始めたとプレゼンテーションしてくれたときがありまして。正直、先ほど、トランジションデザインに向いているプロジェクトとそうでないプロジェクトという議論にあったように、やはりサービスデザインは基本的にはサービスを開発するので、ユーザーに聞いて改善していくというような、ヒューマンセンタードなHCDのプロセスや、いわゆるデザイン思考のプロセスを下敷きに、背景に持った進め方をすると思うんですけれども、サービスデザインのグローバルカンファレンスはやはりそういった事例紹介のディスカッションが多いのですが。
トランジションデザインのテリーとキャメロンのプレゼンは全く違って、僕がその時のカンファレンスで今でも思い出に残っているのは、そのトランジションデザインの紹介と、もう1人がポリシーデザイン(?)を紹介したクリスチャン・デイソン、デンマークのデザインセンターのヘッドのkeynoteがあったのですが、やはりそこは明らかに今までのUX/UIやサービスデザインの文脈とはトラックの違う話をしてくれたというところで非常に思い出に残っている、個人的な思い出があります。岩渕さんがまとめてくれた三つのポイント、学際的である、多元的である、時間軸を非常に長くとる、というポイントがあると思うのですけれども、この三つのポイントをうまく回収しながら、特にビジョンを考えたり、先行き不透明な状況に対する灯火を照らすことが必要とする時は三つのポイントをうまくミックスして使うというやり方をするのでしょうか? 単品単品でもかなり奥深くて、トランジションデザイン全体でも手広く、総合格闘技的なところがある中でも、学際的とか多元的で非常に懐が深くて、横幅もあって、いい意味でコンプレックスな状況ですよね。そこをどうマネージするかというところが面白かったり難しかったりするかと思ったのですが、実際はどうでしょうか?
岩渕:まだまだ理論として出始めたところですので、それをどう実践に結びつけていこうか、みたいなところが不足している。世界レベルで見ても、カーネギーでこんなのがあるぞ、とやっている人がなかなかいない状態です。私も試行錯誤しながらトランジションデザインに関わりそうなことを吸収しながらやっているところがあります。
私自身の最近の気づきで言うと、例えば学際性が大事だと言って、経済の専門家、なんとか業界の専門家、と専門家をどんどん集めて話し合いましょう、みたいな方向に行っちゃう人達ってたまにいるんですけども、トランジションデザインで扱う問題とは複雑な問題であってですね、特定の専門家を呼んできても、そのテーマに精通しているかどうかと言うのはわからないところがある。また、企業でそれをドライブしていくとしても、その企業のビジネス領域x複雑な問題を考えるようなプロジェクトもあるので、必ずしも特定の領域の専門家を読んできても成功しないことが結構ある。
というよりかは、先ほど私も言ったように、いかに人々をデザイナーに変えられるか、プロジェクトメンバー自身が学際性を獲得できるかが大事になっていてですね。複雑な問題の、トランジションデザインの第一のプロセスとして複雑な問題を紐解きます、どういった要素が複雑に絡み合っているのか、一回ブレイクダウンして考えますみたいな人文学的なリサーチに近い作業をまずやりなさいというのがあるわけですけれども、プロジェクトの与えられたメンバーの中で緊密にコミュニケーションしてどういうエリアにフォーカスして調べればいいのか、自分の領域外であっても調べて吸収して、ここから知見が得られました、というのをチームが吸収していく。そして得られた知識から、次はここをリサーチしようか、と柔軟にピボットしながら、リサーチを行えるようなチーミングをしていくことが必要になっていると思いますね。
辻村:今聞いていて、学際的であるとか多元的であるというのは、そう言った人達ないしは情報を構成要素として事前に集めるというよりは、結果参画している人の中で学際性や多元性を帯び始めてくる、変化してくるみたいなところが重要そうですね。
岩渕:トランジションデザインの中ではもう一つ非常に重要な考え方として、現在のスナップショットだけで見るのではなくて、それがどういう起源で、いつから始まって、パンデミックにしても、昔に疫病が流行った時ってどういう対処をしてどういうふうに収束していったんだっけ、という過去の叡智からインスピレーションを得るところも非常に重視されていまして。そういう意味でも、調べれば調べるほど新しいテーマが見えてきて、終わりがない。柔軟に、事前に決められたこれとこれとこれを調べて終わり、ということではなくて、どんどん深掘ると新たなテーマが見えて。こんなところに政治の話と環境の話が関連していた、と全く違う交差点が見えて。そこをさらに深掘りして。柔軟に探索していく態度は非常に重要かなと思いますね。
トランジションを描くことは矢印を描くこと
辻村:そういった有機的に繋がっていくと言いましょうか、プロセス自体も進行していって、単線的というよりは複雑に行ったり来たりをいい意味で繰り返しながら続くと思ったんですけれども、そんな中でもある程度、フレームワークというかステップ、段階のお作法はあるんですか?
岩渕:トランジションを描くためには三つの要素が必要だと思っています。移行するということで、未来へ向けた矢印を頭の中にイメージする方がいるかと思うんですけども、その矢印を引くためには、出発地と目的地の二点が定まらないと矢印を引くことができない。なので、現在をちゃんと見極めましょう。複雑な問題が色々起きているけれども、何をその組織は切り口として重要視していくのか、何を変えていきたいのか、現在をどう解釈するのか。過去のリサーチを含めて現在をまずリサーチして、複雑な世界の中で自分たちがどこに立っているのかをちゃんと定めましょう、というプロセスがあります。
その上で、特定された何か、重点課題が全く解消された理想的な社会を、現在のシステム、教育、政治システム、インフラなどの枠を飛び越えて理想的な世界を、二千うん十年かには実現したらいいな、という世界を思い描く。そうすると出発地と目的地の二点が定まるので、矢印の原型がおぼろげに見える。じゃあその中間地点はどんな状態なんだろうか?という議論になって、どういうふうに第一歩で、人々の意識を変えていったらいいのか、が浮かび上がってくるプロセスを踏む形になっています。
出発地、目的地、矢印という三ステップを簡単に言いましたけれども、一つの球自体が非常に大きくてですね、なかなか、これをもって終わりというものも定めづらいという問題などあるわけですけれども。そこはまさに、長期の未来の姿なので、プロジェクトメンバー自身の納得感、自分たちが当事者としてこういう未来にしていきたいという腹落ち感が非常に重要かなと思っています。
歴史的に変わるものと変わらないものの線引き
辻村:これまで出てきたワードでいきますと、まず未来を考える。未来の中でも、複雑な未来ないしは厄介な問題を解決した後の状態を、ある種スペキュレートといいましょうか、思索することが必要な時にトランジションデザインという方法がうまくはまりやすい可能性がある、という感じかなと思いました。そう言った未来を考えるときに、まずは問題が起こっている現在、それがどう解消されるかを探ると思うんですけれども、過去に対しても、先人の知恵を借りるであるとか、他のデザインリサーチの手法と比較すると非常にユニークな視点なのかなとトランジションデザインを俯瞰して思いました。
これまた先ほど岩渕さんのお話にも出たように、どこまで調べたらいいのか問題と言いましょうか、過去ってやっぱり無限にある。日本の過去でいいのか、西洋とか、またはアメリカの過去がいいのか、中国の過去がいいのかとか。空間的にも広がりがあって。時空間どこまで広げたらいいのか問題、というのが出てくるのかなと。その辺ってどういう線引きと言いましょうか、そこもディスカッションを進めていく中で、必要十分と言いましょうか、ある程度ここまで取れればいいねという腹落ち感のディスカッションでもあるのかなという気はするんですけれども。いかがでしょうか? リサーチスコープをどこまで広げるか問題にどう向き合うか。
岩渕:それはまさに難しい問題で。トランジションデザインという方法論の中にも、そう言った話が書いてあるわけではないので、まさに実践の中で探りながらやるということでプロジェクトでやる。私もトランジションデザインでいくつかのプロジェクトをやっているわけですけれども、やはり時間的な制約があるわけですので、こういったアウトプットが出ればOKですという線引きよりは、問題に対応するための、私の中で一個重視しているのは、変わるものと変わらないもののを線引きすることを心がけています。これは何を言っているのかというと、我々iPhoneを使っているわけですけれども、30年後はiPhone30というものが出るんでしょうか?というのは分からない。予想がつかないわけです。でももっと普遍的な、人間的なニーズみたいなところで、例えば承認欲求みたいな、自分のやった活動を共有して人に知ってもらいたい・いいねを貰いたいという欲求のレベルだと、もしかしたら30年後も同じようにそう言った要求が存在しているかもしれない。
私が京都でやったトランジションデザインのプロジェクトがあるんですけれども、それは平安時代からインサイトを得ました。和歌を詠むという活動は、自分の教養をひけらかして信頼やいいねを集めるということで、平安時代でも行われていたというインサイトを得て、そう言ったものがその時代の人間も持っているんだとしたら、きっと未来の人間も持っているだろう、みたいな形で。今ある技術とかプロダクトが30年後存在するか、というレイヤーでは未来の議論は発散してしまうけれど、人間の愛情は30年後もきっとあるよね、伝統芸能は消えたら悲しいよね、という話(につながる)。自分たちが何を残したいか、何が変わってほしくないか、何が変わらないのか、みたいなインサイトを、過去を遡ることで得ていくことが重要かなと思います。
辻村:なるほど。表層的に移ろうものというよりは、深層で変わらないものないしは普遍的なものを探れる、そこに行き着くことが、どのくらい過去を、大きな価値観の変化であったりとか価値観の変わらなさが発見できるかというところが、結果としてのリサーチスコープになるということでしょうか。
岩渕:そんなイメージですね。だからなかなか、「一ヶ月で答えが出ます」のような宣言をするのは、なかなかちょっと難しい(笑)。なので、リサーチをやりながら不足している観点を専門家に聞いてみるとか、追加アクティビティもしながら、与えられた期間で、この先30年40年変わらないんじゃないかな、みたいなことが浮かび上がってくることがポイントだと思います。
持続可能性のオリジナルなありかたを見つけるために
辻村:変わらないということで言いますと、ビジネスの文脈でトランジションデザインがカーネギーメロンで開発並びに実践されているという背景を考えると、言ってしまえば研究であったり教育というところから始まった。それがビジネスでどれくらい使えるのかというところが、まさに現在進行形で、岩渕さんを初め世界でいろんな方々が試されていると思うんですけれども、ビジネスの文脈で未来を考えるとなると、どうしても今の世の中的な状況を考えると、サステイナビリティであるとか、どのくらいサステインする、持続可能なのかっていう議論て結びつけやすいと思っていまして。
ビジネスの場合はお金儲けそのもの、企業ないしはサービスを継続させるというサステイナビリティと、表裏一体であると思うのですが、社会自体のサステイナビリティという二側面が考えられると思うんですけれども、巷ではサステナビリティトランスフォーメーション、SXという言い方をビジネス文脈でも最近よく聞くようになりました。SXを求めた時にトランジションデザインが効果的に使われる余地がありそうなのか、いやいやなかなかそんなに簡単ではないよねとか、その辺もしアイデアがあったらお聞きしたいです。
岩渕:トランジションデザインで導き出す未来というのは、複雑な問題が解消された理想的な社会という、非常に大きな文脈なので、今のビジネスプレイヤーたちの目指す北極星を作り出すという側面があってですね。例えばサステナビリティが大事だ、どんどんカーボンフリーにしようという話であったり、数値目標としてそれを追うようなプレイヤーがいたとした時に、そう言った性能数値としてそれを追い求めている人たちに、それを追求した結果こういう社会になるんですよ、という大きな文脈を提示することで、我々はサステナビリティに向かっていると言っても目の前の景色しか見えていなかったみたいな、そこで新たな気づきがある。そういう社会にしたいんだったら、こういう人と手を組まないとね、と新しいパートナーシップが見えてきたり。単に既存の製品をどんどん改良することで地球環境に貢献するのとは別のレイヤーで新しいコラボレーションやアイデアが生まれることが期待されると思います。
辻村:トランジションデザインで、過去を時空間広めに分析の対象として、そこをインスピレーションの原動力として未来に投機する、スペキュレイトするみたいなところがあるので、仰ったように理想的な状況ないしは今現在をある種批評的に克服する状況を掲げる意味では、トランジションデザインの中でも発想法・思考法としてスペキュラティブデザイン的な側面があるのかなと思っていて。スペキュラティブデザインって、よく言われるところの解決策を提示するというよりは問題意識を提示した上で解決方法は聞く側に委ねるという態度もあるかなと思うんですが、トランジションデザインで描く未来というのも、理想的な着地点を提示して、そこまでをどうやって今から作っていくのか、という方法は未来を投機した以外の人の手に委ねるという態度にもなるんですか?
岩渕:私個人としては、スペキュラティブデザインというのはトランジションデザインの理論の中に含まれている。でも少し毛色が違うと思っています。スペキュラティブデザインはありうる未来(possible future)ということで、今考えている範疇でない未来であったり、こんな未来もあるよというものを提示することに重きが置かれている。トランジションデザインはありたい未来を思い描く側面が強いかと思っていまして。いかにサステナブルでヒューマンな未来を思い描くかというところがトランジションデザインにもはっきりと銘記されていますので。可能性の提示ではなくて、向かいたい未来を提示することが、一つキーとして掲げられているように思っています。
辻村:そう言った意味では、フォーカステーマが絞られた上で、理想的な状態を目指すために広く深く過去を掘り下げながら、未来を理解していくみたいなところが、違いとしてありそうですね。スペキュラティブデザインとの違いとしては。
岩渕:そうですね。まさにチェース銀行で私がやっているプロジェクトも、両方あるんですけれども。AIやブロックチェーンのような割と技術的なテーマだと、それが我々の組織においてどんな可能性があるのかを探索するみたいなプロジェクトもある。それだと、未来の可能性を提示することに重きを置かれるわけです。アメリカでも今はハリケーンや山火事など、気候変動を無視できなくなっていて。そこに対して、銀行という立場でいかにアプローチしていくか? 気候変動自体を防ぐ技術を開発するわけではないですから、気候変動の影響を受ける人たちが増えると、人々の住まいかたとかお金の使い方はどういうふうに変わりうるだろうか?というふうな。そう言った中でもレジリエントな生き方を我々としてどうサポートしてくか、そういった考え方になる。
やっぱりチェースでやっているから、そういうアプローチになる。また別の企業でやれば、別のアプローチになる。思い描きたい未来という組織のレンズを通すと、少しまた違ってくる。そこがさらにトランジションデザインの奥深いところだと思います。
おわりに
辻村:奥深いですね。ありがとうございました。なんだかんだ一時間くらいおしゃべりしてしまったところで、纏めに入ろうかと思います。案の定と言いましょうか、岩渕さんの最初にご経歴から、そこの話が非常に盛り上がってしまったという、ある種の反省点はありつつも態度としてトランジションデザインってこういう視点で考えていくべきだ、というところの提示であるとか、あとはそのステップ。過去を空間的にも時間的にも広く、学際性や多元性で広く捉えるというところを回収しながら、サステナビリティないしはヒューマンな未来を思い描く。こうありたいという想いの部分を提示するのがトランジションデザインの未来の描き方の特徴なのかな、というところのディスカッションまでさせていただいて。
トランジションデザインという方法論を考え方として紐解けた、というところも僕自身の収穫としてあります。
岩渕:最近日本の企業さんからもトランジションデザインについてのセミナーをとお声がけいただくこともあるんですけれども、最低五時間必要ですというふうに言っていてですね(笑)。この時間の中では伝えきれない話もいろいろあるんです。最初に申した通り、これからは、いかにデザイナーでない人たちがこういった領域に興味を持って参画できるか、ということが重要でして。どんどんトランジションデザインの仲間を増やすのが、目下の課題と思っています。そこを少しでも興味を持っていただける方がいると嬉しいです。
一方で、学生にもトランジションデザインをやりたいけれど、何から学べばいい?全部盛りすぎて、どうしたらいいですか?という質問を受けたりするんですけれども。若い方には、焦るなと(笑)。焦らずに、自分の一本の専門性を身につけて、それをどんどん広げていくことをしていかないと、学際性を身につけるためにあれこれやった結果中途半端になってしまうこともありますので、焦らず、自分の専門性を磨きなさいと言っています。そこらへんの、キャリア形成についてもまだまだ語りたい話がいっぱいあります。
辻村:そうですよね。なんだかんだデザインなので、可視化したり表現したりというところはどうしても必要になってくるスキルの一つかと思います。そう言ったことを一つずつ固めながら、という感じですかね。学生さんへのアドバイスとしては。
岩渕:そうですね。デザイナーとしての資質は確実に必要になる分野だと思いますので、それが超巨大になった問題解決というプロセスだと思いますので、まずはデザイナーとして専門性を身につけることは、必須のスキルセットだと思います。
辻村:ありがとうございます。最後、若き将来のトランジションデザイナー、肩書きとしてもトランジションデザイナーというのが名詞の肩書きに出てきそうな未来も、近くあるかもしれません。そこは僕も楽しみにしたいと思います。
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