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マーシャル諸島に新しい貨客船の建造・調達を支援【日本国際協力システム(JICS)援助をカタチに】

海上輸送体制を強化し離島住民の暮らしを守る
日本政府は第10回太平洋・島サミット(PALM10)を機に太平洋島しょ国に対する支援策を相次いで表明したが、無償資金協力の「経済社会開発計画」による船舶の供与が目立った。この分野で専門性を発揮しているのが(一財)日本国際協力システム(JICS)だ。このほど完了したマーシャル諸島に対する新貨客船の調達に、JICSの取り組みを探った。


増加傾向にある船舶供与

 7月16日から18日まで「太平洋・島サミット(PALM10)」が東京で開催された。6年ぶりの対面開催となったPALM10には16の太平洋島しょ国・地域の首脳に加え、豪州、ニュージーランドの閣僚クラスが参加。国際秩序の維持による域内の安定と発展、開発課題を踏まえた支援策などについて議論が深められた。
 日本政府の太平洋島しょ国に対する支援は、PALM9で採択された「太平洋のキズナの強化と相互繁栄のための共同行動計画」に基づいており、今回のサミットでも同計画が重点を置く「気候変動・防災」、「法の支配に基づく持続可能な海洋」などの分野で支援策が次々と表明された。
 特に今回注目されるのは無線機などの防災機材に加え、バヌアツ、パプアニューギニア、マーシャル諸島などに対する漁業調査監視船の調達支援が集中したことだ。いずれも水産資源量の増減や分布のモニターなどに活用し、水産業の持続的な振興につなげていこうというものだ。無償資金協力の「経済社会開発計画」(以下、経社)により供与される。
 近年、太平洋島しょ国に対しては経社によるさまざまなタイプの船舶調達が増える傾向にあるが、建造が必要になる規模の大型船舶は通常の調達代理業務にはない難しさ、案件監理上の工夫などが求められるようだ。この地域に対する経社で豊富な実績と経験を持つ日本国際協力システム(JICS)の取り組みを見てみよう。

新造貨客船「アイリンラプラプ号」の進水式。
マーシャル諸島には約10年ぶりの貨客船供与となった

海上輸送体制の強化

 マーシャル諸島に対する経社「海上輸送体制の強化のための支援」につき、交換公文(E/N)が結ばれたのは2021年7月22日。供与額は9億円。
 マーシャル諸島は29の環礁と大小多数の島々で構成されており、広大な海域に国土が散在する、人口約4万2,000人(2022年/世銀)の国である。散在する島々で暮らす住民の移動、生活物資などの確保は海上輸送に大きく依存しており、船舶はいわば彼らの生活を支え、守る不可欠の輸送手段になっている。ところが、船舶が不足していることから、十分な輸送が出きず、環礁によっては必要物資の供給が慢性的に停滞する状況にあった。今回の経社は、こうした状況に対応し、新しい貨客船を調達し、海上輸送体制の強化を目指したものである。
 プロジェクトマネージャー(PM)を務めたのは、船舶調達で豊富な経験を持つJICS業務第一部地域第二課参与の佐藤裕氏だ。佐藤氏によれば、2013 年の一般プロジェクト無償で建造・供与された貨客船「クワジェリン号」(以下、現行船)があり、ゼロからではなくその船の運航状況などをベースに先方から改善要望などを聴取。その声を反映しながら設計を進めるなど効率的な進捗が図られた。
 「一隻目の経験と基本情報をもとに、コロナ禍での円滑な実施を図るため、オンライン会議を通じて協議を重ね、調達に必要な準備を効率的に進めることができた」と佐藤氏。また、佐藤氏とともに案件監理にあたった業務第一部地域第二課の山本翔太氏は「先方はレスポンスも早く、現行船の改善点についても具体的に要望を出していただき、その声を効果的に設計に生かすことが出来た」とふり返っている。

業務第一部地域第二課参与
佐藤 裕 氏
業務第一部地域第二課
山本 翔太 氏

きめ細かい案件監理業務

 企画競争により、コンサルタントに選定されたのは(一財)日本造船技術センター。設計と監理建造の2フェーズで契約を結び、同センターとJICSは現行船の設計図や基礎情報をベースに先方とオンライン会議を重ね「改善点を聞き出し、仕様を固めていった」(佐藤氏)。また、競争入札を経て発注された造船所は広島県呉市の警固屋(けごや)船渠(株)。現行船を建造した造船所で、ノウハウは豊富であった。
 先方からの改善要望の中で、特に強い希望が出されたのはガソリンタンクの装備であった。現行船ではドラム缶にガソリンを入れ、離島間を巡航。沖合に停泊した船までポリタンクなどを持った住民に来てもらい、ドラム缶から供給する形が一般的だったが、タンクの設置によりガソリンスタンドのように供給できれば利便性の向上につながるとのことであった。
 建造工程は平均18カ月。通常の資機材案件に比べ、調達進捗の把握や監理業務の難易度は高くなる。
 JICSでは、先方に対するメールやコンサルタント監修による月次レポートなど定例の案件進捗報告に加え、必要に応じ随時オンライン会議を行い、先方との緊密なコミュニケーションを確保。ニーズに沿った調達の実施と長期にわたる工程においても案件に対する先方の集中力維持に努めた。前出の山本氏によると、造船所の背後に広がる高台から、徐々に船体が出来上がっていくプロセスを定点観測し、写真で記録することをコンサルタントや造船所の関係者に依頼し、その記録写真を月次報告書に入れるなど、先方の期待に応える工夫を凝らした。
 船体には細かな装備が必要であり、日・マ両国間で逐次確認・調整を行った。マーシャル側のニーズと日本政府の開発協力方針やコンサルタント・メーカーの技術など、日本側のシーズとをマッチングさせ円滑に案件が進むよう調整していく、それがJICSの「インテグレーター」としての役割である。

生活物資の安定供給に期待

 今回の経社により新たに建造された貨客船「アイリンラプラプ号」(730G/T国際総トン数)の進水式が執り行われたのは、2023年11月30日。
 同船には要望の強かった船体付きのガソリンタンクが設置されたほか、現行船に比べ船長を約5m延長。搭載貨物容量を増加した。また、船体の大型化に対応し、主機関の必要出力をアップするとともに、エンジン効率を改良し燃料消費の大幅増を抑えている。
 完工後の研修プログラムには、マーシャルから現行船に乗る船長、機関長、一等航海士の3人を広島に招聘。操船、機器操作とメンテナンスなどのトレーニングを実施した。アイリンラプラプ号は現行船とほぼ同型であり、研修はきわめてスムースに進行した模様である。
 その後、日本人船長と日本人クルーによる操船の下、当該3人は新船のマーシャル回航に乗船。PMの佐藤氏によると、マーシャル諸島のマジュロ港までノンストップで航行・入港したという。
 燃料や食品などの生活物資、住民の収入源であるコプラなどの商品貨物の運搬でアイリンラプラプ号が活躍することが期待される。

進水式には在京大使をはじめ両国関係者が出席した
新造船舶の安全航行を祈願(進水式で)

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本記事は国際開発ジャーナル2024年9月号に掲載されています。
(電子版はこちらから)


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