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【BOOK INFORMATION】天皇陛下の水研究の軌跡

『水運史から世界の水へ』
新型コロナウイルスの感染拡大によって、手洗いに欠かせない安全な水の供給に注目が集まっている。2019年に即位された徳仁天皇陛下は、以前よりこうした水の問題を研究されており、国際社会でも数多くの講演をされている。それらの講演内容をまとめたのが、本書だ。陛下と親交の深い廣木謙三氏が紹介する。


 本書は天皇陛下が大学卒業後から皇太子時代を通じて行った水に関する御講演の内容を自ら再編しまとめられた講演集である。陛下は学生時代から現在に至るまで、「水」の課題に関する研究をライフワークとして取り組まれてきた。
 研究の始まりは、1980年代にさかのぼる。学習院大学時代に「中世瀬戸内海水運の一考察」と題した研究論文、英オックスフォード大学時代にも「18世紀テムズ川における輸送船舶及び輸送業者について」という論文を執筆された。どちらも本書で詳述されており、特に後者は英国留学生活の軽妙なエピソードとともに紹介されている。
 その後、86年に陛下がネパールをご訪問された際、同国ポカラ市郊外の共同水汲み場に列する女性や子供たちの姿を見たことをきっかけに、陛下の研究・活動対象は専門性の高い「水運史」から「世界の水」へと広がっていった。
 皇太子時代には、2007年から国連の水に関する諮問委員会の名誉総裁を8年間務められ、水に関する主要国際会議での11本に及ぶ基調講演などを通じ、水問題解決への国際社会の連帯を呼びかけられた。こうした陛下の国際社会への貢献に対し、潘基文国連事務総長(当時)は「皇太子殿下(現陛下)の傑出した業績と深い識見に心からの尊敬と感謝を表します」と述べている。
 18年にブラジルの首都ブラジリアで開催された世界最大の水会議「第8回世界水フォーラム」における陛下(当時皇太子殿下)の基調講演が成功裡に終了した夜、筆者は陛下と夕食をご一緒した。その時、陛下がふと「水は色々なところ(=さまざまな分野)に流れていきますよね」と話された。
 例えば、世界には安全な水道水にアクセスできない人が20億人いるが、そのために子供や女性は何時間もかかる水汲みに行かされ、彼らの教育・就労の機会を奪っている。また、気候変動により増加している干ばつや大洪水といった水災害は、世界の貧困と社会格差を拡大する。陛下は水というレンズを通じて、こうした貧困や気候変動、食糧、ジェンダー、教育格差といったさまざまな課題をも見据えておられることが、先の言葉から感じられた。
 本書では、そうした陛下のお考えや、陛下の水への思いがどのように深化しているかという軌跡を知ることができる。加えて、水問題とそれを通じた持続可能な開発に関わる課題が陛下の歴史家としての視座で語られており、科学者や技術者、実務家にとって新鮮な論点を提供している。同時に、学生や世界の水問題に初めて接する人にもわかりやすい言葉で語られており、世界の水問題を知る入門書としても本書は好適である。
 水の研究と講演活動を通じて国内の恵まれない人々はもとより、海外の恵まれない人々にもできる限り手を差し伸べていこうという陛下の思いは、国際社会と協調し世界と共に歩む令和時代の日本の姿と重なって見える。国際社会の中の日本を支える、本誌の読者にぜひ読んで頂きたい一冊である。


『水運史から世界の水へ』
徳仁親王  著
NHK出版
1,600円+税


・Amazon

・紀伊國屋書店


掲載誌のご案内

本記事は国際開発ジャーナル2020年8月号に掲載されています
(電子版はこちらから)


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