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【BOOK INFORMATION】草の根の日中開発協力を語り継ぐ

『日中未来遺産 中国「改革開放」の中の”草の根”日中開発協力の「記憶」』
 世界第二の経済大国になった中国の農村開発や地方の発展に日本人の草の根協力があったことが意外に知られていない。著書『日中未来遺産 中国「改革開放」の中の“草の根”日中開発協力の「記憶」』(日本僑報社)で4人の日本人の功績を紹介した拓殖大学教授、岡田実氏に出版の背景や狙いを尋ねた。(聞き手:本誌編集委員・竹内 幸史)


“ダブル40周年”を機に執筆
―国際協力機構(JICA)北京事務所での勤務など、中国との開発協力に長年携わって来られました。本書執筆のきっかけは何ですか。

 中国の歴史の中で日本の開発協力がどんな役割を果たしてきたのか、そのクロスオーバーに関心があった。日中間では土光敏夫、稲山嘉寛両氏ら経済人の対中協力への貢献や政府開発援助(ODA)は広く知られる。これに対し、個人の草の根的な協力が脚光を浴びることは少なかった。
 だが、中国には政府が毎年外国人専門家に「友誼奨」という賞を授与する制度がある。建国60周年を迎えた2009年には、新中国建設に貢献した日本人10人を含む外国人約60人が選ばれた。原正市、森田欣一、平松守彦各氏も
含まれ、一層関心を深めた。2018年は中国の改革開放からも、日中平和友好条約からも40年の節目が来た。日中関係には多くの紆余曲折と起伏があるが、何らかの研究成果をまとめ、自分の思いを伝えたかった。

様々なコメモレイション
 本書執筆に大きな参考になったのは、羽田澄子監督の映画『嗚呼満蒙開拓団』だ。映画のモチーフの一つは、旧満州の黒竜江省方正県にある日本人公墓だった。
 ここには第二次大戦前から日本の開拓団が入植したが、1945年の敗戦直後の混乱で5,000人もの犠牲者が出た。肉親を失い、中国人養父母に育てられた残留孤児も多かった。岩手県の貧農出身だった藤原長作氏は侵略の贖罪意識と平和への思いを抱き、1981年から自費で訪中し、稲作技術を伝えた。
 日本人公墓の隣には藤原氏を讃える記念碑や、残留孤児の養父母を弔う公墓がある。これらは1999年に黒竜江省の文化保護施設に指定され、地元の人に管理されていることに感銘し、「未来に向けた遺産」というタイトルが浮かんだ。
 本書では、歴史的な出来事について公共の記憶を保持する一環として記念・顕彰する行為を「コメモレイション」と呼んだ。方正県の記念碑は、難民化した満蒙開拓団員の救済や残留孤児支援といった「国際人道主義」や、「開発協力」を語り継ぐコメモレイションになっていると考えられる。
 だが2010年、日中関係は尖閣諸島を巡って対立を深めた。翌年には一部の中国人活動家が方正県の開拓団犠牲者の記念碑にペンキをかけて騒ぎを起こした。
 中国では抗日戦争がコメモレイションの対象になることが多く、ナショナリズムの高揚につながりやすい。これに比べ、国際人道主義や開発協力のコメモレイションはまだ脆弱だ。しかし、だからこそ、「日中未来遺産」を語り継ぎ、発展させていく意義は大きい。

―ただ、南京虐殺紀念館などを訪問すると、歴史を学ぶより、うんざりして帰る日本人も多いです。
 あまり歴史を知らない日本人はショックを受けるが、少しでも予備知識があると良い。戦後に国際文化会館館長になった松本重治氏は戦前の同盟通信上海特派員の経験から、中国に対する日本人の不理解が戦争につながったと指摘した。私たちも中国理解を深める必要があることに変わりはない。
 その一方、予断を持たずに中国の人と接することが大切だ。南京では郵電大学や林業大学など理系大学も含め、多くの大学に日本語学科があり、若い世代は非常に親日的だ。多くの日中サークルがあり、花見や日本料理教室などを開き、日本人の参加を歓迎している。

本書で紹介された4人の日本人

中国化した一村一品運動
―元大分県知事の平松氏も取り上げた点が興味深いです。
 平松氏が唱えた一村一品運動が、彼の意思とは別に中国で大きな広がりが見せている。日本のオリジナルを超え、中国で現地化して広がっているのだ。中国は1980年代に人民公社をなくす時や、社会主義市場経済に転換する過程で農産品をどう市場に出していくか、一村一品を参考にした。2000年代には胡錦濤政権が「和諧社会」実現に向け、農村の貧困対策や格差是正に使った。
 そして習近平政権は農村の「強村富民プロジェクト」に活用し、2,800以上の「一村一品モデル村」を選定した。平松氏の考え方はボトムアップで、自主性や内発的な動きを尊重したのに比べ、中国はトップダウンの社会主義的な発想だ。政府に専門の弁公室も設けた。
 また、中国は「一郷一品」「一工場一品」など農民や労働者が理解しやすいように、名前も変えて独自に展開し、人材育成も進めた。習政権が海外で進める一帯一路に伴い、中国的な一村一品が開発途上国で展開される可能性がある。日本では今、青年海外協力隊員による途上国での取り組みはあるが、国内で新たな動きは聞かない。それが中国経由で新たな広がりを見せていることは興味深い。
 分野は異なるが、日本のODAで建設支援した日中友好病院は今、中国の遠隔治療の最先端にあり、一帯一路で医療の国際協力の動きもある。中国の発展でいろいろなものが国際社会に出ていくことは、誰にも止められない。日中の第三国協力の余地があれば、日本の経験を伝えるなど「新型日中国際合作」の可能性も期待したい。

環境分野の貢献も伝えたい
―今後も日本の草の根協力を語り継いでいくことが重要ですね。

 本書の第二弾を出したい思いもある。特に注目しているのは環境分野だ。例えば、緑の地球ネットワークの高見邦雄氏や内モンゴル自治区で植林をした遠山正瑛氏などの貢献がある。
 一方、日中間では青年海外協力隊の新規派遣は2019年度で終了した。協力隊は海洋ゴミ対策など環境協力や看護、日本語教育など一番草の根で展開している。防災分野などは既にコストシェアリングの形で技術協力が行われている。
 防災といえば、2008年に四川省で大地震が起き、日本政府は国際緊急援助隊を派遣した。最近、私は学生を連れて被災地に行き、地震災害を語り継ぐ記念館も訪問した。館内では緊急援助隊だけでなく、仙台市など地方自治体からの支援物資も展示されていた。日中協力の新たなコメモレイションとして多くの人に知ってほしい。


『日中未来遺産 中国「改革開放」の中の“草の根”日中開発協力の「記憶」』
岡田 実 著
日本僑報社
本体1,900円+税

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本記事は国際開発ジャーナル2020年2月号に掲載されています
(電子版はこちらから)

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