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【Trend of JICA】「日本と世界を変える力」~海外協力隊の共創と環流

社会還元支援事業で広がる可能性

 国際協力機構(JICA)は近年、海外協力隊経験者の活動経験を社会に還元するため、多文化共生の推進や地域活性化などに資する帰国後の活動支援を推進している。かつては進路支援として就職支援に力を入れていたが、課題解決力の高い海外協力隊経験者への注目が高まる中、国内外での起業の支援も含め、多様な取り組みを展開している。

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    (以下の文章は一部、図表や写真の位置に合わせて改変しました)


「”海外協力隊の経験”は追い風の時代に」
 「かつては、新卒一括採用、終身雇用というのが普通のキャリアで、一度、そこから外れると、再就職は厳しいという考え方が一般的だった」
 JICA青年海外協力隊事務局の橘秀治事務局長は「私が青年海外協力隊(当時)に参加するときも反対された」と体験を交えながら話す。一方、2021年に行った帰国隊員へのアンケート調査では、回答者の8割以上が帰国から1年以内に進路が決定し、進路決定者の半数は就職している。「海外協力隊経験がマイナスになるということは、もうないと思っている」(橘事務局長)。
 変化したのは、採用・雇用だけではない。「かつての国際協力は、先進国の日本が開発途上国に技術などを移転するという面が強かった。最近は、日本が圧倒的に優位な技術などは少なくなり、高齢化や地域保健、気候変動、農業・農村の活性化など、日本国内と開発途上国の共通の課題も増え、一緒に解決策を模索することも多くなっている」と橘事務局長は言う。
 また、日本の少子・高齢化や人口減少が進む中、海外展開を考える中小企業も増えた。地方では、外国人労働者なしに地域社会が成り立たない状況にもなり始めている。
 こうした中、海外で現地の人たちとコミュニケーションを取りながら活動した経験があり、社会課題の解決にも意欲を持つ、海外協力隊経験者への期待が高まってきている。実際に、「経験者を採用したいという企業や自治体が増えている」と橘事務局長は話す。
 海外協力隊経験者による社会還元活動については、様々な政策文書などにおいて、その意義と必要性を後押しする提言が続いた。
 例えば、協力隊発足50周年を機に2016年にまとめられた「JICAボランティア事業の方向性に係る懇談会」の提言では、帰国隊員と日本社会を結び付ける活動を戦略的に推進する必要性が盛り込まれた。
 また、2023年に改定された開発協力大綱では、「国際協力の成果等を日本国内にも環流させる」と明記された。「ODAの政策として、日本国内への環流が明記されたのは初めてで、象徴的だった」と橘事務局長は語る。

JICA青年海外協力隊事務局
橘 秀治 事務局長
4つの社会還元支援事業

地域活性やビジネスプラン作りの機会を
 こうした流れを受け、JICAは2022年度以降、上表の4つの社会還元支援事業を展開している。
 ①グローカルプログラムは、海外協力隊派遣前に日本国内で2カ月半、地域活性化や多文化共生などの課題に取り組む。縁のない地域での人間関係づくり、社会課題解決策の模索など現地の活動に直結する課題対応力をつけ、帰国後の国内での取り組みにつなげる。
 ②起業支援事業BLUEは、起業伴走プログラムと、ネットワーキングを主としたJICAスタートアップハブがある。起業伴走プログラムは、世界各国で社会課題解決型事業を立ち上げてきた(株)ボーダレス・ジャパンのメソッドを生かし、3カ月をかけて、ビジネスプランをまとめる(第一期は2024年8月末で終了。)
 ③国内外での社会課題への取り組みの事例を募集し、広く発信するため、社会還元表彰も始めた。「第2の海外協力隊活動という感じで、情熱を持って活動している帰国隊員を表彰している。海外協力隊への応募を考えている人には、活動後のキャリアも見える」(橘事務局長)。
 ④海外協力隊応援基金は、派遣中の隊員の活動のみならず、社会課題解決に取り組む帰国隊員の活動や起業を支援するため、一般から寄附を募っている。
 これら4つの事業を通じ、海外協力隊の活動と、海外協力隊経験者による社会課題の解決の取り組みが常に循環していくことを目指すという。

開発業界を目指す人も、国内課題に取り組む人も
 社会還元事業の開始から日は浅いが、反響は大きい。グローカルプログラムの参加者は約250人となり、海外での活動を終え帰国した隊員も出始めている。「予算の制約で要望に応えきれないほどに、受け入れたいという自治体の相談が増えている状態」と橘事務局長は言う。
 また海外協力隊応援基金に関しては、「会社として海外協力隊を支援・応援し、その意思表示として寄附をしたい」という相談も寄せられているという。
 橘事務局長は「海外協力隊の活動では、3つのことが経験できると考えている。その3つとは、日本ではなかなか許されない失敗の経験、知らない場所で知らない人とコミュニケーションする経験、自分で問いを立て、周りの人と一緒に解決策を模索・実行していく経験だ。開発業界を目指す人には、きわめて重要な経験になると思う。加えて、社会還元支援事業を通じ、日本の地方の課題や民間ビジネスなどについても理解した人材として日本社会に戻り、海外協力隊の成果を日本国内にも環流していくことができる」と期待する。
 このような動きについては、橘事務局長がまとめた『JICA海外協力隊から社会起業家へ 共感で社会を変えるGLOCAL INNOVATORs』(文芸社)(2024年9月発売)でも詳しく語られている。

■文芸社『JICA海外協力隊から社会起業家へ 共感で社会を変えるGLOCAL INNOVATORs』


【Interview】

マレーシアでの学びを大分で実践

BLUEで同じ熱い思いの仲間と議論

NPO法人 Teto Company 理事長
奥 結香 氏

■Teto Company(おおいたNPO情報バンク おんぽ)

 20歳の時に介護福祉士となり、重度障害者施設などで働いたが、福祉の在り方に違和感を覚えた。「日本の福祉を変えたい、そのためにいろいろな経験をしよう」と思い、海外協力隊に応募。障害児・者支援隊員としてマレーシアに派遣され、特別支援学級の教員への指導などを行った。
 現地では、非常にひどい状況を目の当たりにした。自閉症や知的障害のため、言葉でコミュニケーションを取れない子どもに指導もせず、南京錠のかかる部屋で、ただ動画を見せている学校があった。「トイレに行きたい」と言えず、ズボンを下ろした子が怒られたり、感情をコントロールできず、パニックを起こした子がむちでたたかれたりすることもあった。卒業後のその子たちの居場所を考えている教員はほとんどいなかった。
 これは学校の中だけの問題ではなく、色々な人を巻き込み、障害児や障害者に対する見方を変えていかなくてはならないと考えるようになった。そこで企画したのが地域を巻き込んだフォーラムだった。がんばっている教員や学校・施設、専門家に好事例を発表・共有してもらったことで反響があり、それが“地域”に目を向けるきっかけとなった。
 帰国後、“地域で活動したい”、“誰もが集える居場所を作りたい”という思いを形にすべく、大分県竹田市の地域おこし協力隊に参加した。自分で課題を見つけ、何をするかを提案し、実施していく、その過程では、マレーシアの経験が大いに生きた。「年齢や障害の有無に関わらず誰でも集うことができる地域の集い場」を提案し、活動を開始。マレーシアでの経験を生かし、問題解決のためなら、学校長でも、市長でも話をした。
 古民家を無償で借り、「みんなのいえカラフル」をオープン、その後NPO法人Teto Companyを設立し、その運営を始めた。NPO法人のビジョンは「ひとりぼっちのいない地域社会を創る」だ。
 起業して5年、ビジョンを達成するために更に新たな取り組みが必要だと考えていたとき、起業支援事業BLUEが始まることを知った。「社会をよくしていこう」という気持ちや熱量をもった海外協力隊経験者と3カ月間、議論しながらビジネスプランを練っていける体験は代えがたく、新たな仲間もできた。海外協力隊の経験とBLUEで学んだスキルで、地域づくりの活動をさらに充実させていきたい。


掲載誌のご案内

本記事は国際開発ジャーナル2024年10月号に掲載されています
(電子版はこちらから)

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