腐れ外道の城4-2
樋野を治める者達は、何度も土蜘蛛の排除や討伐を試みてきたが、うまく行かず、その中でも、三郎兵衛は二度ほど土蜘蛛討伐戦を指揮したが、戦上手の三郎兵衛でさえ、土蜘蛛討伐には手を焼き、二度目の討伐作戦では、忍山という国境沿いの小山に追いやる事は出来たが、それは成功とはほど遠い結果であった。
その二度目の討伐戦で、両親を亡くし、野獣のように泣き狂っていたのが、当時三歳だった市蔵なのである。
「おとう」
市蔵は甚六の方へ駆け寄ると、表情を緩めた。
「きたか、市」
甚六はそれしか言わず、軽く顎を右隣にいる甲四郎の方へ動かした。
市蔵は、その動きを察して甲四郎に対し丁寧に頭を下げる。
それを返すように甲四郎も軽く頭をさげ、口を開いた。
「市蔵は幾つになる」
「十四に御座います」
甲四郎は内心驚いた。自分より二つ年下にしては背も低いし、容姿や身動きも幼く思えたからだ。
そして何よりも、顔の骨格が明らかに甲四郎等のそれと違い、顔全体に堀が深く、額と頬骨は四角張って突き出ていて、エラもやや張っており、顔の重心が全体的にドッシリとした人相を持っている。
市蔵達「土蜘蛛」の特徴は、本来日本に土着していた「縄文人」の系譜を色濃く残している。
「土蜘蛛というのはこういうものなのか」
市蔵が甚六の養子になった経緯を知っていた甲四郎は、多少好奇な眼差しで市蔵を眺めていた。
甲四郎は子供の頃から、土蜘蛛はまさしく蜘蛛の如く手足を使い地を這うように歩き、獣を肉を喰らい、時には人も襲うと教えられていた。
しかし、目の前に立っている幼さの残る少年は、そのような化け物にはとうてい見えなかった。
「甲四郎様、ワシも、おとう、いや父上と共に、この隊に加わってもよろしいでしょうか」
「俺は構わぬが」
甲四郎は甚六を見た。
「どうかよろしければ、この者は血筋のせいもあり、身動きも素早く足腰も丈夫です、必ずや甲四郎様のお役にたてるかと」
「市蔵は自らの出生を知っておるのか」
甲四郎の問いかけに、市蔵は明るい笑顔で答える。
「ワシは土蜘蛛ですが、おとうの子として育ててもらいましたで、相手が井藤だろうと、土蜘蛛だろうと臆する事なく腕を振るってみせまする」
「ほう、それは、頼もしいことを云ってくれるな」
甲四郎は市蔵を見て微笑みながら頷いた。
土蜘蛛に対しては、訳もわからず嫌悪感を抱いていたが、目の前に居る小柄な少年を見ていると不思議とそんな感情を持てない甲四郎がいた。