地方に必要なことは「自分でもできる」と思わせること。名古屋を選んだスタートアップMisocaの軌跡
「友人の会社が上場企業に買収された」
「あそこが今度資金調達するらしい」
そんな会話を、ふらっと入った渋谷のカフェで耳にすることがある。しかし、それは東京のごく一部のインターネット界隈にとっての『リアル』であって、他の地域でニュースやSNSを見ているだけの人たちにとっては別世界の出来事だ。
福岡をはじめ、東京以外の地域でも起業や資金調達のニュースが増えてきた。そうした盛り上がりがはじまる少し前に、資金調達、M&Aを経て大企業の仲間入りをした名古屋発スタートアップがある。
20万以上の事業者が利用する請求書作成サービス「Misoca」だ。
Fintechという言葉がまだ国内で話題になる前。2011年創業のMisocaは『東京以外』の地域でどのように事業を成長させたのか。また、起業家文化がないと揶揄される名古屋の街で、現在のエコシステムをどう見ているのだろうか。
PROFILE
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株式会社Misoca 代表取締役 豊吉 隆一郎
2011年6月、株式会社Misoca(旧スタンドファーム株式会社)を設立。Web上で簡単に請求書を作成し、郵送まで出来るクラウド型の請求書発行・管理サービス「Misoca」を開始。
2016年2月、業務ソフトウェア「弥生シリーズ」を提供する弥生株式会社に会社を売却し、現在も代表取締役として事業を牽引する。
INDEX
ー 起業家としての道を決めたベンチャーの出会い
ー 大企業への事業売却。そして、イグジットのその後
ー 名古屋には『普通の人』が少ない
ー 「自分でもできる」と思わせる、身近な機会を
起業家としての道を決めたベンチャーの出会い
ーーまずは創業期のお話を聞かせてください。岐阜高専を出て、しばらくは個人事業主を続けていたと伺っています。それから起業したキッカケはなんだったんでしょうか?
名古屋にJBR(ジャパンベストレスキューシステム株式会社)という、いまは東証一部に上場してる企業があるんですが、そこの仕事を請けたことがキッカケです。
その頃はまだ上場前の段階で「これから上場を目指すからWebを手伝ってくれないか」と言われて、一緒に働くようになりました。
正直、当時は普通の学生と同じぐらいの知識しかなかったので「上場ってなに?」みたいな感じでしたが、行ってみると皆が凄く生き生きと働いていて「これがベンチャーか!」というのを感じました。
毎日思いっきり働いて、朝まで飲んで、という生活をしていく中で、会社の売り上げもぐあーっと伸びてきていて。
そこで1年半ほど、外部の人間として一緒に仕事させていただいたのですが、上場した時の社内の盛り上がりは凄かったですね。
そうした環境のおかげで、自分の中で漠然としていた「社長をやってみたい」という気持ちが、「あぁこうやって目標を立ててやっていくのか」という具体的なものになり、ハッキリ見えてくるようになりました。
ーー地方でよくあるシステム開発会社ではなく、スタートアップとして大きくしていこうという想いはそこからはじまったんですね。それから起業して、しばらくはどのような事業をされてたんですか?
受託を半分、自社サービスを半分という感じでした。
最初の半年はイベントの開催支援サービスをやっていたんですが、同じタイミングで競合もたくさんでてきて。このまま続けていても上手くいかないなと思い、次のアイデアとしてMisocaをはじめました。
ーー最初Misocaを立ち上げてみて、周囲の反応はどうでした?
2011年は、まだBtoBのスタートアップは多くありませんでした。
なので「よくわからないベンチャーに請求データを預けるの?」といわれるかと思いましたが、意外にも好意的に受け止めてもらうことが多かったですね。順調に数字も伸びていきました。
ーーそこからベンチャーキャピタルからの資金調達に踏み切ったキッカケはなんでしょう。
一番の理由はMisocaの事業に集中することです。自社サービスは安定的に売上の計算がたつものでもないし、運用フェーズになると時間もとられます。かといって、受託の仕事も、当然手抜きでやっていいものではない。その一方で競合はどんどん機能を追加してく。このままでは全力でやってるところに勝てないという思いから資金調達を考えました。
ーー資金調達のために名古屋から東京へ通うのは大変ではないでしょうか?決まるまでに、何度も通う必要がありますよね。
おっしゃるとおり、結構しんどかったですね。オンラインでMTGできる柔軟性のあるところもありましたが、基本的には東京に行きますから。1日に5本アポをいれたりしてました。それで断られて帰ってくるのとか。
ーー僕も経験ありますが、断られるのって結構心折れますよね。資料作りの労力もかかるし、就活でお祈りされるのとは、また全然違う感じで。
キツいのが「あの件ダメだったよ」なんてことを、社内に自分で報告しなきゃいけないことです。このまま会社に帰りたくないなぁ、なんてこともよく思ってました。
ーースタートアップをやっていて苦労は?
大変なことは忘れて、楽しいことだけを覚えてるタイプなのであまり思いつきません。ただ、その楽しさの裏返しになりますが、会社の成長に合わせて常に自分のレベルが1になってしまうことがあります。
最初は自分でコードを書いているのでレベル1のプログラマーから始まって、そこからLv30ぐらいまでなりますよね。そうなると出るとこに出ればプログラマーとして褒めてもらえたのに、会社をつくると今度は経営者としてレベル1からスタートします。
その次は資金調達をしようとなったら、CFOとしてまたレベル1に戻るんですよ。そのたびに知らないことをやらなきゃいけないので、本を読んだり、色んな人に話を聞きにいったりしなければいけません。
いまは、子会社の社長として成果をだしていかなければいけないので、またレベル1になっています。こうして常に初心者になって頑張らなければいけないのは、面白いところでもあって、大変な部分でもありました。
ーー豊吉さんの場合、そこはうまくフェーズに応じて切り替えてきた印象があります。自分でコードをかける経営者だと、そこの切り替えがうまくいかない人も多いですよね。
その切り替えを諦めてしまうと、スタートアップは上手くいかないと思います。僕の場合は割とはやい段階でコードを書かなくなって、経営やマーケティングに集中しました。
Misocaの採用ルールとして、一緒に働きたい人しか雇わないというものがあります。エンジニアでいうと、僕よりできる人しか雇いません。だから、いろんな良い縁に恵まれたこともあって僕が書くと足手まといになるという状態ができています。笑
コードを書かないのは寂しいですが、全体のことを考えるとそれがベストなので、逆算してフェーズの切り替えをしていたイメージです。
大企業への事業売却。そして、イグジットのその後
ーーM&Aで弥生さんと一緒になったわけですが、その経緯について教えてください。
2015年ごろ、弥生とオンラインでシステム連携を始めたことから関係がはじまりました。その時に弥生の代表の岡本さんが「単なるパッケージのソフトを作るのではなく、事業者間を取り繋いで行くプラットフォームを作っていきたい」と仰ってたんですね。
これはMisocaがやりたかったことでもあるし、弥生は今までにユーザー同士をつなぐということはしていなかったので「この会社(弥生)は、結構なリスクを背負ってでもチャレンジする姿勢があるんだ」という面白みと、互いの未来構想が同じだということを感じました。であればそれぞれ単体でやるよりも、一緒にやろうということを決意しました。
Misocaの得意なことは「いいモノをつくる、いい開発チームをつくる」ことです。弥生の強みは「専門性の高いコールセンターが何百人という規模であって、全国に会計事務所の連携先が数千という単位である」という事業規模。
互いの得意な分野で分担して作業を進めるのが、事業の実現性の面においてゴールへの最短ルートだと感じました。
ーー子会社化して、大きくかわったことはありますか?
大枠のロードマップを共有した上で、経営自体は今でも独立して運営しています。なので、大きく変わったという部分はないですね。
ですが資金面で安定したので、中長期的な視点をもって経営できるようになりました。自信をもって人を採用できるようになりましたし、基礎技術の研究や、開発をよくするための開発、というようなこともできるようになりました。
ーー今後のMisocaはどういったことを目指してるんでしょうか?
商取引のプラットフォームを目指しています。今までの請求が簡単にできる、効率化できるというだけではなく、安心して取引できる、安全に取引できるという機能を提供したいと思っています。
たとえば既に「Misoca回収保証」というサービスを保証会社と組んで提供しています。これは請求書に保証をかけてもらうと、相手の会社が倒産したときや何らかの理由でお金を払ってくれなくてもMisocaが補填するというものです。
「初めて取引する相手で不安」
「急に取引額が増えた」
「相手の会社の良くない噂を聞いている」
という場合でも、回収について不安なく事業を進められる安心・安全面の強化に繋がるサービスです。
個人だと、取引のプラットフォームってすでにありますよね。たとえばヤフオクとかメルカリとか。これらを使えば、相手が北海道の人でも沖縄の人でも、国籍や年齢関係なく取引ができます。あのプラットフォームによって提供される安心・安全はBtoBでも求められるものだと考えています。
ーーオンラインレンディング事業の立ち上げを弥生が発表されてましたが、Misocaで与信を確認なんてことも今後あるんでしょうか?
そういうことをやれると面白いですよね。
当然ユーザーの方からの許可を得た上ですが、たとえばフリーランスのライターさんの取引データから、信用度をMisocaが保証していくとか。
大企業と何ヶ月も取引実績がありますよ、とか、逆に取引先の企業についてもちゃんと支払い実績がありますよ、とか。
クラウドサービスならではの価値の提供が実現できれば、面白いと思います。
名古屋には『普通の人』が少ない
ーー株主や交渉先のVCから、東京に来るよう勧められたことはありましたか?
最初から名古屋でやるという話をしていたので、それはあまりなかったですね。
ーー会社の中でもそうした話題はでなかったんでしょうか。
社内では何度か上がりました。
言い訳にするわけではないのですが、うまくいってない時は「東京に行けば、もっとうまく進むかもしれないのにな」と思うことはありましたね。
ーーメンバー内ではそんな議論もあったんですね。なのに、そこまで名古屋にこだわった理由はなんでしょう?
一つは、家族と離れたくなかったということがあります。たとえば実家に盆と正月しか帰れないとなると、20年で40回ぐらいしか顔を合わせる機会がないですよね。それを考えると、別に東京に行きたくはないし、名古屋にいた方がいいと考えました。
あと、名古屋の人って『東京に行ったら負け』みたいな意識ないですか?東京でできることは、名古屋からでも圧倒的に勝ちたいというか、名古屋の人でもできるんだってところを見せたいとは思ってました。
ーー名古屋で起業したメリットはなにかありましたか?
起業に関していえば、みんなに共通でいえるようなメリットはないかもしれません。
ただ、地方にいるからこそ目立てるというのはあります。「名古屋のスタートアップといえばMisoca」という風に言ってくれる人がいるのは、名古屋にいるからですよね。東京でやっていたらこうはなりませんから。
ーー最近では福岡がスタートアップという点で凄く盛り上がってますね。ですが、経済や人口でみるとそれが大阪や仙台、名古屋でも良かったと思うんです。名古屋にこうしたムーブメントが起きづらいのは、何ででしょう?
一つは東京が近いというのはあります。できる人は東京に行ってしまいますから。
あと、愛知県は実は人口当たりの起業家数がかなり低いんです。都道府県で下から数えた方が早いんじゃないでしょうか。
編集注:愛知県は起業家の人数は全国5番目だが、人口1万人当たりの人数でみるとワースト5番目となる。
(出典)創業手帳Web「都道府県別・人口当たりの起業家数と起業家数偏差値」
この原因は『普通の人』が少ないからだと思っていて。
これは冗談半分、本気半分の持論になるんですが、名古屋の人口が200万人のうち、およそ100万人は、自動車関連事業の関係者なんじゃないでしょうか。
その人たちは、そのままメーカー務めするか、公務員になるんですが、それ以外の職業の選択肢にいく「普通の人」は都市の規模に比べて多くはありません。それが経済規模や人口に比べて、名古屋で起業家率が低い理由だと思います。
ーーそんな名古屋も、豊吉さんから見て最近は変わってきたでしょうか?
名古屋が遅いか早いかはともかく、学生主体のハッカソンが開催されたり、数年前に比べて変わってきたと思います。東京の影響もあって「起業が当たり前」という文化が馴染んできた世代なのかもしれません。
あとは名古屋でも、うち(Misoca)をはじめワンダープラネットさんとかメディアドゥさんとか、資金調達や上場する企業が増えてきたこともあると思います。
ちょっと火がつき始めたというか、起業が身近になりはじめた感じはあります
「自分でもできる」と思わせる、身近な機会を
ーーこれからの名古屋のスタートアップエコシステムについて、どうお考えでしょうか?
個人的には起業はいいことだと思うので、今後も応援したいですね。
自分の体験を振り返ってみても、たまたまJBRと出会ってなかったらこの世界のことはわからなかったと思います。
ニュースサイトを見て、どこが調達したとか、あのサービスはユーザーが何万人いて、とかも他人事というか現実感がなくて。
自分の専門外のこと、たとえば「選挙に立候補します」とか言われてもどうやって立候補するかわからないじゃないですか。たぶん一度やってみると簡単なんですが、外から見てるとわからない。
それと同じで「あいつが起業した」とか「先輩がIPOした」とかが身近にあれば、自分にもできるかもと思うかもしれませんよね。身近な人がやっているのを見る、というのはとても大事なんじゃないかと思いますね。
ーー名古屋のスタートアップを盛り上げるのに、起業家はどうしていくべきだと思いますか?
起業する可能性のある人たちに「自分でもできる」と思わせる機会を増やすことが大切です。
逆に「支援します」みたいなものは、そんなに必要じゃないと思っていて。起業したい人たちってやる気がある人たちなので、気づいてもらう、選択肢を知ってもらう機会をつくることが大事なんじゃないでしょうか。
ーー投資家や大企業といった、支援者はどうでしょうか?
名古屋には場所がないんですよね。スタートアップ1社1社を支援していても、支援者のキャパシティが成長のボトルネックになります。
そこをベンチャー同士、横の繋がりで成長していけると支援者の能力を超えていくことができる。だから面白い人たちが集まる1つの場所があると、掛け算でいいことができる気がしますよね。出会いの場さえあれば、自然と魅力が生みだせます。
だから場づくりは本気でやりたいんですが、それをMisocaが単体で借りてもしょうがないじゃないですか。
例えば行政だったり大企業だったり、一緒になってネットワーク効果を高めていくことが必要だと思っています。そうやって名古屋の起業風土を、みんなでつくっていくことが大切なんじゃないでしょうか。
地方で起業をするにあたって、最も重要なことは投資マネーでも行政からの支援でもない。
「自分でもできる」
そんな気持ちを奮い立たせてくれる、先輩や仲間たちの存在なのではないだろうか。
かつての豊吉氏にとってのJBRがそうであったように、今度はMisocaの背中をみて起業家を目指す、若いスタートアップが名古屋でも増えてくるだろう。
東京がシリコンバレーとは違うように、名古屋もまた東京や福岡と同じになる必要はない。
むしろ場所にこだわるということ自体、極めてインターネット的ではないのではないか、とさえ思う。