“放送局”の拡張へ。中京テレビが拓く、VTuber×テレビ局の可能性
「テレビの限界」が嘆かれて久しい、今日この頃。
2008年のリーマンショックを皮切りに広告収入は大幅に減少。YouTubeやNetFlixといった新たな動画コンテンツの台頭は、テレビ視聴率の低下を招きました。これを受け、民放5局を筆頭に広告外収入に力を入れるテレビ局が増加。録画再生の広告収入や二次利用の売上により、利益最大化を図り始めています。
今や日本のテレビ局は、“放送局”から“メディアサービス企業”へと変貌を遂げているようです。
名古屋に本社を構える中京テレビも例外ではありません。ここ数年で先端テクノロジーへの感度を上げた同社は、テレビの未来を創造する新規事業創出プログラム「CHUKYO-TV INNOVATION PROGRAM」を開催し、VTuber事業へと乗り出しました。
「テクノロジー」にも様々な選択肢がある中、なぜ中京テレビはVTuberに注力し始めたのでしょうか。テレビと比べて、ビジネスモデルやターゲットも大きく異なる事業を創っていく苦労や工夫、ローカル局がVTuberに挑戦する価値とは——。
その真意を探るべく、同社のビジネス推進局 ビジネス開発部の工藤祐馬氏を訪ねました。
株式会社IDENTITYは『あらゆる領域にデジタルシフトを』という言葉を掲げ、企業のデジタルシフトを支援する会社です。このマガジンでは、デジタルを活用して旧来のビジネスモデルからの脱却や組織改革など、ユニークな取り組みに挑戦する企業や団体を紹介していきます。
VTuberのプロデュース、日本最大級のVTuberイベント開催も
中京テレビの新規事業として2018年10月に発足した「XRエンターテインメント」。同事業部では、日本初のバイリンガルVTuber「キミノミヤ」や、中京テレビ公認のVTuberアナウンサー「大蔦エル」のプロデュースを始め、他企業のVTuber制作などを手がけています。
2019年6月には全国のVTuberを集めた「ナゴヤVTuberまつり」を開催し、各会場で入場規制がかかるほどの盛況ぶりを見せました。2度目の開催に向けて実施したクラウドファンディングは、支援開始3日目で目標の480万円に到達し、最終的には1,000万円を突破。満を持して迎えた12月のイベントでは、2公演ともに会場を埋め尽くすほどの人が訪れました。
ナゴヤVTuberまつり イベント会場の様子
取材を行ったのは、イベントから2日後。冷めやらぬ興奮の中に工藤氏はいました。
「正直、わざわざ名古屋まで来るファンがどれほどいるか分かりませんでしたが、蓋を開けてみると予想以上の盛り上がりで。2回目から始めたVTuberとマンツーマンで会話ができる『VTuber喫茶』では、少しでも長く会話を楽しむため、ラテアートを一人で6杯飲む方もいたくらい。『ただバーチャルな映像を流しているだけなのに何がすごいの?』と思う方もいるかもしれませんが、ファンからすればれっきとした『リアルイベント』なんですよね」
中京テレビ放送株式会社 ビジネス推進局 ビジネス開発部 工藤祐馬氏
「CMでお金を稼ぐ」ビジネスモデルの先行き不安
そもそも、なぜ中京テレビは「VTuber」を始めようと思ったのでしょう? その背景には、近年のテレビ局を取り巻く問題が横たわっていました。
「テレビのコンテンツは基本的に見る人に合わせて作るので、視聴者の高齢化が進む現代では、どうしてもジャンルや内容に偏りが出てしまうんです。YouTubeやNetFlixなどの新しい動画コンテンツの流行りを受け、テレビを見る人が減少傾向にある中では、今までのように『CMでお金を稼ぐ』ビジネスモデルだけではいずれ立ち行かなくなるだろうなと」
CM頼みのビジネスモデル、偏りを避けられないコンテンツ。従来の手法に陰りが見え、全社的に危機感を覚えた中京テレビは、心機一転、新規事業へ力を入れ始めました。
その一環として2018年5月に開催した「CHUKYO-TV INNOVATION PROGRAM」は、中京テレビとベンチャー企業のアセットを組み合わせて新規事業を創出するイベント。ここでの“出会い”が、VTuber事業の第一歩へとつながったと言います。
「VRやARを専門に扱う名古屋の企業、アイデアクラウドさんと一緒に事業をやることが決まり、社会的にも火がつきだした『VTuber』に挑戦しないかと提案を受けました。当時からVTuberの文化は東京に一極集中していたので、あえて名古屋で挑戦するのも面白い。中京テレビのブランドやコンテンツを作る能力を生かせば、かなりユニークなVTuberが誕生するだろうとも予感しました」
両社の熱量がエンジンとなり、事業は勢いよくスタートを切ります。イベントの開催からわずか2ヶ月後にはキミノミヤが、4ヶ月後には大蔦エルがデビューを実現。1年後には「ナゴヤVTuberまつり」を初開催し、予想以上の盛況ぶりから半年後には2度目の開催を迎えました。
toBからtoCの世界へ。ファンの熱量をいかに高められるか
アウトプットだけを見れば鮮やかですが、その道のりは決して穏やかではありませんでした。工藤氏が特に頭を悩ませたのは、テレビでは「toB」だったビジネスモデルが、VTuberでは「toC」に変わったこと。個人に対してVTuberをどう売るべきか。模索する日々が続きました。
「VTuberはまだニッチな分野なので、訴求できる対象が限られる分、大口のスポンサーを見つけるのは難しいです。なので、現状はお客様のニーズを満たすことで熱量の高いファンを増やし、マネタイズするほうが健全だろうなと。ただ、私たちが熱心にVTuberの魅力を語っても意味がありません。百聞は一見に如かず、実際にイベントに来てもらうほうが大切です。そこで、まずはお客様のイベントに対する興味や熱量を引き上げる動線づくりに注力すべきだなと考えました」
その工夫の一つが、クラウドファンディングでした。「同じコミュニティの仲間と共に一つのイベントを創り上げる意識が、ファンの気持ちを盛り上げるに違いない」という工藤氏の読みは見事に的中。「地方発」のワードが、それまで東京に集中していたVTuber文化を広げたいと願うファンの共感も呼び、あっという間に目標金額の227%を達成しました。
「ナゴヤVTuberまつり」クラウドファンディング プロジェクトページ
クラウドファンディングを通じた情報の出し方にも工夫があります。イベントの目玉となるような情報は一気に出さず、あえて小出しにしたのです。
「途中でファンが盛り下がらないよう、常にニュースがある状態を作りたかったんです。情報を出し分けるタイミングは、ファンの盛り上がりのピーク地点を予想し、そこから逆算して考えました。2回目のイベントで大蔦エルを含む全国各地の人気VTuberでアイドルユニットを組んでデビューさせた、その情報が良い例です。クラファン開始の1週間前には彼女たちの紹介だけして、初日に生配信でユニット『日本烈島』の結成を発表。後半にオリジナル曲のリリース情報を出すとファンから予想以上の反響が得られました」
最高の雰囲気で迎えたイベント当日。「日本烈島」のデビューライブで、オリジナル曲『We’re The Lights』が披露されると、会場はかつてない盛り上がりを見せ、直後にはAmazon Musicの人気ランキングで1位を獲得。
綿密な計画のもとに行われた情報の見せ方、出し分け方が功を奏した瞬間でした。
実践から見えた、テレビ局がVTuberに挑戦する価値
事業の発足からおよそ1年。VTuberのプロデュースやイベントを開催する傍、他社のVTuber事情をウォッチするなかで、工藤氏は改めてVTuberの魅力と可能性を感じていると話します。
「VTuberを持つ企業は様々です。 ゲーム会社やWebの制作会社、バーチャルアーティストを作った音楽会社もあります。それぞれの戦略や売り出し方も全く違うので、余計に面白いですし、参考にもなる。今やテレビや広告とは関係のない企業が、私たちのライバル企業なんですよね」
多業種の参入は、VTuberの個性を拡張する。それぞれの企業が独自のアセットをVTuberに応用するなか、中京テレビは何を武器に戦っていくのでしょうか?
「私たちの強みはコンテンツ力と公共性、そして何より、ものづくりに対する“泥臭さ”かなと思います。多少の睡眠を削ってでも、最後まで手を抜かないものづくりへの熱量。テレビ局のスタッフは“根性論”がベースにあるので、新しいこと、大きなことに挑戦するときは周りが必死に応援してくれるんです。『ナゴヤVTuberまつり』もかなりのスタッフが関わっており、技術的にはテレビより高度なことを依頼することもありますが、最終的には必ずやり遂げてくれます」
面白いことへの飽くなき探究心、ものづくりへの妥協を許さない姿勢。「テレビ」という業界で長年培ってきたプライドがVTuberの魅力に反映され、ファンの熱量へと変わる。プロデューサーとして事業に携わる工藤氏は、テレビ局がVTuberに挑戦する価値と手応えを確かに感じていました。
「バーチャルだからこそ」にこだわり続ける
“5G元年”となる2020年。テクノロジーの進化は、VTuberの可能性をより一層広げるはず。中京テレビは、今後どのような展開を見据えているのでしょうか?
「“バーチャルでしかできないこと”には、もっとこだわりたいですね。例えば、キャラクターが急に大きくなったり、小さくなったり、衣装を一瞬でチェンジしたり……。単純なことではありますが、人間では不可能じゃないですか。VTuberだからこそ挑戦できることには、積極的に取り組んでいきたいなと思っています」
従来のビジネスモデルに捉われず、持ち前のアセットをフル活用し、時代に合ったコンテンツを作る。その姿勢が「テレビの限界」を突破し続ける。これから先、テレビ局は私たちにどのようなエンターテイメントを届けてくれるのでしょうか? 想像するだけで胸が高鳴ります。